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15,知っていた事態

 ♦*♦*




 王都がその様相を変えるまで時間はかからなかった。

 活気あふれる往来を行き交っていた人影はめっきりと減り、人気の少なくなったその道を歩く人々の足はなにかから逃げるように足早だ。賑やかな声で客を呼び込んでいた露店は見かけなくなり、レストランなど人が集まるその店の中にはすでに閉店の看板を下ろしている店もある。

 街をのんびり歩くのは犬か猫か。


 代わりに人が増えたのは病院や神殿など、患者が収容される建物だ。

 医師は休みなく動き回り、ときに声を張り上げて指示を出す。処方される薬は次々に消費され、なくなっていく。

 患者の傍に寄り添いたい家族はしかし、感染する懸念からすぐに医師や混乱を防ぐため配置される警吏に外へ出される。神に祈る患者家族の姿は痛ましく、集まって必死に祈っている。


 どこかからの流行病だ。誰がもってきたんだ。

 本格的な冬はまだ少し先なのにこれだけ患者がいるなんてなにかのよくない前触れじゃないか。恐ろしい病かもしれない。

 人に移るものかもしれない。先日は看病していた家族が倒れたらしい。患者は隔離すべきではないか。


 不安と恐怖。人々の心の闇は広がる一方。

 発症していない者は発症を恐れ。発症した者は諦めと悲嘆にくれる。


 そんな王都の街を、ラウノアは自室の窓から眺めていた。


「お嬢様。現在の発症者は神殿や病院に収容され、その多くが重傷者であるとのこと。やはり相当の人数であるようです。製作者は依然としてアレクの鼻でも発見にはいたりません」


「そう……。()()はもう出回っていない?」


「はい。こちらも継続的に調査しておりますが、建国祭以降ぴたりと販売されている様子はございません。買い手が大層残念がっておりました」


 ガナフの報告にラウノアは瞼を伏せた。ラウノアの後ろでガナフは頭を下げ、イザナやマイヤ、アレクもそっとラウノアを見つめる。

 側付きたちの視線を背に受けながら、ラウノアは思案する。


(アレクが見つけられなかったとなると、相手はかなり用心していると見たほうがいい。販売も突然やめてしまっている。となると、これは故意……?)


 ガナフは優秀だ。ルフに仕えていた頃から求められた調べ事はすべてこなしていた。時にそれを支えていたのがマイヤでありアレクである。


 カチェット伯爵家にいた使用人の中でも、カチェット伯爵個人に仕えていた者は少ない。

 そしてその側付きこそがカチェット伯爵を支える手足であり、守る剣であり、運命共同体である。


「すでに相当数の患者が出てますけど、そろそろ止まりますかね……?」


「発症時期は誰もが同じ頃だとするなら上昇は緩やかになるだろう。だが――……」


 言わずともこの場にいる皆が理解している。不安げなイザナにもガナフは険しい表情を崩さない。


 突然の流行病。相当数の患者。重傷者の多さ。

 予想はしていた。けれど、心が重い。


(全員、救えたらいいのに……)


 救う術は知っている。けれどこれは、誰にでもできるものではない。

 救う術を知っている。けれど、それは全てを明るみに出す行為。


(わたしは、民を見殺しにする)


 この流行病は患者が一定数に至れば新たな感染者は出なくなる。

 薬は効かない。誰もが重症に至り、身体がだんだんと弱り、死に向かう。


 このままいけば王都の民の数は減るだろう。誰が、どんな手を打っても。


 カチェット伯爵家にいれば、あるいはベルテイッド伯爵家が治めるモルト領に早々に帰っていれば。

 ――元凶を知ることもなかったのに。


(知らなければ他人事の顔ができた、なんて最低……)


 自嘲的に笑う。今もなんとかしようと奮闘している人がいるのに。

 全て知っているのに、自分は――……。


「ガナフ」


「はい」


「何か変化があれば教えてちょうだい」


「かしこまりました」


 窓の外に見える景色。それだけは普段どおりのものだ。

 見つめながら、ラウノアは唇を噛んだ。


 控える側付きの中ふとアレクが視線を動かし、イザナも気づいたように扉へ視線を向けた。そのまま「お嬢様」と声をかければラウノアは普段と変わりない表情で振り返る。

 そんな主を見てすぐ、私室の扉がノックされた。


「ラウノア。俺だ。来てくれ」


「はい」


 端的な言葉を受けてラウノアはすぐに扉を開ける。そこには険しい表情をしたクラウがいた。

 視線で促され、すぐに部屋を出て歩き出す。そんな二人の後ろには側付きたちも一緒だ。一様に困惑と緊張の交ざる視線をクラウに向けている。


「クラウ様。何かあったのですか?」


「厄介なことになった」


 そう告げたクラウの表情は、ひどく苦々しいものだった。






 騎士団。竜の区域。

 人手不足となっている現状、シャルベルは相棒竜の世話に加え、舎を同じくする竜たちの世話などを同舎の竜使いや世話人たちとともにこなしていた。


 特に竜の区域に関しては人手不足が深刻だ。

 もともと竜使いは人数が多くなく、面識の薄い者を舎に入れるわけにはいかない以上、欠席者が出れば必然他の者への仕事が増える。竜使いでない騎士には竜の前に出ない仕事を頼むことになっている。

 竜使いであろうとも世話人であろうとも、等しく同じ仕事をするのが竜の区域だ。


「オルディオ。すまない。古竜のことも忙しいだろう」


「皆同じですから。それに、ラウノア様のおかげか最近は古竜も寛容さを見せていると言いますか……。仕事が遅れれば不満そうな顔をしていた以前に比べて、最近はこちらの動きも分かって待ってくれると言いますか」


「古竜が?」


「はい。ラウノア様のおかげで古竜が視野を広げたのかもしれません」


 かもしれないと、シャルベルも思う。

 人間嫌いな竜たちは乗り手を選ばない限り人間を見ない。乗り手の行動を観察するのは乗り手を選んだ竜にありがちな行動。古竜もおそらくそれなのだろう。

 長く竜の区域で暮らしていても、日中に世話人の仕事を見るなどということは広場にいた古竜はしなかっただろうから。


 現在、単独竜舎を担っている世話人たちには複数竜舎の手伝いを頼んである。オルディオもその一人。

 ラウノアが古竜の世話に来ていればオルディオも時間の多くを他の竜舎に費やせるのだが、シャルベルの読みどおり、ベルテイッド伯爵からは病の流行を理由にラウノアをしばらく向かわせないと通達がきている。


(会いたいな……)


 ふと、思ってしまった。


 古竜に選ばれてからはラウノアが騎士団へ来ることが増えて、姿を見ていたからあまり感じていなかった。

 だからなのか、いないとなると心を冷たい風が吹く気がする。


「副団長! シャルベル副団長!」


 竜舎の外から自分に向けられる大きな声。探しながら呼んでいるようなそれに対し、シャルベルはすぐに竜舎の外へ出た。

 ちょうどシャルベルを視認した騎士が一人、駆け寄ってくる。


「どうした」


「そっ、それが……例の流行病なんですが…」


 息を切らせた騎士が呼吸を荒く言葉を紡ぐ。


 病自体は騎士団ではなく王城の研究機関や薬室にあげる報告だ。騎士団内での欠席者や騎士用の病院に関してかと思い、シャルベルは報告の続きを待つ。

 すぐに息を整えた騎士は、シャルベルを見て告げた。


「それが……ラウノア嬢が原因だと、妙な噂が出回っています」


「……なんだと?」






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