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後日談 お悩み相談から計画立案まで承ります

 ほんの一年ほど前までは目の前のこの光景に呆れたり、くだらないと感じたり、とにかく意味があるのかと疑問を抱くばかりだったように思う。

 そう思って、では今の自分は……と考えて、なぜか考えたくなくなったので思考を止める。


 改めて息を吐いてから、机に載った書類へ視線を戻した。


「俺、俺っ……好きなんですっ!」


 振り絞るよう紡ぎ出された言葉にサインをしようとしていた手が止まる。


「とってもそう感じるわ。あなたの言葉から彼女への好意がにじみ出ているもの。とっても好きなのね」


「はいっ……! だから彼女のために何かしてあげたいのに、俺、俺はなんて無力な……!」


 視線だけを動かし、手を止めた元凶を見た。

 テーブルを挟んで置かれたソファ。そこに向かい合って座っている一人の騎士と自分と同じ副団長。


 騎士団、副団長仕事部屋。副団長が二人というため広めに造られているその室内で、執務机に向き合い書類仕事をする副団長シャルベルと、休憩時間故に部下のお悩み相談を受けている副団長レリエラ。


(なぜ、副団長仕事部屋でする)


 こういったことはこれまで何度も見てきた。

 レリエラは他人から悩みを相談されることが多いらしい。そしてそれを食堂か副団長仕事部屋で受ける。副団長の仕事部屋だというのに悩みを相談する相手も遠慮なく悩みに一直線である。


(いや。レリエラ殿が異性と二人で真剣な話をしている、となるのもよくないとは解っているんだが……)


 食堂は衆目に触れるし仕事部屋ならばそんな心配もない。なにせ、ここにはシャルベルも同席しているのだ。外聞的な心配はない。

 シャルベルも盗み聞くつもりなどないし求められていないのに意見を述べるつもりもない。そういった性格をレリエラも見越しているからこそ、場所はここだと決めシャルベルがいる時間にしているというのもある。


 レリエラが引き受ける悩み相談、その多くは恋愛事であるとシャルベルは知っている。自分にはまず向けられない相談だ。自分が向けられる相談といえばもっぱらが鍛錬に関することである。


 これも分担業務だと思考に結論を与え、シャルベルは書類にサインをした。そして次の書類を手に取る。仕事に集中していれば自然と耳は音を拾わなくなる。


 春からの予算に関する書類だ。重要なものなので不備がないようしかと目を通す。

 病の件で騎士病院も薬や医療物資などを多くを消費した。申請額は増えるだろう。騎士団では騎士の犠牲者が多く、竜使いも四名死亡した。


(病の件で人手が不足しているからな。……各砦からの転属や騎士学校を卒業予定の生徒に一足早く慣れてもらえるようにするか)


 ロベルトやレリエラとも要相談案件として仕分け、次の書類を手に取る。


「無理に元気を出させようなんてしなくていいの。寄り添って、たまに外出を促してみたり、嫌そうならゆっくり過ごせるようにしてあげるのはどうかしら?」


「それで彼女は元気になれますか? なにかしたほうがって……」


「辛いときや悲しいとき、無理やりにでも元気なんて出ないわ。好きだという想いをまっすぐに彼女を想ってあげてね」


「はい! はいっ、ありがとうございます副団長!」


 お悩み相談に結論は出たらしい。レリエラの助言に騎士は頷くと、元気よく副団長仕事部屋を出ていった。

 ……最後まで、シャルベルなど見えていないかのように。


 手を振ってにこやかに見送ったレリエラは、しかしそのまま座ったまま、にこりとした笑顔を仕事中のシャルベルに向けた。


「お次の人はいないかしら?」


「レリエラ殿のサインが必要なものをまとめておいた。もう休憩も終わりだろう、仕事に戻ってくれ」


「もう。ないの? 相談」


「ない」


 たしかにこれまでレリエラに背中を押されたことがあったけれども。

 それはそれでありそろそろ休憩は終わりの時間だ。仕事に戻ってほしい。


 ぱらりと捌かれていく書類を見つめるレリエラは「そうね」と言って席を立つと、執務のため座り直した。

 それを見てから騎士団の今後についていくつか意見交換を交わす。レリエラから出る意見とシャルベルの意見を組み合わせ、まとめたうえでロベルトに提出することになる。


「今度休みを取ったんでしょう?」


「ああ」


 書類を捌いていた手が無意識に止まり、ちらりとレリエラに一瞥が向けられる。それも分かっているかのようにレリエラは微笑んで受けていた。


(レリエラ殿との婚約話が再燃することはないと思うが……。可能性が一番高いと父も感じていたかもしれないな)


