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21,自分にしかできないこと

 目的を終えシルバークとも別れたラウノアとシャルベルも帰宅のため外へと向かう。

 ラウノアに合わせてゆっくりと歩きながら、そっとラウノアの様子をうかがった。


「気分は悪くないか?」


「はい。大丈夫です。……亡くなられた騎士の方は竜使いでしたか?」


「いや。まだ新入りで、選定もしていない騎士だった。……新入りの不調者は少なくないから少し気になっている」


「……体を労わうとしたのかもしれません」


「? それはどういう――……」


 言いかけ、口を噤んだ。

 ラウノアの表情は少し前に見たものと同じ。問うべきではないのだとすぐに察した。


 外へ向かっていたラウノアの足が不意に止まる。振り返って見たその表情は変わらず、シャルベルはラウノアが口にする言葉を待った。


「……シャルベル様。患者の皆さまを見舞うことは、できますか?」


 なんとなく、予想していたとおりだった。


 シルバークもラウノアも伝染の危険はないと言った。シルバークがそう言ったことでラウノアもそれを聞かされたという体で動くことができる。


(自分だけが知るからこそ動けないのだろうと思っていたが、もうその必要もないか……。それに、ラウノアはまだ何か知っている)


 全てを口にしないのは迷いがあるからか。詰問されることを恐れているからか。

 それとも、自分が信用されていないからか。


 そう思って胸に痛みが走る。

 誓いを立ててやっと、ラウノアは少しだけ話してくれた。だからそんなことはないと思うけれど、思いきれない自分が不甲斐ない。


「そろそろ時間になる。見舞っていては過ぎてしまうが……」


「伯父にはわたしから説明します」


「……どうしても?」


 心配そうに問うシャルベルにラウノアは、眉を下げて微笑んだ。


 シャルベルはいつも優しい。今だって気遣ってくれているのだ。それが分かるからこそあまり無理を言えないとも思う。

 死者に手を合わせるという頼みを引き受けさせてしまった。それ以上はさすがに迷惑になるだろう。


(誓いのせい……? それとも、信じているから? ……だめね。本当に、甘えてしまって)


 シャルベルが一緒なら。伝染の危険がないとシルバークが告げた今なら、なんとか手を打てるかもしれないと思った。

 その第一とできるこの場所だが、やはりシャルベルの同伴が必要になる。騎士の病院だからこそシャルベルがいれば多くの騎士を見舞うことができる。


 けれど、無理を言うことはできない。

 もう――戒めを破ったのだ。これ以上はいけない。


 ぎゅっと拳をつくって、ラウノアはいつもどおりに微笑んだ。


「申し訳ありません。無理を言いました。忘れてください」


 そう言って外へ歩き出そうとして、手を掴まれた。

 驚いて振り返れば、シャルベルのまっすぐだけれど少し揺れる瞳がじっと見つめている。不意にその瞳は和らいで、けれど苦悩は濃くなったかのように揺れる。


「分かった。だが、少しだけだ」


「……はい。ありがとうございます」


 とてもとても、無理を言っている。我儘を通している。

 戒めを破ったのに進もうとする軟弱な意思が。そんな自分が――大嫌いだ。


 歩き出したシャルベルに続いて二階へと上がる。巡回と診察、看病に忙しい病院の医員たちは驚いた顔をし、中には感染防止のため止めようとする者もいる。

 その度に足を止めつつ、シャルベルは決して無理に通ることはなく一度ずつ説得をした。


「心配する他の騎士たちへの報告を兼ねている。シルバーク殿が伝染の危険はとても低いと言っていた。心配ない」


 全ての患者を見舞うことは難しいので、シャルベルは手近な病室に足を踏み入れた。


 病室手前には使用物品や手洗い場が設置されている。そして垂れ布を挟んで奥には四名の患者が並んでいる。

 熱が出ている様子の者。動くのも億劫という者。症状はまさに個人差が大きいようだ。


 シャルベルが廊下で医員から話を聞いている間、ラウノアは患者の傍に立ちそっと手に触れた。

 目を閉じれば集中できる。だからこそ感じとるものに息を呑んでも探り続けた。


(この方がもっている魔力は他の方よりは強い……竜使いかもしれない。入っている魔力はそれよりずっと強い。これを……)


 患者は苦しそうに目を閉じ呻いている。これ幸いと触れた手から己の魔力を流し込み、入り込んだ魔力を捕食する。

 それを行いながらも、ラウノアは眉根を寄せた。


(入り込んでる魔力が強い……。それだけの数、魔力を取り入れたということ。一気に捕食すれば対抗するためのわたしの魔力も少し削られる)


 入り込んだ魔力を一気に捕食すれば回復する可能性はある。しかし、それだけの魔力がすでに体内に入り込んでいるとなると、魔力を捕食しても果たして自力回復ができるかどうか分からない。

 それが分かるからこそ、ラウノアはその表情に険しさをのせた。


(この方の魔力で対抗できる程度なら……)


