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39,覚悟の根幹にある感情

「――……先日、ある人物に怒られた。己がどうしたいのかを見つけていないと。ラウノアの隣に立つ覚悟が足りないと。問うこと、知ることに、覚悟がないと」


「!」


「おそらく今も、俺にはその覚悟が足りないのだろう。だから……君を泣かせてしまう」


 ゆっくりと振り返ったラウノアの目に見えた光に、シャルベルは謝罪するように眉を下げる。

 ラウノアの手を握り直して。向かい合って。目を合わせてシャルベルは続けた。


「知らぬままに覚悟だけ持つというのは、正直とても難しい。ただ……その人は君のことをとても大切にしているようだった。だから俺にそんなことを言ったのだとすれば納得はできるんだが……」


 どこか戸惑いを見せる声にその先を容易く想像できたと同時に、その言葉に眩暈を覚えた。


 間違いない。自分にはなにも言ってくれないと思ったらなにをしでかしてくれているのか。しかもわざわざシャルベルに助言までして。

 ギルヴァ自身、これがどれほど危険であるか解っているはずなのに。


(そんな、シャルベル様を後押し……する……ような……?)


 非難していた心が、思わぬ気づきで驚愕する。


(だけどどうして? シャルベル様に手を伸ばしてみろと助言だってくださったし、婚約自体もいいことだと言ってくださった。だけど誰が相手でも変わらないもので、シャルベル様に固執する理由はないはず)


 そもそもに、どうしてシャルベルがギルヴァと会うようなことになったのかもラウノアには分からない。ギルヴァがなにも教えてくれないから。

 ギルヴァはなぜシャルベルに会ったのか。会うということがそれ自体、秘密に関わり、相手に知られる危険を助長させる。


 ギルヴァは誰にも会ってはいけない。気づかれていけない。知られてはいけない。

 だから外出はなるべくしない。するときには必ず外套をまとい、さらに魔力を纏うことで「そこにいる」という意識で捜さなければ見つけられないほどに気配を限りなく薄くさせ、魔法で音を消し、外に出る。そうすることで誰にも見つからない。ギルヴァが外出するといっても外見はラウノアだ。それを隠すために装備でもある。

 なのに、それをギルヴァは脱ぎ捨てた。


(ギルヴァ様は、今後もシャルベル様と婚約関係であれというの……?)


 ギルヴァがしたことを知ればラウノアは黙っていなかったし、どうにかせねばと考えた。そう予想できるからこそギルヴァがなにも言わなかった可能性もある。


「やれと、言われているように感じたんだ」


「っ!」


 同じことをシャルベルが言う。息を呑んで、まっすぐ見つめてくる視線から逃れた。頭は動かなくて考えがまとまらない。


 白くなるほど拳をつくるしかないラウノアに、シャルベルは強い意思を宿して決意を告げる。


「俺は、このまま婚約関係を解消したくはない。無理に聞き出したいわけでもない。ただ――君がなにかを背負っているなら、それを少しでも背負えるように在りたい。覚悟をもって」


 強い声音に嘘は感じない。感じないからこそ、胸が痛んだ。

 マイヤの言葉を思い出してああこれかと納得する。けれど素直に頷けないのは――自分の弱さだ。


 シャルベルは知らない。なにも知らない。

 よくて、ラウノアの内には別の誰かが居る、という程度の認識であり、それは一種の病ともとられる状態。


(そう思っていることがシャルベル様の救いになる。これ以上関わっていいと、わたしには思えない)


 ギルヴァがどう動いていても。それがいいことだと、どうしても思えない。

 だって――秘密は絶対に洩れないようにしなければいけないものだから。知ってしまえば、それだけで関係者になってしまうから。


(知られたくない。……知らないで。だってわたしは――……あなたに生きていてほしいから)