 今はラウノアという存在以外考えられないけれど。

 レリエラの生家であるクロンベリア侯爵家当主でありレリエラの父であるクロンベリア侯爵は、騎士になって独身を貫くかもという娘に頭を抱えているはずだ。

 しかしレリエラの様子から見て、この話題を父侯爵にはしていない様子。


「……そうなったとしても、レリエラ殿との話が出るとは思えないが」


「私もその気なんてないもの。だからラウノアさんとのこと、とても心配だったのよ?」


「それは心配をかけてすまなかった。彼女からもちゃんと続行同意は得ているので心配ない。――絶対に逃がさない」


「あらあら……。逆にちょっと心配になっちゃうけれど、なにかそこまで燃える理由ができたのかしら」


 うふふっとなぜか楽しそうなレリエラだが深くは問わない。

 シャルベルがラウノアを好ましく思っているのはとうに知っている。それがレリエラにとっても好ましいのだから。


「また、いくらでも相談に乗るわよ?」


 そう言って気さくに請け負うレリエラの言葉に仕事の手を止め視線を向けると、レリエラも手を止めていた。

 誰の相談でも気軽に受けるレリエラに、以前から抱いていた疑問をぶつけてみる。


「なぜ、そうやって誰の相談でも受けるんだ?」


 突然の問いかけにレリエラも少し驚いたように瞬く。そして「んー…」と思案しながら答えを告げた。


「私ってほら、姉たちのおかげで好きな道を好きに進めているでしょう? だけどね、その決断のときに迷わないわけじゃないの。そういうときはよく姉たちが背中を押してくれて。だから私が迷う人の背中を押すことで、想いにまっすぐ好きな道を進んで後悔してほしくないのかも」


 クロンベリア侯爵家の三令嬢は有名だ。

 公爵家に次ぐ立場を持つクロンベリア侯爵家は男児に恵まれなかった。ウィンドル国においては女性の爵位の継承も可能なため男児がいないことが嘆かれることはなかったが、男性当主が多い貴族社会の中では少々侮られることもある。


 クロンベリア侯爵家は、跡取りに長女を指名した。そしてその長女は名だけといえるようなとある子爵家の令息と婚約、婿にとった。

 女性当主となれば侮られやすい分、周囲はしかと固めるほうがいい。クロンベリア侯爵は当初婚約には反対だった。


 父の反対に、長女は不敵に受けて立ったのだ。

 それからの長女の行動は凄まじかった。将来は侯爵の伴侶となる婚約予定相手をみっちりしっかりと隙なく完璧に教養も立ち居振る舞いも身につけさせ、高位貴族家の出身ですかと思われるほどに仕立て上げたのだ。

 その変わりように後の社交界ではどの家も開いた口が塞がらず、長女の手腕が恐れられ、賞賛された。そして無事に父侯爵を賛成に引きづり込み、長女は好きな相手と結ばれたのだ。

 そんな姉を見て育ったクロンベリア侯爵の次女もまた、侯爵令嬢という立場を放り出して、大陸中を回る劇団の俳優のもとへと羽ばたいていった。さらにそんな姉たちのまっすぐさを見て、姉たちに育てられたといっても過言ではないレリエラもまた、好きに道を選んで騎士団にいる。


(確かにあの姉たちなら「好きに進めばいいのよ」とでも言って好きにさせそうだな……)


 それによって頭を抱えているのは彼女たちの父であるクロンベリア侯爵なのだが。


「……クロンベリア侯爵家の三令嬢は特殊な事例だと思うんだが」


「普通の姉なのにどうして皆そう言うのかしら?」


 首を傾げるのはレリエラだけだろうと思いつつも、レリエラの相談請負が姉たちの影響でもあると分かるとなにを言うこともできない。

 そうして背中を押すことも、押されることも、時には必要なものなのだろ。それによってシャルベルもまたいい結果を引き寄せることができているのだから。


「まあ、休憩時間終了までに終わらせてくれれば俺は構わない」


「もちろん」


 話を終え、二人でそろって手を動かす。もう少ししたら鍛錬の時間だ。それまでにはあらかた終わらせておきたい。


 仕事を処理しながらシャルベルはこれまでにレリエラに相談に来た騎士たちや、その相談内容を思い出していた。

 レリエラがされる恋愛相談はとくに男性陣からのものが多い。女性騎士たちは非番の日の過ごし方や新しい店の話など、男性騎士からはあまり話題に出ない他愛のないものが多かったように思う。


