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12.夜会で感じるもの

 ラウノアの顔見せが始まった。

 ベルテイッド伯爵家と関わりある貴族から順に、一家が揃って挨拶に回る。同時にラウノアを新たな家族としてベルテイッド伯爵が紹介し、養女ということには多くの貴族が驚いた。


 当然である。

 ウィンドル国において多くの養子縁組は、家督に関わるものである。ラウノアのようにそうでない場合もあるが、それは珍しい。


 ベルテイッド伯爵家は、クラウという長子が後継者として広く知られており、ケイリスもまた騎士として仕事をしている身。問題ない伯爵家が、新たな養子をとった。

 なぜ。どういう娘なのか。貴族の関心がそこに向くのもまた、必然であった。


 と言っても、ラウノアが自分からなにかを話すことはあまりない。ベルテイッド伯爵がラウノアを相手に紹介し、軽く挨拶を交わす程度。

 他者の好奇心、観察の目。それらを感じても、ラウノアは微笑んで返した。


「ベルテイッド伯爵はすでによきご子息もいらっしゃる。その上ご息女を迎えられるとは、よほど、このご令嬢には素晴らしい光があるようだ」


「ええ。ラウノアは素晴らしい娘ですよ。優秀な息子たちに加え、素敵な娘にも出会うことができた。父としてこれほどの幸せはありません」


「しかし……はて。どこの家のご令嬢でしたかな。近頃記憶が曖昧でして……」


「いえいえ。彼女は我がベルテイッド伯爵家の娘。それ以外の何者でもありません」


 探ろうという相手がいても、ベルテイッド伯爵は微笑んで返す。

 痛くもない探り。なにもやましいことなどない。堂々としたベルテイッド伯爵家の面々には、相手も少なからず躊躇を見せることもあった。


(わたしだけに向ければいいのに……)


 そうすれば、こうして伯父たちを巻き込むことなど……いや。これすら覚悟して、引き取る決断を下したのだろう。

 だから、胸が痛む。


「ベルテイッド伯爵様。皆さま」


 意を決し、挨拶の合間に、ラウノアはベルテイッド伯爵家の面々へ声をかけた。周りにいた家族がラウノアを見れば、ラウノアは小さく続けた。


「……わたしのために、申し訳あ――」


「そんな謝罪はいらん」


 謝罪より先に遮る声に、ラウノアは思わず視線を向けた。

 小さく笑っているベルテイッド伯爵やココルザード。眉を下げる伯爵夫人、その隣で呆れたような顔をしているクラウ。


「この程度のこと、我が家にはなにも問題ない。珍しいだけで寄って探ろうとするなどという無駄に付き合うつもりもない」


「あー……兄貴、ちょっと怒ってる?」


「ばかばかしい。好奇の視線ほどに鬱陶しいものはないからな。ラウノアと話をしようというならともかく、憶測だけで開く口だぞ。おまえは腹が立たないと?」


「いーや。ものすっごく兄貴と同意見」


「二人とも、それくらいにしなさい」


 いくら周囲に聞かれていないとはいえ、あまりにも身も蓋もない言葉にベルテイッド伯爵が窘めた。それを受けた二人も口を閉ざすが、まだ、その表情から苛立ちは抜けていないようだ。

 周囲に気づかれぬよう小さく息を吐き、クラウはラウノアを見た。


「いいな? おまえも気にするな。さっきまでどおりに微笑んでいればいい」


「もう、クラウ。もう少し優しく――」


「ここまで他人行儀だと知られると、それこそなにを言われるか、でしょう。見せつけるなら、家族として堂々とした方がいい」


 第三者が聞けば、苛立ちを露にしている声音だ。睨むようなクラウの眼光を受け、けれど、ラウノアは胸に小さなぬくもりを感じた気がした。


 王都の屋敷へ来て、きちんと従兄弟のことを知った。

 ケイリスは印象どおりに気さくで、よく話をして笑わせてくれる。軽い印象とは違い騎士としても真面目で、鍛錬もきちんと行っているのを、何度も屋敷で見た。クラウは笑わないから近づきがたい印象を受けるが、相手のことをよく見ていて、それでいて、素っ気ない言葉の裏には心がある。


(クラウ様は伯父様に似て、家族想いな方だから)