 その日がいつ来るか、ラウノアにも分からない。

 もしかするとラウノアが生きているうちにはこないかもしれない。それが最も望ましい形だ。だが、そうならない可能性もある。


 知られてはならない人に、知られてしまったら――……。


 だから、脅してでも引き下がらせるくらいのことしかできない。例えそれがシャルベルを傷つける行為であるとしても。

 だからラウノアは、毅然と、顔を上げてシャルベルを見た。


「あなたは覚悟とおっしゃいましたが、なにも分からぬ中でどうそれを持つというのですか」


「第一は、口外しないということ。誰にも、決して。それを貫けるかどうかが重要だと思っている」


 それは間違っていない。

 そして必要なものは、まだ別にある。


「騎士になると決めたとき、どういう覚悟を持ちましたか?」


「……どんな苦難も己の努力と己の力で挑むこと。騎士という立場上、隣国と戦となれば赴くことになるだろうということ。だろうか?」


「では、それによる死も、お考えになられましたか?」


「もちろん」


 問う言葉は普段よりもずっとまっすぐで、嘘を許さない。

 そう感じるからこそ正直に、偽りなく、ラウノアを見て答える。そんな視線を受けながらラウノアは重い一言を放った。


「では、ここで死ねと言われれば、そうできますか?」


「それは……」


「わたしが求める覚悟とはそういうものです。――いつかあなたは、関わらなければと後悔して、踏み込んだというだけで死ぬことになる。それでも、同じことが言えますか?」


 容赦なく、鋭い刃がシャルベルに選択を迫る。どこまでも重たく。選択次第では二度と後に引けなくなる。そんな問い。

 目を逸らしてはならない。直感的にそう思うからこそシャルベルはラウノアを見つめた。


 ――重たい覚悟だ。


(ラウノアの側付きたちはおそらくその覚悟を持っている)


 だからこそ、知っているからこそ、生家からこれまでラウノアについているのだろう。側付きにそんなことを安易にラウノアが命じるとは思えないけれど。

 けれど、だからこそ――……。


『ラウノアって優しい子だもん~』


 あのとき胸に落ちた、しっくりと欠片が噛み合うような感覚は間違っていなかった。だから自然と、この緊張と重圧の中でも体に力は入らない。

 シャルベルはただ、優しい眼差しでラウノアを見つめた。


「そうやって覚悟を抱かせ、それでいて、もしものときには全て君が責任を負うつもりなんだろう?」


「……っ!」


「自分と一緒に死ねと……君は、そんなことをさせないだろう?」


 ぴくりとラウノアの肩が跳ね、目を瞠るのがはっきりと分かった。

 自分の予想と当てはまるラウノアの態度に、シャルベルはさらに優しく紡ぎ出す。


「丸薬のことも同じだ。誰も知るはずのない原因を君は知っていた。それを俺に教えたのは、それだけの危険を冒しても伝えなければいけないと考えたからだ。それはきっと大勢の民と……ベルテイッド伯爵、君の家族のために」


「それは……」


「君が言う覚悟を今すぐに持てるかどうか、俺は嘘は言えない。――だが、これだけは言える」


 握った手に少しだけ力がはいる。

 自分の言葉を、意思を、聞いてほしくて。


 知らないことを覚悟するのは難しい。聞くな探るなと、しろと言われればそうできるとしても、それではあの人物が自分の前に出てきた意味とは異なる。


 今のシャルベルにできることは、今の自分ができることを告げること。

 嘘も、言葉だけの覚悟も、憶測も、言えないから。だから――……。


「その秘密が君を殺すなら、俺は、俺の全てをもって君を守る。その覚悟なら、迷いなくここで誓うことができる」


 ラウノアのためなら。ラウノアが望むなら。

 迷いなく、自分はそう在れる。


 銀色の目は大きく瞠られ、その瞳は静かに揺れる。手が震えて。震える口がさらに言葉を紡ぐ。


「……騎士団も、友も、家も国も、自分以外の全てが敵になっても、ですか……?」


「なおさらに」


「なぜですかっ……。なぜ、そこまで……。関わらないほうが、婚約なんて解消するほうがずっと楽ではないですかっ……!」


「楽な道を選びたいわけじゃない。俺は、俺がすると決めた道を進みたいだけだ。――それに」


 少し迷って、口を閉ざす。けれどすぐにその迷いを振り払った。


「好きな人を守りたい、というのは……おかしな感情ではないだろう……?」


 思わず問うように出た言葉に少し頬を掻いてラウノアを見る。と、ぽかんとした顔が目の前にあって、どうにも居心地悪くて視線を逸らした。


「あ、いや、だから……その……」


 目の前のシャルベルがひどく居心地悪そうにしている様子を見ながらも、思考は別のところにあった。


 心はいつか変わる。そういうものだ。

 だからきっと、そんな心だけでシャルベルが判断したのならそれはなおさら、関わるなと念押すべきなのだろう。


(なのに。なのに、嬉しい、だなんて……)


