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14.束の間の平穏

「あ……ありがとう、ございます……」


「いや。それに、ケイリスが、ラウノア嬢は素晴らしい妹なのだと、うるさくてな」


 次いで出てきた、ため息を吐きながらの言葉には、ラウノアも思わず、力が抜けるように笑ってしまった。

 どうやらケイリスは、本当にそんな自慢をしているらしい。有言実行する兄には感謝を抱きつつも、どれほど訴えたのかと想像し、少し眉が下がってしまう。


 笑ってしまったラウノアを見て、シャルベルは少しだけ驚いて、しかし、口許が綻んだ。


「ケイリス様がご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」


「気にしなくていい。あれがうるさいのはいつものことだ」


「ギ―ヴァント公爵子息様は、ケイリス様と同じ騎士団の所属と伺いました。普段からよくお話されるのですか?」


「ああ。まあ……ケイリスがああいう奴だからな」


 軽いというか、いまいち身が入っているように見えないせいか、出てくる話も仕事には関係のない話が多い。特に女性の話になると饒舌だ。しかし、仕事をサボることはない。雑用だろうと鍛錬だろうと、やるべきことはきちんとこなす。

 そんな部下がそれはもう盛大に自慢してくれた妹が、ラウノアだ。


『ラウノアって確かに、あんまり目立つ子じゃないんですよ。でも、マナーは当然しっかりしてるし、元々次期領主だったんで、教育の方もかなりできるみたいです。難しい本もよく読んでるし、かと思えば恋愛小説とか読んでてそこがまた可愛いんですけど。社交的な微笑みもできてますけど、普段の何気ない会話でくすって笑ってくれるのがもう嬉しくて。こんな可愛い妹できたーって、そりゃおふくろが嬉しがるのも分かりますよ。あの兄貴だって時々褒めてるくらいですし。あーもう。多分、もとの家の方で何かあって引き取ったんだろうけど、親父には本当に感謝』


 夜会で会って早々口早に告げられ、後半はほとんど右から左に聞き流したシャルベルである。

 ケイリスも、なぜもとの家を出たのかは知らない様子だった。となると、知っているのは引き取ったベルテイッド伯爵だろう。


 グランセ・ベルテイッド伯爵。観光地として領地が栄えている一方、災害対策等にも力を入れ領民の暮らしにも常に気を配っている。所有する財は伯爵家としてもそれなりでありながらも、自ら贅沢を好むことはなく、温和な人物だと評判だ。私生活においても家族を大切にし、息子たちも立派に育っている。

 そんな人物が行った、思い切った決断。

 いらぬ噂の的にされるだろうことは、容易く想定できたはず。温和な彼が、わざわざその渦中に身を投じた。


 そこまで考え、シャルベルは思考を止めた。


「それより、こうして私の話に付き合ってもらっているが、時間は大丈夫か?」


「はい。皆さまへのご挨拶はすでに終わりましたので。ギ―ヴァント公爵子息様もたいへんお疲れのご様子ですが……」


「問題ない」


 ここへ抜け出してくるまでに遭ったことに、無意識に胸の内が重たくなる。

 やはり帰りたい。今すぐにでも。無心に剣を振りたい。


 そう思い、ふと、耳に蘇った声。


『あなたのような、無愛想で、剣ばかりの冷たい人と婚約なんて、できません』


 年頃だった自分は騎士としてまだ見習いで、騎士になるために必死だった。

 それでも次期公爵として、親の勧めに同意して、相性のよい女性を探すことになった。しかしそれは、たった一度で終わった。


 ウィンドル国では、婚約前に、男女が交際を重ね互いの相性をみることがある。性格不一致による婚約の解消や破棄のリスクを下げるためとも言われているが、必ず行わなければならないものではなく、むしろ、家同士が決める政略的婚姻の前では性格よりも家の利益が優先され、採用されないことの方が多い。

 相性確認相手は「恋人」とされる。婚姻が決まった婚約者とは違い、すぐに消えるかもしれない婚約以前の関係性なので、貴族社会においてさしたる力はない。名のない関係性に適当な名がついただけのもの。

 だからこそ、この相性確認の恋人という関係は、表に出ることもない。

 交際を重ねるといっても、男女が手紙や贈り物、時には逢瀬を交わし交流を重ねるようなもので、多くの貴族は婚約中にそうすればいいという認識であり、個人の相性や感情など二の次であるので、必要のない関係だと思われている。


 シャルベルは元々、そういった手順や関係性に関心はなかった。かつて、悪友に花街やらに連れていかれたことはあるが、立場があるからこそ女性は得意ではなかったし、正直いい迷惑であった。