 レリエラは騎士だ。だが当然に普通の女性だ。可愛いものも甘いものも、目新しいものも大好きだ。


 騎士団という仕事場。騎士という仕事。

 そこに加わる女性陣は、騎士学校時から勇ましい気概や強靭さというものを持たなければと気を張っていることが多い。男たちに負けられないと。仕事上体力や筋力が必要で、身体を鍛えていく中ではそういった心構えを持たなければと思う女性たちも少なくない。


 騎士学校学生時代のレリエラを、シャルベルは知っている。

 レリエラは一つ下の学年にいて、クロンベリア三令嬢の末娘として有名だった。しかし月日が経つにつれ、それとは全く違う意味で有名になった。


 レリエラは学生時代から今と変わらない。柔らかで、令嬢という表現がぴったりな、微笑みを絶やさない人だった。

 だからこそ、ちょっかいと出す男たちが多かった。その雰囲気から「騎士に相応しくない」「女らしすぎる」と攻撃が向けられることも多かった。


 レリエラはそうして近づいてくる相手を全て、実力で打ち負かした。あるときは授業の試合で。あるときは授業外の決闘で。


 レリエラが周囲から向けられていたものをシャルベルは理解できる。なにせ、公爵家の跡取りという立場上自分も似たようなものを向けられてきたから。

 それをすべて実力で対処したレリエラを純粋にすごいなと感じたほどだ。


 今では同じ副団長という立場になった。しかし、その立場以上にレリエラが騎士団にもたらしたものは大きい。

 レリエラの副団長着任は女性騎士や騎士を志す女性たちにとって大きな目標になった。騎士としての強さも、女性としての姿勢も。食堂や休憩室で「最近の流行の服装は……」「あの通りに新しいケーキの店が……」と騎士団に染まらないごく平然とした話ができるようになったのもレリエラのおかげだと言う騎士もいるほどだ。

 それはレリエラだからこそもたらせた変化だ。


 シャルベルはそんなレリエラを尊敬するが、新入り騎士たちからすれば「騎士学校時代からやっかみを受けながらもその全てを叩きのめして黙らせた二人」「一人で十数人を相手にしても微笑みを浮かべる毒を持った花」「倒した相手は氷の眼光で見下す冷徹将軍」などと未だに騎士学校で語り継がれるとんでもない先輩なのでがちがちに固まることになる。

 二人はそんな噂なんて知らないし、毎度がちがちの新入りには「なんでそんなに緊張してるのか」と首を捻るばかりだ。


「あ、そうそう。シャルベル様。もしデートで南通りに行くならおすすめのお店があるのだけど、どうかしら?」


「生憎と、まだ町は落ち着かない上に噂のこともある。外出は先延ばしになると思うが……」


「まあ聞いて。数種類のオレンジとベリーを使ったパフェを出すお店なの。今の女性たちに人気なの」


 流行やそういう人気に疎い自覚があるシャルベルは、レリエラがくれた情報を頭に入れた。弟のレオンはその役職上貴族令嬢の流行をよく教えてくれるが、こういった巷の話はあまり入手源がない。


(ラウノアは町を回るのが好きだからな。今度そういった店も行ってみるか……)


 これまで領地で過ごしていたラウノアだ。王都のものには少し物珍しさを感じるだろう。

 そういった、生き生きと輝いている表情は見ていても飽きないし、見ていたいという気持ちになる。


「そういった人気の店は他にもあるのか?」


「ええ。そうね、例えば――……」


 レリエラがくれる情報を聞きながら手近にあった紙にそれを書き記していく。


 鍛錬に向かう時間になったとき、できあがったのは処理済み書類の山ではなく、ラウノアとのデートプランだったことになにも言えなくなったシャルベルであった。






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