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30,危険は承知

 ♦*♦*




 神殿へ向けて馬車がごとごとと車輪を回して向かっていく。振動を抑えた車内から見える外の景色は王都の街並み、そして神殿周りの緑へと移っていく。


 なんてことない状況ならばこういった景色もきっと楽しめた。なんてことない話に花を咲かせて。

 思い出してしまった。シャルベルと初めて町へ出かけたとき、互いに話が得意ではない中でもいろんな話をしたことを。

 口許が緩みそうになるのを堪えて、ラウノアは景色から視線を外した。


「イザナとアレクには引き続きラウノアを頼む。ラウノアの名と顔を一致させられる一般市民はいないだろうが、騎士が口を滑らせればそれまでだ。暴動が起こるようなら即時帰宅させるからな」


「分かりました。その……クラウ様までわたしに付き合う必要は……」


「監視だ。指示をくれればそのとおりに動く」


 きりっと引き締まった表情から見えるのは呆れか怒りか。

 目つきが悪いと自分でも認めるクラウはその口の悪さを発揮させるが、受けるラウノアはただ申し訳なさで肩身を狭くさせた。


「イザナもありがとう。ガナフにも心配かけちゃうわね」


「父はお嬢様がそう言うんだろうなってきっと分かってましたから。しかと頼まれている気持ちです!」


「心強いわ」


 胸を張るイザナはいつもどおり。騎士病院でしていたような頭突きをしないようにだけ注意していたい。


「それよりラウノア。念のために呼び名を変えるぞ」


「呼び名……。ラウノアは、やはりよくないでしょうか?」


「見目を知っている者がいるわけではないから家名まで名乗らねば問題ないかもしれないが、イザナのように「お嬢様」などと呼ばれていればある程度の身分が予想できる。それからその珍しい銀髪も頭巾で隠せ」


「分かりました」


 イザナが鞄から出した頭巾を受け取るラウノアは、すぐに頭巾の中に髪をまとめるようにして頭の後ろでぎゅっと結んだ。イザナにも手伝ってもらいチェックすれば、ちらりと見える髪もウィンドル国では珍しくもない白や灰色と言い切れなくもない。


 ラウノアの噂について貴族社会は別として、一般的には『古竜の乗り手の貴族令嬢』として広まっている様子だとケイリスが教えてくれた。

 一般市民にはそもそも古竜が乗り手を選んだことさえ知られていなかった。それは王家が発表していないため当然でもあったのだが、それが噂によって市民も知るところになってしまった。それでも念のために気をつけなければいけない。


 竜について一般国民が知ることは少ない。怪我をする恐れがあるため近づいてはいけないことなどと基本的知識は知られているが、秘匿されている情報のほうが多い。

 今回はその情報が漏れている。警戒を強めるクラウはあらゆる危険を考えていた。


「そうだな……。どう呼ばれれば自分だと分かる?」


「そうですね……。――…では、母の名を借りて、ルフとお呼びください」


「……まあ、反応はしやすいな」


 愛称でも出すのかと思えば母のそれか、と少々呼びづらさを顔に出すクラウだが神殿が近いのを見て取り頷いた。


 到着した神殿の前でラウノアは馬車を降りる。

 王都の神殿は大きい。英雄王が眠るその場所は、常ならば国の平穏や家族の安寧を祈る者も多い。静謐な空気はどこか外部とは異なるように感じられ背筋が伸びる。


 石造りで荘厳な神殿の外にはいくつも天幕が張られ、神官や騎士、伝染の危険は低いとの発表から見舞いに訪れている家族らしい人々の姿も見え、忙しなく動き回っているのか見て取れた。他にも天幕が張られ、垂らされた入り口の布の奥に何があるのかは容易に察することができた。

 神殿での看病や治療に関しては、主に神官たちや王都中から集められ派遣される医師が担っている。神殿にいる神官は少々だが医学知識がある者も多く、病院に比べれば医師の数が少ないというところがある。