 挨拶回りの中でもずっと離れず傍にいてくれる二人の兄に、胸が苦しくなった。


「はい。ありがとうございます」


「手をかけさせるな。ただでさえ、女の所へ走ろうとする愚弟で頭を悩ませているんだ」


「行こうとしてませんけど!? ってか、兄貴のその言い方じゃ俺に悪印象じゃんか! 撤回要求!」


 ぐわりと攻撃態勢をとるケイリスにクラウはふんっと鼻で笑う。そんな兄弟に両親と祖父は困り顔だ。

 けれど、ラウノアは、どうしてか自然と笑ってしまった。そんなラウノアに、クラウとケイリスの目が向き、二人も言い争いをやめた。


「さあ。では改めて」


 再び挨拶回りをしていると、王家の面々が会場に入り、上段から、全員に向けて夜会の始まりと挨拶を告げた。終わりには国王がグラスを掲げるのに合わせ、参加者もグラスを掲げる。

 ベルテイッド伯爵家の中でそれに参加したラウノアは、それからもしばらく挨拶に回った。


 ベルテイッド伯爵たちとともに挨拶をしていると、地位のある貴族が王家と挨拶を交わしているのが視界に入った。

 ウィンドル国において、こうした夜会の場で王家に挨拶ができるのは、公爵家か侯爵家。よほどの立場を持つか功績を立てた伯爵家、くらいである。あいにくと、ラウノアの生家カチェット伯爵家も、ベルテイッド伯爵家も、こちらから王家に声をかけられるような立場にはない。王家から声をかけてでもこない限り応えることもない。


 しかし、今回は別だ。

 ベルテイッド伯爵もその光景を見ており、侯爵家の挨拶が終わる頃合いを見て一家を促した。


 その足は王族の元へ向かう。

 それを感じ、ラウノアはすっと胸の内が冷え、思考が冷静になるのを感じた。緊張はするが、それは王族を前にするからだ。


 挨拶を許された伯爵家の中に交ざり、ベルテイッド伯爵家の番が来る。


 ウィンドル国国王、マクライ・ルマルドゥ・ジーヴェルダントは、薄金の髪と薄青の瞳を持つ、厳かな男性だ。

 そして、そんな国王の傍には、濃緑の髪と同系色の瞳を持つ女性、アリエッタ王妃が立つ。二人の間には王子と王女が一人ずつおり、王の側に立ち、共に貴族たちからの挨拶を受けている。


 ウィンドル国を統べる王家を前に、ベルテイッド伯爵家の面々は静々と歩み出た。


「ベルテイッド伯爵。久しいな」


「お久しぶりにございます、陛下。先の折は多大なるお力添えを賜り、恐悦に存じます」


「よい。――して、そこな令嬢が、ラウノア・ベルテイッド伯爵令嬢か」


 今回、ラウノアはベルテイッド伯爵令嬢としての披露目を兼ねて出席している。

 新たな家族を迎え入れたとなれば、国王への挨拶は必須。しかも、ベルテイッド伯爵は国王に直談判を行い、養子縁組の承諾を貰っている。


 それを知っているからこそ、ラウノアもマクライ王に頭を下げた。


「はい。ラウノア・ベルテイッドと申します。此度は、陛下の果断なるご決断により、ベルテイッドの家名に連なることと相成りました。これより先、ベルテイッド伯爵家令嬢として、国家と領地領民のため、尽力してまいります」


「期待している。ベルテイッド伯爵令嬢」


 マクライ王の言葉に謝意を伝えるように頭を下げ、ラウノアは一歩、下がった。

 それを見たマクライ王は僅か目を細めたが、何も言わず、ベルテイッド伯爵家と二言三言交わし、挨拶を終えた。


 挨拶を終え、マクライ王の前を去りながら、ラウノアはちらりと視線だけで振り返る。

 ベルテイッド伯爵家の次に、王家と言葉を交わしている伯爵家がある。両者が言葉を交わしている会場の奥、王族の席の傍には、ウィンドル国建国の英雄にして初代王、王家の先祖であるハーウェン英雄王の肖像画が飾られている。自然と視線はその絵に向き、次いで子孫である王族へ向く。

