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後日談 おやすみの彼女 その2

 ♦*♦*




「ラウノアが?」


「そうなんです。やっぱり最近のことで疲れてたみたいで」


 ケイリスからもたらされた情報にシャルベルは少し驚いてから納得を覚えた。

 騎士病院での一件から神殿での毎日の看病、噂がまとわりついた日々にラウノアも疲労を感じていたのだろう。実際のそのときにはそう感じさせないほどで、ラウノアがうまく隠していたのかもしれない。


(とはいえ全く気づかなかったとは……)


 婚約者として不甲斐ない。そう感じて無意識にため息を吐いた。

 ラウノアとの婚約がなんとかまとまり直して安堵していたが、自分のことばかりだなとつくづく腹立たしくなる。


「ひどいものなのか?」


「いえ。ちょっとしんどそうだったけど起きて話もできたし、声もしっかりしてました。親父が医者に診せるって言ってたから心配はないと思います」


「そうか……」


 ラウノアは丸薬を口にしていない。それが分かっていても少しほっとする。


 鍛錬に勤しむ部下たちを見ながらシャルベルはその足をすぐに動かした。それが視界に入った騎士たちも一斉に敬礼し、シャルベルによる剣術鍛錬が始まった。






「んじゃ、ちょっと聞いてきます」


「ああ」


 日も暮れる時間。自邸へ帰る前にシャルベルはベルテイッド伯爵へと立ち寄った。

 騎士服のまま、ケイリスも着替えを後回しにしてエントランスから屋敷内へ駆けていく。それを見送り急な来訪に驚いてやってきたベルテイッド伯爵に挨拶をすませる。


「ベルテイッド伯爵。突然申し訳ありません」


「いえいえ。……ラウノアのことでしょう?」


「はい。具合がよくないと聞きまして。もし面会が可能なら見舞いたいと」


 よどみなく答えるシャルベルにベルテイッド伯爵を笑みを浮かべて頷いた。


 娘の婚約者であるシャルベルは立場も実力も持っている。それでいて、ラウノアを大切に想い、婚約の続行と将来を考えてくれる人物だ。ラウノアもまたそんなシャルベルを好く思っているのだろう。一度は婚約の解消という衝撃に襲われたが、そんな暗雲もなんとか晴れた。

 ラウノアの幸せを願っているからこそ、ラウノアが好きな相手と結ばれてほしいと思うベルテイッド伯爵は、シャルベルの想いがただ嬉しい。


「ラウノアの具合は?」


「疲労からくるものだろうと医師から診断を受けています。微熱と怠さがあるようですがそれ以外はなにも。本人もよく眠って、朝よりはよくなっていると言っています」


「そうですか。よかった……」


 目に見えてシャルベルが安堵する様子にベルテイッド伯爵は笑みを深める。そんな後ろからはケイリスが急いだように駆け戻ってきた。


「副団長。ラウノアも起きてて、来てくれたならって。見舞いオッケーです」


「分かった。案内を頼む」


「了解です!」


 ベルテイッド伯爵に一礼しシャルベルはどこか急ぎ足でケイリスとともに歩き出した。そんな後ろ姿にベルテイッド伯爵は小さく笑った。


 ケイリスの案内で進む屋敷内。時折すれ違う使用人たちは驚いた顔でシャルベルを迎え、シャルベルが去ってからは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 そんな空気を向けられていることに気づかず、シャルベルはアレクが控えるその部屋の前に着いた。


 やってきたシャルベルをアレクはじっと見つめる。その視線を受けている間にケイリスが扉をノックすれば、侍女のマイヤが姿を見せる。

 マイヤの目はシャルベルに向き、微笑みに彩られた。


「どうぞ、ギ―ヴァント公爵子息様。お嬢様がお待ちです」


「失礼する」


 シャルベルが室内に入れば、ケイリスは扉を開けたままアレクの反対側で待つことにした。


 ラウノアの部屋に入ったことはもちろんない。ラウノアの人柄を表すように控えめで、落ち着いた室内。じろじろと見る不躾はせず、シャルベルはマイヤの後に続いてベッドに近づいた。

 天蓋のベッド。その薄布は開けられ、上体を起こしたラウノアがそこにいた。


「シャルベル様。来てくださってありがとうございます」


「いや。俺のほうこそ、君がこれまでのことで疲れていると考えれば分かることに至っていなかった。すまなかった」


 ラウノアがぱちりと瞬く。そして小さく笑った。

 そんなラウノアを見つめて笑みを浮かべ、マイヤはシャルベルにベッドの傍の椅子を勧める。少し躊躇いながらも座るシャルベルを見てからマイヤは扉の傍に下がった。


「体調はよくなったと聞いたが、今は平気だろうか?」


「はい。明日には起き上がることもできると思います」


「あまり無理はしないでくれ。大丈夫だと思っているときは危ないこともある」


「はい。過信しないよう気をつけます」


 見舞いをラウノアが許してくれたことで体調は悪くないのだと読み取れたものの、あまり無理はしないでほしい。後でケイリスやベルテイッド伯爵にも伝えておこうかと考えていると、夕日が窓から射しこんだ。

