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後日談 おやすみの彼女 その1

 社交も終わり、町はまだどこか静けさが目立つ。病の収束と原因が王家から発表されたことで、これからは人の動きも活発に戻ってくるだろう。そんな日常を取り戻したい気持ちを誰もが抱いている。


 病の一件が落ち着き、ベルテイッド伯爵家とギ―ヴァント公爵家を襲った娘と息子の婚約解消話もなんとか落ち着いた。それには両家もほっとしつつ、こんな話が今後出ないように祈りつつ見守ることにする。

 そんなある日のベルテイッド伯爵邸。

 当主であるグランセ・ベルテイッドとその妻であるロイリス。先代当主であるココルザードと、息子であるクラウとケイリス。一家の面々はすでに食堂に揃って残る一人を待っていた。


「ラウノア遅いな……。寝坊?」


「だとしても侍女が起こしてるはずだ。何をしてるんだ」


「ふふっ。また何か本でも読んでいたのかしら?」


 ラウノアを引き取った頃、領地にある屋敷で過ごしていた頃にはまれにラウノアが少しだけ遅い起床でやってくることがあった。思い出して笑みが浮かぶ妻を見て同じように思っていたベルテイッド伯爵は、食堂の扉が開けられ入ってきた人物に視線を向けた。

 その人物はすぐにベルテイッド伯爵の傍へやってくる。


「ガナフ。どうかしたか?」


「失礼いたします、旦那様。ラウノアお嬢様がどうもお加減がよろしくないご様子でして、朝食の席は遠慮すると」


「まあラウノアが? あなた。少し様子を見にいってみます」


「分かった。――すぐに医者を呼んでくれ」


 心配ですぐに立ち上がる妻に頷き、ベルテイッド伯爵はすぐに屋敷の執事に指示を出す。執事と同様にメイドたちも動き出す中、伯爵夫人が出ていくのを見てクラウが立ち上がった。

 そんな兄にケイリスが目を丸くする。


「え……。兄貴そんなにラウノア心配して……」


「確認することがあるだけだ」


 そう言ってすぐに食堂を出ていくクラウを見て、堪らずといった様子でケイリスも立ち上がって食堂を出た。


 王都にあるベルテイッド伯爵邸において、ラウノアの部屋はクラウやケイリスの部屋と並んである。伯爵夫人に追いついたクラウとケイリスは、ラウノアの部屋の前に立つアレクをすぐに見つけた。

 ラウノアが部屋にいるときにはずっとこうして立っているアレク。真摯に忠実に尽くすその姿には屋敷の誰もが感心しているのだがそれをアレクは知らない。


「おはよう、アレク」


「……おはよう」


 主であるラウノアにもベルテイッド伯爵家の誰にも同じ調子で言葉を交わすアレクは、伯爵夫人の挨拶に同じものを返し、クラウとケイリスをちらりと見遣った。

 クラウとケイリスがアレクと視線で挨拶を交わすなか、伯爵夫人はすぐに扉をノックする。すぐに中から姿を見せたのはラウノアの侍女、マイヤだ。


「奥様。おはようございます」


「おはよう、マイヤ。……ラウノアはの具合は大丈夫? 少し入れるかしら?」


「はい。どうぞ」


 落ち着いたマイヤの様子に伯爵夫人もほっと胸をなでおろした。

 体調が悪い。そう聞いてしまうと頭をよぎるのは、つい先日まで猛威を振るっていた病だ。原因が判明しておりラウノアにその原因がないとは分かっていても、一瞬肝が冷えてしまうほどにあの病は恐ろしかった。


 ほっとした様子の母を見ながら、ケイリスはそっとその背を押した。そのぬくもりに支えられ、伯爵夫人もそっと室内に足を踏み入れる。

 落ち着いた色合いの壁紙。必要な物だけを揃えた室内はそれでも品良く、その部屋の主の人柄を出す。扉からは遮られた天蓋付きのベッドの傍には、ラウノアの侍女であるイザナの姿があった。

 訪問者に気づいてすぐにイザナは一歩下がる。代わるように空けられたベッドの傍に駆け寄った伯爵夫人にイザナはすぐに椅子を用意した。


「ラウノア。具合は大丈夫?」


「はい。大丈夫です、おば様。クラウ様、ケイリス様。来てくださってありがとうございます」


「心配なんて当然。ラウノアが具合悪いなんてこれまでなかったし、ほら。兄貴だって心配で来てるくらいだし」


「そういうわけじゃない」


 ケイリスの笑顔にクラウの眼光が刺さっている。それを見てラウノアは小さく笑った。


 具合が悪いと聞いていたがラウノアの声はしっかりしている。少し顔色が悪いのを見ていれば具合が悪いのだと解るが、思ったよりは元気そうだと分かって、ケイリスもほっと息を吐いた。

