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34,珍しい同僚

 ♦*♦*




 新規の患者が出ることはなく患者はその数を減らしていき、やがては患者もいなくなった。

 ラウノアが神殿に行くようになったときにはすでに死者数が相当数出ており、回復者は両の手で足りる数でしかなかった。

 病は少しずつ収束を見せている。騎士や医師の派遣も規模が縮小、やがては終了となり、同様にラウノアも神殿に行くことはなくなった。同時にグレイシア王女が病から回復。王家は安堵に包まれた。


 それでも王都はまだ静かだ。中央はまだ民への説明や補償などと忙しい。

 それも仕方がないと思いつつ、シャルベルは副団長仕事部屋のソファに寝転がっていた。そんな同僚を見てレリエラはソファの傍に立つ。


「ここにいるからいっそ報告しちゃうけれど、規律違反の騎士が名乗り出てきたわ。酒場でぼろっと愚痴っちゃって、まさかこんなにも広がるなんて思わなくて怖かった、ですって」


「……同席、もしくは聞いていた何者かからさらに広がったというわけか」


「そうね。この騎士に関しては団長が処罰するそうよ。竜は人に懐かない存在であるというのが一般的。ルイン君が懐かれることさえ秘するべき情報なのに、それが古竜になっちゃうとね。誰に目を付けられるか。本人たちは「懐かれていることに関しては音にならないようなこぼしだった」とは言っているけれど、外でこぼすことに問題があって、それが聞かれちゃね」


「払拭は?」


「これは規律違反として陛下にも報告。陛下も古竜の乗り手が貴族令嬢であることは否定せず、病の原因が丸薬の成分によるものであると正式に発表するそうよ」


 病の原因はなんだったのか。それがはっきりすればラウノアの立場も少しはよくなる。


 聞き取りができた患者全員が例の丸薬を口にしていたことが判明した。病が王都でのみ見られていることから、王都外での丸薬の流通を調べたがその様子はなく、王都民にのみ販売されていたと思われる。これに関しては売り手であったコルドからも建国祭の折に証言をとれている。

 そういったことから、成分という点で不審な点は見られなかったが副作用や調薬方法にもよるのかもしれないということで、王家から正式に王都中に発表されることになっている。なお現在も研究は続いている。


「死者数は相当出ているけれど、もともと丸薬を口にしていない人も多かったことが幸いね。……年頃のご令嬢には被害も大きいけれど」


「レリエラ殿のご家族は?」


「両親も姉ももともとすごく元気だから。そちらは?」


「同じく」


 家族が無事であることは安心だ。しかし喜ぶことはできない。


「竜使いはどうなった?」


「一足早く丸薬を禁止していたけれど、四人亡くなったわ」


 乗り手を喪った竜も四頭いるということ。竜にそれを告げ、次の乗り手を探すよう促さなければいけない。


(乗り手を喪った竜は、数十年は乗り手を選ばないとさえ言われている)


 完全に人材不足だ。騎士団全体がそうであることから、今、戦が起これば領軍に頑張ってもらうしかない。


 病の原因も判明した。治療法は今後の研究が進んでからになるだろうがそれは研究者に任せるしかない。今後は調薬に関しても研究が進むだろう。それは民の安全にも繋がるためよろしいことだ。

 騎士団は人材確保と個々の実力を伸ばすことに専念する。自己鍛錬の時間も増やそうか。

 積極的に思考を動かしていたシャルベルだが、立ったままのレリエラに見下ろされ、にこりと微笑まれた。


「それで、シャルベル様はどうしてここにいるのかしら?」


「……忙しいだろう。今は」


「あら。今日はお休みのはずよね? 休日出勤は助かることもあるけれど、今はとくに自分の身体を休めることが大事だって団長が言ってなかったかしら?」


 レリエラから視線を逸らす。流れるシャルベルの視線にレリエラはさらに微笑んだ。


 本日休息日であるシャルベル。だというのになぜか制服姿で入室してきたかと思うと執務机に向き直り仕事を始めようとした。一応は休日なのでレリエラはその仕事を回収。不満げだったシャルベルはしばらく座っていたかと思うと今度はソファに寝ころんだ。