 考えつつ、少しずつ入り込んだ魔力を捕食する。少し患者の顔色が良くなったように見えてラウノアは一度手を離した。


 魔力を操作することは最近になって始めたばかり。魔力感知からすぐにこの訓練を始めたばかりで、まだ少し慣れないところもある。己の未熟をラウノアは理解している。

 魔力操作に疲弊して倒れてしまえばそれこそ感染したのではないかと心配させてしまうので、体力魔力を削ぎすぎることはできない。


 患者が薄らと瞼を開けたのを見て、ラウノアはほっとしてその目を見返した。


「ゆっくり体を休めてください」


「……ぁ…たは…」


「ラウノア・ベルテイッドと申します。シャルベル様に付き添って皆さまの見舞いにきました」


 扉の向こうからシャルベルが呼んでいる声が聞こえ、ラウノアは最後にもう一度患者の手に触れてからその場を離れた。

 垂れ布を越えれば待っているシャルベルの姿が見える。その目が少し心配そうに揺れるのを見つめながら傍に立つ。


「そろそろ行こう」


「はい」


 時間を少し超えてしまった。ベルテイッド伯爵家の面々にも心配をかけているだろう。

 申し訳ないなと思う気持ちと自身の不甲斐なさを痛感しながらシャルベルの後ろを歩き出し――強い力に引かれてその足が後退した。


 遠ざかるシャルベル。引っ張られる手。振り向いたシャルベルが驚いた顔をして手を伸ばす。

 その手が届くより先にばたんと音を立てて扉が閉じられ、かちゃりと鍵が閉められた。


「ラウノア!」


 だんっと拳が扉を打っている音が聞こえる。扉の向こうは少し騒めいていて、けれど内側はとても静か。騒めきさえどこか遠い。

 逸る心臓。けれど頭は目の前の光景を見て冷静だった。


 荒い呼吸音が耳に入る。まだそれほど落ちていない筋肉は患者服の下に隠れているのだろう。

 魔力捕食のおかげで少し身体が楽になったのかもしれない。それでも起き上がっているのは辛いだろう。


(捕食しただけのつもりだったけれど、もしかして筋力に作用してしまった……?)


 魔力を用いれば筋力を増強させることもできるとギルヴァが言っていた。とはいえそれは一時的なもので、きちんと訓練をしなければ使えない技だとも。

 やらかしてしまったかもしれないと思いつつも、今は目の前に意識を向ける。


 目の前の男から感じるのは、怒りと憎悪。

 それでも冷静になれるのは、相手が弱っているからだと思っているからかもしれない。


「どういうつもりだ! ジェイド!」


 扉の向こうからシャルベルの怒声が聞こえる。

 鍵のかかった扉を開けることはできず、壊して突破しようにも「やめてください!」「中に患者がいるんです。感染防止が!」と医員たちが止める声が聞こえる。

 病室が一室使えなくなることがどういうことか。解っているシャルベルでもすぐにでも扉を壊してしまいそうだ。


「シャルベル様」


「ラウノア! 無事か!?」


 扉の向こうから声が聞こえる。扉越しではくぐもった声に聞こえるが、会話は成立する。

 少しだけ大きく声を出しつつ、ラウノアは普段どおりを心がけて告げた。


「わたしは大丈夫です。ジェイド様も、わたしを傷つけたいわけではないと見ます。皆さまのご迷惑になってはいけませんので扉はそのままに。自分でなんとかします」


「っ……!」


 言いたいことはきっとたくさんあるのだ。

 分かる。けれど感情任せにまくしたてないのは冷静さが残っているから。だからラウノアも安心して目の前の事態に意識を向けた。


「ジェイド様。何かご用ですか?」


「あ……たが……ラウ……古竜の…」


 膝に手をついた身体はふらふらで、意識もやっと保っている様子。

 それでもラウノアを引き戻したのはその名前に反応したからか。そう解って腑に落ちた。


「――はい。古竜の乗り手、ラウノア・ベルテイッドです。わたしへの用向きは、噂の件ですか?」


 聞こえたのか、扉の向こうで息を呑む音が聞こえた。それでも今は目の前のジェイドに集中する。

 立っていた彼はふらりと座り込み、慌ててラウノアは傍へ駆け寄った。


「すぐにベッドにお戻りになったほうが……」


「あ、んたが……この…病の……」


「……そういう噂はあります。わたしのせいだと言うのなら、どうぞ、そう責めてくださって構いません。それで気が済むのなら」


 不安と恐怖しかない中で、誰かという敵をつくってそれで自分を保てるなら。

 そんなばかなことはないと、守って、庇ってくれる人もいるから。だからなにを言われても大丈夫。

 攻撃することを正義だと思わせてはいけないとしても、ラウノアは今の自分ができる一番目立たない方法をとる。自分で否定することに力がないとも分かっているが、決して肯定はしない。


「友人が…死んだ……。病のせいで……。俺はっ……」


「ジェイド様。ベッドに」


 言いたいことはいろいろあるのだ。今はまだ体力と意識が追いついていないから、動くままで行動してしまっただけ。

 まだ少し驚きから抜けきらない心臓を宥めつつなんとか手を貸すけれど、騎士の、それも成人男性の身体を支えるのは難しい。倒れそうになりながらなんとかジェイドをベッドに戻して掛布をかける。そのころにはジェイドも威勢を失い今にも眠ってしまいそうで、ラウノアは解放からほっと大きく息を吐いた。






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