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11,竜の怒り

 ♦*♦*




 それからも竜の区域へ度々出入りするようになったラウノアは、オルディオから世話の仕方や他の雑事を学び、ルインの相棒竜と知り合い、休憩時にはシャルベルとヴァフォルと過ごしたりと、竜の区域での時間をのびのびと使った。

 社交期終盤の社交を控えているので、時間をめいっぱい使ってできうる限り竜の区域を訪れるようにする。

 そうして毎日のように出入りしていれば、オルディオと一緒にいるときやラウノアが一人でいるときなど、声をかけてくる者も出るようになってきた。


 初日にとんでもない状況を招いた影響もあるのか、すでに竜使いである騎士たちからは純粋に「すごいな!」と言われたり、竜使いを志す騎士からは「なんであんな令嬢に……」と言われることもある。

 オルディオを尊敬する世話人たちにはまだ不信感を向けられることもあるが、古竜に懐かれてすごいと純粋に賞賛してくれる者や、毎日のように頑張るラウノアに世話の仕方を教えてくれる世話人もいる。


「世話っていろいろ力仕事も多いですけど、大変じゃないですか?」


「体力が必要だと感じましたので、少しずつ体力をつけるようにしています」


「実践できるなんてすごいですよ。騎士はそのへん普段の鍛錬でできてることですし」


 ラウノアが古竜の乗り手として竜の区域へ出入りするようになってから、ラウノアと古竜の触れ合いやラウノアの様子を興味本位で見たがる騎士の竜の区域への出入り頻度が増えた。

 騎士たちはちらちらとラウノアを見て、普段は日中に竜舎へ近づくこともない古竜がわざわざラウノアのもとへ通う様子に衝撃を受け、撫でろとせがむ姿に言葉を失った。


 本当に、正真正銘、彼女が古竜の乗り手に選ばれたのだ。しかも懐かれている。そう理解してラウノアと話そうという者も少しずつ増えている。


(こういうの、副団長に報告いるかなあ)


 そんな様子を一応護衛も兼ねているルインは眺める。ラウノアの傍には専属の護衛官がいるし好意的な騎士たちなのであまり止めるつもりはないが、副団長の指示によってはそれも変わるかもしれない。


(あ、待てよ。それは私情か。副団長そこまでしないか)


 思いつつ眺めていると欠伸が出てくる。そんなルインに気づいてラウノアは小さく笑った。


「そういやほら。最近、竜の選定してくれって訴えが増えてるらしいぜ」


「ああそれ、俺も聞いた」


 傍にいる二人の竜使いが出した話題にラウノアは耳を向けた。

 今は藁の保管場所で各竜舎に藁を運びやすくするために皆で藁を袋に詰めている最中だ。ラウノアも他の竜使いや世話人に交ざって手伝い中。


「そう簡単に見つかるわけじゃないし、焦っても仕方ないんだけどな」


「まあな……。気持ちは分かるけどさ」


 ラウノアの手が止まり、それを目敏く見つけたルインはラウノアに近づいた。アレクもラウノアの様子に心配そうに視線を向ける。

 離れて護衛と案内に務める普段のルインの行動に、ラウノアは意識して思考を切り替えてルインを見た。


「どうかしました?」


「いえ」


「あ。そろそろ疲れました? これ以外と力いりますから」


「ふふっ。そうですね」


 ラウノアは微笑みを崩さない。それを見たルインも笑った。

 傍では「ルインも相棒のためにやってやれよ」「俺は普段からべたべたさせてあげてるから」と竜使いとルインが笑いながら話をしている。周囲の皆と同じように笑ってそれを見つめつつも、心の重たさを意識せずにはいられなかった。


 そろそろ藁詰めも終わろうかというとき、突如として一同の耳をつんざくほどの鋭い咆哮が響き渡った。


「今の……よく聞くようなのじゃなかったよな?」


「ああ。何かあったか?」


「行ってみよう」


 万が一を考えすぐに走り出す竜使いたち。残った世話人たちは気にしつつも中途半端になった仕事を進める。

 二手に分かれるのを見ていたラウノアはそっと胸に手をあてた。


(今の咆哮は魔力を込めた威嚇の咆哮。どの竜かは分からないけれど、ここにいても感じるくらいのあれだけの強さとなると……)