 心はいつでも正直だ。変わるくせに。裏切るくせに。――どこまでも期待を持たせる。

 そして同時に知っている。


 ――思い出してしまった。

 ()()()()、ギルヴァは言ったのだ。


『おまえには、少しでも可能性があるほうにいてほしい。だから――……』


 記憶の中のギルヴァが言う。

 そしてその想いは今も変わらない。いつもいつも「俺が守ってやる」とそう言って、迷いなくそう動いて。


 ――心はときに、変わらないもの。


 それをあの友が証明している。行動も。判断も。笑顔も。全て。

 ――愛する心も、あの友は変わらず持っている。


(ギルヴァ様……。どうしてシャルベル様にお会いになったのですか……?)


 知っていたのか。見抜いていたのか。シャルベルはそういう人間だと。


 もう、泣いてしまいたい。

 思考なんて放りだして、この気持ちだけに正直にいたい。けれどそれはあまりにも危険で。自分の周りを危険に晒すのだと解っているから、そんなことはできなくて。


 切り替えるように息を吐いて立ち直ったシャルベルは、改めてラウノアを見つめた。


「ラウノア。俺は君に惹かれている。……好きだから、婚約を解消したくない」


「っ……」


「約束が違うと言われると反論はできない。だが、俺個人に至らぬところがあってのものならともかく、俺を守ろうとして願われるのは……ひどく苦しい。どうか、まだ傍にいさせてくれないだろうか?」


 いつだって。いつだって、シャルベルはその姿勢を崩さない。

 ずっと感じていた。好ましいと思っていた。――惹かれていた。


 誠実で。優しくて。いつだって誰かを思いやる。

 その心の前にいることが、ひどく苦しい。


「……わたしはいつだって自分のことばかりで、自分勝手な人間です。あなたが以前言ってくれたような、できた人間ではありません。……嘘だって平気で吐きます。必要ならあなたも利用します。目立たないための盾にもします。こんなっ……」