 そこまで挨拶以外言葉を発さず。入室してきてぱちりと瞬いたレリエラだったが、挨拶以外何も言われず「分かってる休日なんだ邪魔だろうがでもいさせてくれ」と言わんばかりの態度に問うことはしなかった。むしろ、いるならいいかと明日するはずだった報告を先にしてしまったわけだが。


 呼ばれていない上に制服姿で、それでも休日という意識はきちんとある様子。

 どうにもちぐはぐとしたシャルベルに、レリエラは斜め傍にある一人掛けソファに座った。


「手伝うつもりで来たの?」


「……することがあれば」


「出勤のつもりがないなら制服じゃなくても通してもらえたでしょう?」


「これでなければ両親や屋敷の者が納得しない」


 その答えを聞いてレリエラは肩を竦めた。その目は困ったように、仕方がなさそうにシャルベルを見つめる。


「どうして家にいたくないの? シャルベル様がご両親や弟さんと喧嘩するとは思えないのだけれど?」


「……していない」


 ふいと視線が逸らされた。その態度にレリエラは怪訝としつつも、すぐに納得がいったような表情を見せた。


「恋の相談ならいくらでも引き受けてあげるわよ?」


 にこりと微笑んで投げられた言葉に返るのは、シャルベルの煩悶とした表情である。

 否定はない。そもそもにシャルベルのそんな表情を見ることが普段にないことで、それほどに心を動かすことも一つしか知らない。


 沈黙が室内を占めても、レリエラはそれを苦しいとは思わない。

 今、目の前に、誰よりも苦しんでいる者がいるのだ。どういう理由かは分からない。けれど二人に何かあった様子だというのは分かる。


(シャルベル様がラウノアさんをどう思っているかなんて一目瞭然だもの)


 仕事で、社交会で。シャルベルが女性に対し積極的であるなんて見たことがない。どころか、関わることに疲れているように見えることもしばしばあった。

 これはギ―ヴァント公爵も大変だと思っていたら、まさかの婚約発表。


 その相手を見て、シャルベルが求めそうな大人しい人物だという印象を持った。

 憶測はいろいろとあったが、次第に、シャルベルが彼女を好いているのだというのも感じた。あのシャルベルが。

 驚いて。喜ばしいことだと思えた。両親がシャルベルを婚約者に勧めてくることから逃れられるという打算もあったが、思いの外しっかりとしたラウノアを好ましく思えたものだ。


 立場や役職から、望めば手に入る物が多いシャルベル。

 シャルベル自身が何かを望んでいるような様子はこれまでに見たことがない。騎士学校時代でも淡々と鍛錬をしている印象だけを受け、それは同じ立場になっても変わらない。


 何があれば自分から動くのだろうと、不思議に思ったこともある。

 レリエラは幼少期から姉たちの影響で好きに生きてきた。両親を悩ませていることは理解しているが、欲しいものは自分で手に入れて思うままに進んできた。


 求めること、やりたいことは、いつだってまっすぐに。それを幸せだと思う。


 だからレリエラはシャルベルが沈黙を保っていても何かを言うまで待ち続けた。「実は…」という相談でも「関係ない」という拒否でも。なんでもいい。


「――……レリエラ殿」


「なにかしら?」


 沈黙の末にやがて小さく言葉を発した口は、また閉ざされて、そしてまた小さく次を紡ぎ出す。迷うような、苦しむような、そんな表情と一緒に。


「相手の……踏み込んではいけない場所に踏み込んでしまったときには、どうすればいいと思う?」


 具体的な相談内容など一切ない。けれどもどこか重たい響きを持つ、迷いの言葉。


 レリエラは一度口を閉ざし、考えた。

 誰だって他人に踏み込まれたくない部分はあるだろう。シャルベルにも、レリエラ自身も同じことがいえる。

 他者にずかずかと足を踏み入れられることもあれば、知らぬうちに踏み入ってしまうこともある。今回のシャルベルは後者だ。


(ラウノアさんにとっての踏み込まれたくないところに踏み込んでしまったのね……)


 ラウノアにあるそんな部分に予想がつかないからこそ、シャルベルの悩みの真剣さも理解できた。


 レリエラから見てもシャルベルは真面目だ。鍛錬も欠かさず、部下にも同じように指導する。部下からの報告書などの些細な不備も決して見逃さず、必要であろうとなかろうと提出する書類には関連資料を用意してロベルトに提出する。王都の警備に出たときも常に気を張り不審なことは見逃さず、王都民の困りごとにも積極的に手を貸す。

 相手のことをよく見ているシャルベルは、相手の機微を読むことも長けている。


(予想外の地雷でなかったとすれば、思い切って踏み込んだのかしら?)