 確証はない。確証を得られるほどに自分はまだ魔力の『質』を感じとることができない。竜それぞれの魔力を知らない。

 けれどもし。もしもそうなら――……。


 竜使いで唯一動かなかったルインは、くるりと振り向いたラウノアを見て僅か目を瞠った。


「ルイン様。わたしたちも行きましょう」


「……。状況によっては俺の傍を離れないでください」


「はい」


 世話人たちに後を頼み、ルインとアレクとともにすぐに走り出す。世話のための服装はこういう事態には都合がいい。

 普段全力で走るなどしないが、ある程度を冷静に考えられるようになった頃からこっそり体力づくりはしていたラウノアはある程度は走ることもできる。


 作業場は広場とは竜舎を挟んでいるので、ラウノアも走っていれば息が上がる。けれど足を止めることなく走れば、竜舎を越えて広場が見える位置へと着いた。


 広場にあるのは普段どおりのんびりと過ごす竜の姿…ではなく、どの竜も微かな緊張をまとって一点を見つめている。そこにあるのは、竜と複数の人影。

 人の姿は竜使いや騎士たちだろう。それに対するは緑の鱗を持つ竜。そして、その近くで騎士たちを威嚇する古竜。

 どうにも、あまりよくない状況のようだ。


「乗り手の選定か……。にしては古竜が出てくるなんて珍しいな」


 傍でルインも怪訝と状況を観察している。


 乗り手の選定。竜の乗り手になるために相棒竜を探すための竜による選定。

 志願者が増えたとはさきほど聞いたラウノアも、実際に目にするのはこれが初めてだ。


(最近になって増えたとおっしゃっていた。……もしかして、わたしの――……)


 古竜の乗り手。騎士でない者。そういったことが引き起こすものを考え、ラウノアは息を吐く。

 なんにせよ、まずはあの古竜を止めなければいけない。


「ルイン様。近づいてもよろしいですか?」


「……分かりました。でも、前に出すぎないでください」


 古竜の様子とラウノアを見てルインも肩を竦めた。そしてすぐに走り出す。

 騎士たちのもとにはラウノアと藁詰めをしていた竜使いの姿もあり、ラウノアとルインに気づいて「あ」と口を開けている。そしてラウノアは騎士たちを束ねるシャルベルの姿を見つけ、シャルベルもまたラウノアの姿に気づいた。


 シャルベルは選定を受けている候補騎士たちを後ろに下がらせ古竜との間に立っている。その傍には相棒であるヴァフォルがおり、古竜の怒りを前に身を小さくさせて頭を下げている。

 シャルベルが何かを言い出す前にラウノアはまっすぐシャルベルを見た。


「失礼いたします。古竜に何事かと思い馳せ参じました」


「感謝する。乗り手の選定を行っていたんだが、古竜が威嚇をやめない」


 それを聞きラウノアは古竜を見た。古竜の視線はすぐにラウノアに向き、威嚇もやめている。

 いつもと変わらない。今朝見たとおりの古竜の様子だ。


 しかし、ラウノアはすぐに状況の観察を始めた。

 古竜の威嚇となるとまず考えられるのは、人間との距離だ。古竜のテリトリーに騎士が入ってしまったのかと思って見るが、シャルベルが同行して注意していたのだろう、その様子はなく互いに距離は保たれている。

 ヴァフォルの様子から見て嗅覚を刺激するようなものが原因でもないだろう。となると、選定をしていた竜に何かあったのかもしれない。

 そう思って古竜の傍にいる竜を見る。乗り手を探していたんだろう緑の鱗の竜は、困惑の状況を見てくるりと身を翻して去ってしまう。


 それを見た候補騎士たちの中には、落胆の表情を見せる者や見せない者、ラウノアを鋭く見る者もいる。アレクが腰の剣に手を添えかねないのでラウノアは視線を向けて制する。

 こういう状況だからこそ、アレクは常以上に警戒している。


 周囲を見ながらラウノアは古竜の傍へ歩み寄る。頭を下げる古竜をそっと撫でた。

 緑の竜に妙な様子は見えなかった。となると、古竜にゆっくり聞くほうがいい。


「ラーファン。乗り手の選定をしているので、少し離れましょう」


 言うと、古竜はラウノアをじっと見つめ、選定を受けていた候補騎士たちを一睨みしてから太く大きな足をゆっくりと動かした。ラウノアはシャルベルや騎士たちに礼をしてすぐに古竜の後を追う。

 そんなラウノアを見つめる竜使いたちは感心の様子を見せるが、候補騎士たちは驚愕を見せる。


「うわ……。本当に古竜が言うこと聞いてる」


「馬鹿言え。なんでただの貴族令嬢を古竜が選ぶんだよ。裏があるに決まってる」


「そう言うのも分かるけどさ。俺も古竜の乗り手になってみたかったし、いざそんな人が出てきてそれがご令嬢って。ま、正直なあ……」


 候補騎士たちの言葉が耳に入る。けれどそれになにを言うでもなく、選定を続けるためにシャルベルは足を進めた。そんな副団長の後ろを慌てた様子の候補騎士たちは追いかけた。