 その隣でクラウはラウノアをじっと見る。


「ラウノア。一応聞くが、まさか例の丸薬は飲んでいないだろうな?」


「はい。時期が悪くご心配をおかけしました。ですが、これはおそらく疲労からくるものですので、大丈夫です」


「そうか……。ならいい。実際おまえはここ最近忙しかったからな。いい機会だ、しっかり休め」


「はい。ありがとうございます」


 クラウの懸念にケイリスも納得の顔を見せ、ラウノアのはっきりとした否定には伯爵夫人と一緒にほっと息をつく。


 ラウノアが言ったように時期が悪く嫌な想像をしてしまう。だが、なにもそればかりが原因ではない。

 風邪であることも。疲労であることも。体調不良の原因などいくらでもある。


「そうね。しっかり休んでちょうだい。あとで念のためお医者様をお呼びするから。何か食べられそう?」


「ありがとうございます。……では、お医者様に診ていただいたあとで少し粥でも口にします」


「分かったわ。しっかり、あたたかくして休んでね」


「今日はゆっくりしてて。悪くなりそうだったらすぐ言うこと。な?」


 気負わせない笑みでくれる言葉にラウノアは笑顔で頷く。ケイリスの表情は心を明るくさせるもので、イザナもマイヤも自然と笑みが浮かんだ。


 伯爵夫人、クラウ、ケイリスが部屋を出た途端に室内に静けさが落ちる。ラウノアはぽふんっと後ろに倒れ、重たい吐息が吐き出された。

 横になれば途端に体に重みを強烈に感じる。無意識に眉が寄ってしまうラウノアを、マイヤとイザナも心配そうに見つめた。


「お嬢様。お医者様がお見えになられたら声をかけますので、少しお休みに……」


「うん……」


 そっとラウノアの瞼が閉じられる。それを確認したマイヤは音をたてないよう室外に出て、イザナはすっとベッドの傍の椅子に腰かけラウノアを見守る。


 ラウノアの調子がよくない。それは起床したラウノアを見てすぐに分かった。

 ラウノア自身も自覚があったのだろう。項垂れたまましばらく動かず、すぐにガナフに言伝を頼んだ。


『慣れないのに魔力を操作しすぎたからかな……。わたしじゃまだ、これをしただけでこんなにも負担を感じるみたい』


 誰と比べているのかはすぐに解った。けれど、その比べる相手はなにをしても慣れっこのベテランだ。

 そのベテランもラウノアが体に負担をかけた原因を理解している。


(きっとあの方もこうなると解っていただろうけど、お嬢様がすると決めたことだから)


 休めば治ると分かっているから本気で止めようとはしないのだろう。あるいは、慣れも必要ということか。

 寝息をたてるラウノアを見つめて、イザナは少し困ったように肩を竦めた。


 ベルテイッド伯爵邸を訪れた医者はラウノアを診察し、熱があることと問診から気を張っていたことによる不調だろ診察した。

 先日まで流行していた病には風邪に似た症状が見られた。ラウノアの様子にあてはまる症状があれど、丸薬を口にしていないとラウノアが告げたことで医者も病とは関係ないだろうと伯爵夫妻に伝え、夫妻は大いに安堵した。


 体の重さと倦怠感から動く気力も湧かないラウノアはベッドの上で、その大半を眠って過ごした。






 ♢*♢*




「具合はどう? 何か食べられそうかな?」


 小さな少女の潤む視界に見えるのは、いつも優しい大好きな父の顔。今はその顔がどうしてか心配そうに歪んでいる。

 父のそんな顔はいやだ。だから、なんとか父の問いに答える。


「と、さま……。あのね……」


「うん。なんだい?」


「つめたいものが、たべたいの」


「冷たいもの? うん。分かった。すぐに持ってくるから待ってて」


 父の優しい手が掛け布をかけ直してくれる。

 言うと父はすぐに部屋を出てしまって部屋には誰もいなくなってしまった。扉の向こうには最近屋敷にやってきたアレクがいるけれど、入ってくる様子はない。

 急にしんとした室内になんだか寂しさを覚える。父が掛け直してくれた布を頭から被り込んだ。


(だれもいないの……。やだ。だれか……だれか――……)


 きゅっと目をつむってしまえ。眠ってしまえばいい。






 きゅっと閉じた瞼を開いた。そして不思議なことに気づいた。

 ベッドで眠っていたはずなのに目の前にあるのは自室ではなくなっており、父の姿はない。周りには母も、ガナフも、マイヤも、アレクもいない。


 見渡す限りの草原だ。他に見たことのないその風景は心奪われる不思議な感情が湧いてくる。

 一瞬だけその感情のままに瞳が輝いて、けれど周りに誰もいないことが急に思い出される。


「かあさま。とうさま……みんな……。どこ?」


 心細くてたまらない。思わず走り出した。

 ベッドの上で気怠く横になっていたはずなのに体は自然と元気ないつもどおりに動いて。けれどその違和感にも気づかないほど、必死になって走った。


「だれか……。みんなっ! どこっ?」


「なんだ。誰か探してんのか?」


 いつの間にか人がいた。少し離れて立っているその人からかけられた言葉に、少女はがばりと振り向き、目を瞠った。


 不思議な人だった。父もあまりしないようなシャツとスラックスという非常にラフな格好で、見たこともない耳と尻尾がついている。それはふさふさと動いていて、触ってみたい衝動に駆られた。

 そしてその人は、自分と同じ銀色の髪をしていた。


 目の前の少女の、素直な驚きの表情にその人はふっと笑った。

 自分と同じ銀色の髪。これまで何度か夜のうちに鏡で見たことのある姿だが、少女からすればそれは知らない話。


 会うのは初めまして。言葉を交わすのも初めまして。

 ――初めましてのたびに、胸にぬくもりを感じるのはどうしようもない感情が湧き起こるから。


 わざと尻尾をくるりと動かしてやれば、好奇心を隠せていない目がその動きを追っている。笑ってしまいそうになるのを堪えながら、少女に問うた。


「誰か探してんのか?」


「あっ、えっとね……」


「探してやんよ。ほら、行くぞ」


「え、あ、待って……!」


 一方的に歩き出す不思議な人を少女は追いかけた。後ろから足音がやってくるのを聞いて、追いつくのを待ってから再び歩き出す。今度は少女の歩幅に合わせて。


「あ、あのっ」


「ん?」


「だあれ?」


 隣を歩く小さな少女の問いかけ。純粋に首を傾げる様子にふっと口角が上がった。


「俺はな――……」






 ♢*♢*






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