 ラウノアもそんな光景を一瞥し、すぐに視線を逸らした。


 王家への挨拶も終わり、夜会で過ごす時間も過ぎていく。他家への挨拶も終わり、ベルテイッド伯爵もほっと息を吐いた。


「ラウノア。疲れただろう? 大丈夫か?」


「はい。ベルテイッド伯爵様こそ、お疲れではないですか?」


 これまでの社交の場で見たラウノアはとても控えめで、長く他者と話をしているようには見えなかった。しかし今夜は違う。披露目というのもあるが、ラウノアにとっても新しい一歩になっている。

 それでも、疲労を見せない。逆にこちらを気遣ってくれる。屋敷での親しい言葉遣いすらここではせず、その振る舞いは教育された立派な淑女。


 そんなラウノアに眉を下げながらも、ベルテイッド伯爵は「大丈夫」だと首を横に振った。そんな伯父の様子にラウノアも微笑む。


 夜会が始まってしばらく経つ。挨拶も終え、祖父は親しい友人との歓談を楽しんでいるようで、遠目に見る姿は生き生きとしているように見受けられた。そんな父にはベルテイッド伯爵も安心の表情を見せる。

 落ち着いた頃合いを感じ、ケイリスがベルテイッド伯爵を見た。


「親父。そろそろ離れて大丈夫? 俺、他の騎士にも声かけてくる」


「ああ」


「また女に声をかける気か。少しは自分の立場を――」


「はーい。ラウノア。知らない男について行くなよ」


 しかとラウノアに注意しながらも、間延びした了承の声は投げやりだ。それが分かるからこそ、クラウは隠すことなくため息を吐いた。

 ささっと去っていく息子には、ベルテイッド伯爵夫人も眉を下げる。


「全くもう……」


「まあ、ああやっていても愚かな子ではないから、大丈夫さ」


 慣れた様子の一家に、ラウノアも去っていったケイリスの背を見た。

 どうやら、彼は女性とのお喋りに向かったらしい。その空気のように少し軽いところがあるようだが、これまで傍にいてくれたことから無責任な人ではないと判断できる。


「クラウ様は、ご友人とお話などはよろしいのですか?」


 ラウノアが視線を向ければ、クラウはちらりと両親を一瞥した。それを見たベルテイッド伯爵は静かに頷く。


「ラウノアはどうなんだ? 友人は」


「いえ。もとより社交の場にはあまり出ていませんので……」


「そうか。では、俺も少し離れる」


 そう言い、クラウも離れていった。その背を見送りながらも、少しだけ頬が緩みそうになる。


(優しい兄弟……)


 二人とも、いきなり妹になった自分をとても気遣ってくれる。遠慮や義務ではなく、自然と流れる川のように。自然と手をとってもらえるようで、心地よい。


「っ……!」


 クラウの背を見送りながら感じる、そんな心地よさが、一瞬にして冷めた。

 表情に出さないようにと務めても心臓が跳ね上がる。指先が震え、持っているグラスを落とさないようにと意識する。足元が暗闇に落ちたような眩暈を覚えた気がした。


 それでも必死に、声音だけは普段通りに伯父に向けた。


「……ベルテイッド伯爵様」


「どうした? ラウノア」


「少し、バルコニーで風に当たってきます」


 クラウを見送っていたから、ベルテイッド伯爵には、ラウノアの背しか見えていない。だから気づかれていない。


 きっと今、酷い顔をしている。

 自覚しながらも、ラウノアは小さく礼をし、その足を人気のないバルコニーへ向けた。


 会場から直接出られるバルコニーは、すぐ傍で夜会が開かれているとは思えないほど静かで、光もさほど届かない。会場から一歩出れば、華やかから静寂へと変わる。夜風は時に、熱された頬にはちょうどいい冷たさを与える。


 ほっと息を吐き、ラウノアは華やかな会場とは逆の方向へ視線を向けた。


(父様が、いた)


 つい先程見た光景。その人物はまさに、実父トルク・カチェットその人だった。

 挨拶回りに必死で、ずっと気づかなかった。あちらから挨拶に来ることもなかった。


 トルクは今、カチェット伯爵家の当主代理だ。当然、こうした社交の場にも参加する。


(見かけても、冷静であれると思った。だけど、違った……)


 いつだって、目立たぬようにしてきた。控えめで、表に出ない、平均的な淑女であるように心がけてきた。

 それは母が死んでからは一層強く身に沁みついて、だから、こうなってもきっと、大丈夫だと思っていた。


『出ていってくれっ……!』


 耳の奥に、最後に聞いた声が蘇った。






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