 シャルベルたちから離れたラウノアと古竜は、竜の広場の一角に腰を下ろした。

 伏せる古竜がここに座れと言うように腹を示したのでラウノアは古竜の腹に凭れるように座り、アレクは離れて控える。ラウノアの視線の先では同じようにルインと相棒竜がのんびりしている。


 ルインの相棒竜は赤い鱗の竜だ。不思議とルインに懐いていて、そういう態度をとる竜は他にはいないらしい。ルインを見つけては近づいて。暇そうだと見れば鼻先でつついて構えとせがむ。尻尾を使って伏せる体の腹の傍に誘導し昼寝をする。なんてこともあるそうだ。

 相棒竜はとても満足そうなのだが、ルインは「あー、はいはい」と慣れと諦観が混じっているとラウノアは見ていて感じた。


(竜がそこまで懐くということはやっぱり、ルイン様は自分や騎士団のためじゃない、竜を大事にする理由がある)


 赤い鱗の竜が懐くということはそういうことだ。

 それは、自分と古竜とはまた違う。


 ラウノアが古竜を見ると、古竜もまたラウノアを見ていた。――どこか不満そうな顔で。


「乗り手の選定に何か問題がありましたか?」


 問いかけて返ってくるのは沈黙。その目はじっとこちらを見ているので聞いていないわけではない。

 となると、そうだと肯定するつもりがないということか。


「乗り手の選定に問題はなかった」


 問わず、断言するように言ってみれば肯定の鳴き声が返ってきた。

 なるほどと考えつつ、ラウノアは少し考える。


「では、選定をしていた騎士の方々に何か……警戒を?」


 沈黙。どうやら警戒していたわけではないらしい。

 ではなぜ、古竜はあんなことをしていたのか。


(騎士への警戒ではない。何か持っていたわけでもない。 あの緑の竜に相応しくなかった? それとも……ラーファンが嫌った?)


 竜にも相手に対する好き嫌いはある。好ましく思える相手がいればそうではない相手もいる。

 あの騎士たちがそういう相手だったのだろうかと考え、ラウノアは顎に指をそえた。


 考えるラウノアを見つめ、古竜はその視線を離れて控えるアレクに向けた。ラウノアを守るアレクはすぐにそれに気づき、古竜をじっと見返す。

 両者の視線に気づいたラウノアは交互に見る。逸らされない視線はずっと見つめ合ったまま。


(アレクが何か……?)


 他の騎士や竜使い、世話人に比べれば、古竜はアレクが近づくことには多少なりと寛容さを見せている。

 ラウノアの護衛であるからか、敵意がないからか。そこにギルヴァへの想いと似たものがあるのかもしれないと思いつつも、ラウノアは古竜には何も問わない。


 しかし今、古竜の視線はアレクに向いている。ついで小さく、ひとつ鳴いた。

 それを怪訝と見つつ、ラウノアの胸中にまさか…と推測が生まれた。


「わたしに悪意があったから、ですか……?」


 肯定の声が返ってきた。

 驚いて。まっすぐ見つめられ。力が抜ける。


 乗り手の志願者が増えたことには、おそらくラウノアに一因がある。そして、実際そのときになって候補騎士たちの口からラウノアへの嫉妬や悪意が言葉として放たれれば、聴覚の良い古竜は決して聞き逃さない。

 ――つまるところ、さきほどの候補騎士たちは古竜の逆鱗に触れたのだ。竜の優れた聴覚が拾う音を考えず。


 これが他の竜であったならば、古竜がしたと同じように相手に怒りをぶつけるだけで済んだだろう。


(ラーファンは竜の王。王の逆鱗に触れた人間を他の竜が選ぶことはない)


 相棒となる竜が見つかる騎士はほんの一握り、とはいえ、ラウノアは額に手をあててしまった。

 なんとか古竜を説得しようと試みたが、古竜は「聞きたくない。あいつらは嫌いだ」と言わんばかりにぷいっと顔を逸らして耳を伏せてしまい説得は徒労に終わった。


 しかし、古竜がそこまで怒ってくれたということは、ラウノアを乗り手として認めているということ。

 ギルヴァという古竜の乗り手を知っているラウノアは、その事実に少し嬉しさも感じられた。






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