 天幕の数。動き回る人。泣き崩れる人。その光景はラウノアたちを閉口させた。

 外だけですでに悲劇的で胸を痛める光景だ。これでもきっと山場を越えているのだとラウノアは唾を飲んだ。


 それでも意を決しラウノアが一歩を踏み出そうとしたとき、同じようにやってきた馬車があった。

 急いで来たらしい馬車は少々荒く停車し、御者がすぐさま降りて扉を開ける。そこから出てきた人物にラウノアは目を瞠った。


「年寄りには優しい運転を心がけてほしいものだなあ。腰が痛い痛い」


「シルバーク様!」


「おや。こりゃこりゃお嬢さん。奇遇だねえ」


 驚いた様子もなく微笑むのは数時間前まで世話になっていた医師。小柄な体でゆっくり傍にやってきたシルバークはラウノアを見て笑みを崩さない。

 シルバークは騎士病院の医師であるとクラウに説明するラウノアと、それを聞くクラウを見て、シルバークは状況を理解した。


「ふむふむ。お目付け役を連れて来ちゃったのかな?」


「はい。お手伝いをさせていただきたいのです」


「物好きさんだねえ、君は」


 笑みを浮かべて、その目がしかとラウノアを見る。まるで見定められているかのような目もラウノアは逸らさず見つめた。

 シルバークとて噂は知っている身だ。騎士病院とは違い追い返されても文句は言えないが、引き下がるつもりもない。

 短い見つめ合い。シルバークはすぐにひとつ笑うと歩き出した。


「じゃあ、おいで。君は私の助手で、騎士病院で一緒だった二人は君の助手。お目付け役君はそれをしつつ、男手が必要な所に手を貸してくれると嬉しいかな」


「はい。シルバーク様、わたしはここではルフと名乗りますので、本当の名は……」


「うん。それがいいね」


 イザナとアレクも頷き、一同は神殿の中へ向けて歩き出した。






 その姿を見たとき、声を上げそうになった。


 シルバークとともにやってきた彼女は、すぐに患者を診始めたシルバークの隣でその指示に従って動いている。イザナとアレクもそれを見つつ、指示を受ければすぐに動けるように控えて。

 やってきた彼女は貴族令嬢とは思えない簡素な麻の服に身を包んでいた。動きやすさを重視したそれはとても貴族令嬢のものではなく、頭に巻いた頭巾も彼女の特徴を消している。イザナやアレクも似たもので、クラウも街に溶け込むラフは格好だ。


 患者を運ぶなどと手伝う騎士たちもシルバークを見て安堵する一方で、ラウノアの姿に怪訝と首を傾げている。

 気づいている者もいれば気づいていない者もいる。「あれってラウーー……」と口に出そう者がいるなら眼光と殺気で黙らせた。

 そのおかげか、連れてきた部下数名はすぐに仕事に戻って余計な口は叩かなくなった。もとよりラウノアに対して悪意を持っていない面々であったことも幸いしたのだろう。余計なことは言わないはずだ。


 見れば騎士の一人がクラウに声をかけられている。騎士はそれを聞くとクラウを連れてきた。


「副団長。こちらの者がお話があると」


「分かった」


 クラウを連れて少し外へ出る。ラウノアをちらりと見てから外に出れば、冷たさを混ぜた風が頭を冷やしてくれた。


 周囲には誰もいない。話を聞かれる心配はない。

 それを確認してからシャルベルはクラウへ本題をぶつけた。


「なぜ彼女とここに?」


「彼女とは、ルフのことですか? 本人が引き下がる気配が微塵もないので父もやむを得ず。俺が同行したのは監視のようなものです」


 ルフとは聞き慣れない名前だ。しかし知っている。


(確か、ラウノアの母、前カチェット伯爵の名だったな。……それをここで名乗っているのか)


 それなりに用心はしているのだろう。あの頭巾もその一種。ラウノアの銀髪は国内でも珍しく、人目を引いてしまうものだ。


「危険だ」


「一応は、顔まで知っている者はいないだろうと踏んでいます。ここでの噂はそこまでまずいものですか?」


「……ここは神殿だ。英雄王を祀るそこにいると知られれば……」


 眉根を寄せるシャルベルに、クラウはふっと笑って肩を竦めた。


「クラウ殿」


「全くですよ。だというのに、その責任を負うのだと。聞きはしません、あいつは。――頑固もたいがいにしてほしいものだ」


 知っている。そんな彼女だから自分はとても心配して、毎日足を通わせたのだ。

 思わずぎゅっと拳をつくった。


(責任など、君にはなにもないだろう)


 それをとるべきは噂を流した騎士たちで。それを早期に見つけ出して止められなかった自分たちだ。


 きっと、帰れと言っても帰らないのだろう。それが分かっているからクラウがここにいるのだろう。

 もう、大人しくじっとしていてほしかった。安全な場所にいてほしかった。


 なのに、負う必要のないものを負って。

 危険があるかもしれない場所にまで、わざわざ赴いて。


(君は、守らせてくれないのか……。なぜそこまで……)


 唇を噛んで、眉根を寄せて。拳をつくりながらもシャルベルはひとつ息を吐いた。


「彼女をお願いします。俺は騎士の口を封じますので」


「……分かりました」


 頭の中でケイリスが「副団長気が短いからさ」と話していたのがよぎったが、深く問うことはせず頷いた。

 騎士たちをシャルベルが口封じ……ではなく、口止めしてくれるならそれは心強いものだ。


 クラウと別れたシャルベルは部下たちそれぞれのもとへ行き、シルバークの診察と指示に従うこと、そしてシルバークの助手であるラウノアは「ルフ」という助手だと伝えに回った。

 すでにラウノアと見破っている騎士もいるが、秘匿する意味を理解しているからこそシャルベルの指示にはすぐに頷いた。間違って呼び間違えないよう念を押されもしたが、その眼光にはなにも言えない騎士たちである。


 そうして動き回るシャルベルを視界の隅に入れつつも、ラウノアはシルバークの傍で治療に動き、同時に触れるという好機を逃さず本当の治療を施していった。

 シルバークは回復見込みのない重傷者を診るときにはラウノアを伴うことはせず、その間は別の患者をラウノアに任せた。そんな中でこそ本当の治療をすることができ、一人でも多くの人のもとへと寄り添った。






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