 そういう息子だと分かっていた両親は、それならと今では採用されることもあまりない、相性確認を行うことを提案した。そして恋人ができた。


 しかし……やはりというか、長続きはしなかった。それ以降、シャルベルは恋人も婚約者もおらず独り身だ。


 今なら、女性と話すときに愛想笑いでも浮かべられるし、話にも適当に合わせられる。しかし深入りはしないし、近づきたくないのは変わらない。

 騎士として過ごす時間が長いせいか、身体を動かすことは嫌いではないし、時に冷淡な態度でもあるだろうと思う。


(そういったところが、気に入らなかったのだろうか……)


 かつての恋人に未練など微塵もない。

 しかし、あの存在がいたからこそ、今後迎えることになるのだろう婚約者や妻に、どう接していいものか分からなくなることがある。


 今の自分のこの態度では、かつてと同じことになるのではないか――

 ただの、表面的な夫婦になるだけではないか――


(かといって、どうすればいいものか……)


 この夜会が終われば、父には、父が思うよい相手でいいと告げなければいけない。

 襲いくる思考と疲労に、思わず内心で重い息がこぼれた。


「ギ―ヴァント公爵子息様。どうかされましたか?」


 少し長く黙っていたせいか、ラウノアが心配そうにシャルベルを見た。

 そんな銀色の目に、なんでもない、と首を横に振る。


「あまり外にいては冷えるだろう。そろそろ――」


 言いかけ、シャルベルはバルコニーの入り口に立つ給仕の姿を確認した。視線を追ったラウノアも同じようにその姿に気づき、二人の視線を受け、給仕の男性がそっと近寄ってきた。


「ご歓談中失礼いたします。ご令嬢にと、これを預かってまいりました」


 そう言った給仕が、一枚のメモらしい紙をラウノアに差し出した。あまりにも簡素なそれに、シャルベルは僅か眉を上げる。


(手紙……? こんな所でか? 呼び出すなら口頭の方が漏れる危険もないだろうに)


 夜会などの最中に、貴族同士が別室で話をすることはある。仕事上の話や家の話など、どれにしろ他者の耳に入らないようにするための移動が必要だ。

 そういう場合、当人同士が時間を決めて落ち合ったり、給仕に伝達を頼むなどという手段が多い。が、後に形として残る手紙という手段は、あまりない。


 その違和感をラウノアも感じ取りつつ、給仕からそれを受け取った。

 伯父ならば呼びにくるか口頭で伝えるはず。従兄弟たちも同じ。社交界に知り合いは少ない。となると……考えつつ、シャルベルの目に触れないようそっと背を向け、メモを確認した。

 僅か、メモを持った手に力が入り、紙が歪んだ。


 しかし、ラウノアはすぐに給仕の男性へ向き直る。


「確かに受け取りました。ご苦労さま」


 給仕の男性は再び頭を下げ、バルコニーを後にする。その背を見送りつつ、ラウノアは内心で深く息を吐いた。

 しかし、すぐにその視線をシャルベルに向け、頭を下げる。


「ギ―ヴァント公爵子息様。所用ができましたので、これにて失礼いたします」


「ああ」


 少しだけ和やかだった時間が、終わりを告げる。


 頷くシャルベルに礼をし、ラウノアは背を向けて歩き出した。


(もう少し、お話したかった……)


 誰かとこうして話をするのはベルテイッド伯爵家以外の面々では久しぶりで、少し、楽しかった。

 それに気づいて、少しだけ困って、けれど振り返らずラウノアは歩いた。


 身を翻しバルコニーを後にするラウノアの背を、シャルベルはしばし見つめていた。






 会場に戻ったラウノアは、ベルテイッド伯爵夫妻と祖父、そして従兄弟たちがそれぞれ思い思いに過ごしている様子を確認し、そっと会場の端を歩いた。


 これまでずっと、こうして夜会を過ごしてきた。

 目立たないように。貴族同士の睨み合いや応酬に巻きこまれないように。そうすることが自分の優先事項だったから。


 けれど、これからしばらくは話題の渦中とされるだろう。

 仕方がない。継ぐべき家を捨て、別の家に入ったとなればそうなる。


 目立つことは本意ではない。が、これも少しの間の辛抱だ。貴族の話題はすぐに移り変わる。それでも嘲笑が収まらないなら、社交界に出る機会を減らそう。


 穏便に。目立たず。

 そうしていくつもりは、これまでとなにも変わらない。多くの貴族が自分の顔など憶えていない。それでいいのだ。


 だから今日も、目立たないようにと心に念じつつ、会場内を移動し、そっと会場を出た。









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