 それならば、シャルベルにとって意味のある行動だったはずだ。だからこそこんなにも思い詰めているのだろう。

 けれどラウノアにとって、それは違った。


 もどかしいような。羨ましいような。見つめていたくなるような。応援したくなるような。なんだか胸に湧き起こるのはあたたかな感情だ。


「謝った?」


「……」


「なら、まずは謝ること。蒸し返すなんて考えず、まずはちゃんと謝る。それをしてから、もう二度とそんなことをしないと告げるもよし、何事もなかったかのようにするのもよし、それでも知りたいと告げるもよし」


「……それはだめだろう」


「どうして?」


 レリエラが首を傾げると、シャルベルは天井を仰いだまま眉をしかめた。右手の甲がこつんと額にあてられる。


「踏み込んではいけない部分にさらに踏み込むなど、相手を不快にさせるだけだ」


「シャルベル様なら、ラウノアさんに踏み込まれて、そう思う?」


 問われ、考えた。視界に広がる天井など一切意識には入ってこない。


(俺が、ラウノアに踏み込んでほしくないのは……)


 自分にとって踏み込まれたくない部分。ラウノアに対してそう思うのは、やはり恋人のことだろうか。もしくは、ライネルに連れられあちこちに、花街にまで連れていかれたことだろうか。

 考えて、思わず顔が歪む。


(あまり知られたくないな……。ラウノアがそれを問うてきたら……)


 浮かぶのは、困る、という素直な感想だった。

 そして浮かぶ、一歩足を引いて明確に拒んだラウノアの姿。


(ラウノアは、困ったのだろうか……?)


 あのとき、ラウノアはどんな顔をしていたんだっただろうか……。


「私なら。その相手が他の誰かとは全く違う、特別な人なら……」


 静かに音を並べるレリエラをちらりと横目に見遣る。

 仕事の邪魔をしていると怒られても仕方ないと思っているが、そんなことは一切言わない同僚は、ふわりと口角を上げて凛とした花のように微笑んだ。


「まずはぶつかってみるわね。だって大事な人だもの」


「……レリエラ殿はいつもそうだな」


「だって、踏み込みたい理由があって、踏み込まれたくない理由があるってことでしょう?」


 いつもと同じ、迷いのない自信に溢れた答えだ。

 その実力で勝ちとって、進んで、部下への鍛錬は騎士団一容赦がないとさえ言われる毒花将軍は、両親の説得も女性には厳しい騎士団という場所での実力も立場も、すべてを自分で掴んできたから、だから自信を揺らがせない。


 そんな表情を見て、また、視線を天井へ向けた。


(踏み込んだ、もしくは踏み込まれると感じたからこそ、ラウノアは婚約を解消すると言ったのだろう。ならば、もうしないと言えば関係は続けられる可能性はある……はずだ。だが、一度の危機感で全てを消すつもりだったとしたら……)


 レリエラのような自信は湧いてこない。女性との関わりを避けていたせいか、それとも自分で思う以上に対人関係に対して不得手だったのか。

 考えれば考えるほど、思考は悪い方へ流れていく。


(こんなにも、俺は不甲斐なかったのか……)


 改めて知る自分を笑う。

 これまで、ラウノアとの会話においても迷うことや言い出すことに困ることはあった。けれど、そんなものはかわいいものだったのだと今なら分かる。


 ラウノアは、そんな自分を見つめて優しく待ってくれた。告げれば微笑んで、ときに嬉しそうに無邪気に笑って。

 そんな時間がなによりも心地よかった。特別を求めないラウノアにとっても同じだった――はずだったのだ。






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