 机の前にある窓からの光に視線が向き、そして気づいた。


 机の上に置かれた、見慣れた子犬の硝子の置物。

 それが、いつでも視界に入るような場所に置かれている。その事実にたまらなく嬉しくなった。


「今日は見舞いの品のひとつも持っていなくてすまない。また何か贈らせてほしい」


「そんな……。騎士団からのお帰りにわざわざ来てくださったのですよね。それで充分です。……今日は竜の区域へ行く予定だったのができなくなってしまったので、ラーファンは大丈夫でしたか?」


「ああ。君が休みだと伝えておいた。まあ……途端に興味がなくなったように広場に行ってしまったんだが」


「ラーファンも分かってくれたのだと思います」


「だといいんだが……」


 幸い今日は古竜に何かを頼むことはなかったが、そうでなければ拗ねている古竜は簡単に頼みは聞いてくれない。その苦労を思って肩を竦めた。


「念のため明日も休んだほうがいい。団長と古竜には俺から伝えておく」


「明日には大丈夫かと……」


「病み上がりだ。無理はさせられない」


 ラウノアの視線がちらりと扉の方へ向けられる。その視線の動きに気づいたシャルベルも向ければ、扉の傍でマイヤが微笑んでいた。

 大丈夫だと加勢してくれと言うようなラウノアの視線にマイヤはしっかりと首を横に振る。味方を失いかくりと肩を落としたラウノアは、シャルベルを見て頷いた。


「分かりました……。では、明日も念のため休みます」


「ああ」


 大人しく従ってくれたラウノアに少し安心した。


「まだしばらくは互いにたいへんだろうが、落ち着いたらまたどこかへ出かけないか?」


 優しく柔らかな目がラウノアを見つめる。そんな目に微笑み返して、胸に少しだけ痛みが走る気がした。

 まだ、自分はどこまでも迷っているのに。シャルベルは迷いをみせない。


「それに、道具が完成すれば飛行訓練の練習もしようという約束だ」


「はい。ありがとうございます。シャルベル様」


「婚約者として当然のことだ」


 その表情が胸に満ち足りたものを与えてくれて、それがどうしようもなく心地よいのだということは、もう知っている。

 だから。だから迷ってしまうのだ。


「あまり長居しては休めないだろう。俺はそろそろ――……そうだ。言伝が」


「言伝?」


 腰を上げかけたシャルベルがなぜか苦々しい表情を浮かべた。再び座り直してもラウノアに視線を向けず、少し迷うような様子を見せてからラウノアを見る。

 ロベルトやレリエラからの伝言だろうかと考えていたラウノアは、開きかけて閉じてを繰り返してから紡がれた言葉に耳を澄ませた。


「……竜使いと世話人数名から、日誌に書いてあることを聞き取りたいから聞いてきてくれと言われて」


「どの竜でしょうか?」


「マルグルスとドゥルカフと――……いや。それよりきちんと休むべきだ」


「気になって休めません。わたしが日誌に書いた内容ですからできうる限りはお答えいたします」


 見つめ合い、ラウノアのどこか真剣な眼差しにシャルベルが負けた。

 ため息をつき、それぞれの乗り手や世話人から頼まれていたことをラウノアに問う。ラウノアもそれにはできるだけ詳細に答え、時には紙に書き記した。


『ラウノアさんが休み? えっ。この間の日誌に書いてあったのラウノアさんが書いたと思ったから聞きたかったんだけどなあ』


『なあ、ドゥルカフの食事量が減っててさ、原因調査中なんだけど知恵貸してくれ。――ああくそっ。こういうときラウノア様の意見聞きたいのに』


 ラウノアが初めて竜の区域へ赴くようになってから随分と竜使いや世話人の態度も変わった。それは好ましいことだ。

 だが、どいつもこいつもラウノアが休みと知って、


『副団長ラウノアさんのお見舞い行ったりします? 行く? じゃあちょっと聞いてきてほしいことが……』


 と、当然のように言伝を頼むのをやめてほしい。それが三度四度となるにつれて目が据わるようになったシャルベルを見てレリエラが笑っていたのだから。


 ラウノアが頼りにされるのは正直に言って嬉しい。ラウノアの居心地が悪いようなことは自分も望まない。

 が、まさかここまでになるとは想定外だった。


 言伝ひとつひとつに真摯に応えるラウノアに申し訳なさと頼もしさを感じつつ、最後の答えをもらって「ありがとう」と礼を述べた。

 そしてすぐにシャルベルは立ち上がる。


「長居をしてしまったな。すまない。もうゆっくり休んでくれ」


「あっ、では――」


「見送りはいい。それよりもきちんと休んでくれ」


 そう言って掛布を整えてくれるシャルベルを見つめると、頬を少し冷えた手が触れた。

 どきりとする。目の前の青い瞳は冷たさよりもあたたかさをもっていて、見つめられると落ち着かない。


 そんな目が逸れて、手が離れて、背を向けて去っていく。


「それじゃあ、また」


「はい。また」


 扉を開けて部屋を出るシャルベルを見送ってからすぐにマイヤに視線を送る。意を察したマイヤがすぐに部屋を出ていった。

 それを見送って、頬に手をあてて項垂れた。


(だめ、なのに……)


 誰もいないのに顔を上げられない。熱なんてないのに、頬が熱いのが自分でも分かる。


「シャルベル様はずるい……」






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