「君はいつだって、誰かを想う優しい人だ。俺こそ、俺の勝手で嫌がる君に婚約を願っている。君への想いが断ち切れない不甲斐ない男でもある」


「違いますっ! あなたは決して、いつだって無理強いはしません。無理を言っているのはわたしです」


「いや。それを言うなら俺も――……」


 言い合って、これでは不毛だとシャルベルはふっと笑った。力が抜けたようなその笑みにラウノアもはっとなって視線を逸らす。

 そんなラウノアを見て、ずっと掴んでいた手を離す。ゆっくりと一歩を踏み出して、抱きしめた。


「っ……!」


「嫌なら、突き飛ばしてくれ」


 腕の中のラウノアはひどく狼狽えたようで。かちこちと固まって、彷徨っていた手はきゅっとシャルベルの服を掴む。

 抱きしめ返してくれないのは分かっていたから、シャルベルは優しく腕を回して瞼を伏せた。


「ラウノア。君ばかりが守ろうとしなくても大丈夫だ。俺にも一緒に、君を守らせてほしい」


 分からない。その言葉になにを返せばいいのか。

 なのに視界は滲んで。喉が絡まって胸が苦しくて。


 ただぎゅっと、掴んだ服を強く握るしかなかった。






 ♦*♦*




 ――俺がしたことにラウノアは何を思っているだろうか。

 もうすでに何度かそう考え、そしてどうしてか自然と口角が上がる。


 怒っているか。戸惑っているか。

 喉の奥が震えるが、まだラウノアに答えは聞かない。だって、今聞いてしまっては意味がない。


 婚約者であるシャルベルがどうするのかという答えを見つけだして、ラウノアと話をするまでは。自分はラウノアの前に出てやらない。


 ここ数日ラウノアが自分を探していることは知っている。けれど見つからないようにわざと隠れている。

 今のラウノアになにを伝えても無駄だと解っているから。


「未来なんて、決まりきった定めの先でない限り、どうなるかは分からない」


 口から出た言葉に口角が下がらない。


 逃れられない運命というものはある。それは変えようのない未来で、けれど多くはそれには当てはまらない。

 だから、どうにかできるものは多いのだ。


「使えるものはなんでも使え。そして望むものを掴み取れ。予測して行動しろ。そうすれば、この手で掴めるものは増える」


 さあ。シャルベルはどうするだろう。

 ここでラウノアの前から去ればそれまでだ。ラウノアは安堵しても悲しみ、さらに秘密を守りとおすことに意固地になるだろう。そしてシャルベルは安全を確保される。

 互いを思えば、それがいいのかもしれない。


 けれどきっと、それで救われるのはシャルベルだけだ。


 ラウノアと会ういつもの草原とは違う手入れのされた植物、休息の場となる小さなテーブルの前に座ったギルヴァは周囲へ視線を向ける。

 庭に咲く花は大輪のものが多く、その華やかさが周囲を照らす。外廊下が伸びてギルヴァのいる場所と繋がる平屋造りの建物では人が動き回っているのがギルヴァからも確認できた。そんな建物のさらに奥には、さらに大きく荘厳な建物の屋根が見えている。

 それをちらりと見てからギルヴァはすぐに視線を逸らした。


「どこにいきやがった!?」


「ああもうっ! 逃げ足の速い!」


 どこからか聞こえる誰かの騒ぐ声に、視線を向けずとも笑いがこぼれた。

 騒ぎのもとを微笑ましく思いつつ、その金色の瞳は空を見上げる。今日も憎いほどの青空だ。


『鮮明ではないのです。…けれど、これだけは分かります。あの子は……ラウノアはきっと、これまでよりずっと…。もしかしたら……』


 言いかけて、口にすべきではないと何度と閉ざしていた姿が脳裏をよぎる。


 言葉にするのは恐い。それが現実となってしまいそうで。認めてしまいそうで。些細な抵抗でしかないとしても、大切な人のことを願うからこそ、口は固く引き結ぶ。


「ラウノア。おまえには、なにがあってもおまえを守ってくれる、そういうやつが必要なんだ」


 自分だってラウノアを守るけれど。できることとできないことがあるのだと、よく知っている。


 変化は訪れる。形あるものは変わりゆく。

 物も。人の心も。けれど人の心には、ほんの一握りそうではないものもあって。


 忘れもしない光景を思い描いて、自然と胸があたたまる。

 忘れもしない姿を思い出して、自然と表情が笑みに彩られる。


 この心はいつだって変わらない。色褪せない。

 微笑みも。純粋な笑顔も。怒った顔も。悲壮に歪んだ顔も。涙も。「行かないで」のただ一言を伝えていた表情も。――すっかり痩せてしまったけれど、変わらず穏やかに微笑んでいた顔も。


「――……守る。必ず守る。約束だ」


 そっと瞼を閉じて、懐かしい日々を思い出す。

 けれど、そんな時間を無粋に邪魔する足音が聞こえて、ギルヴァの耳がぴくりと後ろを示した。


「こんなところにいたんですか!?」


「探しましたよ!」


 息を切らせて必死に自分を探してくれたんだろうと分かる様相の二人。ギルヴァと同じように生えている耳と尻尾は、それぞれ猫と虎のもの。

 そんな二人を見つめたギルヴァは、穏やかだがどこか切なげに笑みをつくった。






 ♦*♦*






お読みくださりありがとうございます!


これにて第四部は終了です。

普段の竜たちの様子やそれに関わる人たち、古竜に関わる覚悟を決めてもシャルベルにはまだ迷いが大きいラウノア。ラウノアとの距離が縮まったり遠くなったり、それでも己の意思だけは真っすぐ揺らがせないシャルベル。自分たちの気持ちに気づいたからこそ二人の関係がまた少し変わったりもしましたが、ラウノアはまだ迷いが大きいかな……。

シャルベルもラウノアに秘密があると気づきました。これからどうしていくのか……。


そんな第四部でしたが第五部では、揺るがないシャルベルに対してラウノアもまた前を向けるかなと思います。そうなるといいなと思っています。そしてラウノアの身に危険が……!?


ではでは、番外編を挟んで第五部を書いていきたいと思います。

今後もラウノアとシャルベルを、どうかよろしくお願いします!



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