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6,竜の区域

「やだなあ。そんな視線でびしびし刺さないでくださいよ。副団長たちだってどうせ同じだったんでしょ?」


「さあ、どうかしら」


「またまたあ」


 軽やかに笑うルインを見つつ、ラウノアは少しだけ緊張を抱いた。


 ルインはロベルトやシャルベルも認める竜使い。そしてケイリスが頼ればいいと言っていたのもルイン。自分の周りの人たちはルインを知り、信頼しているようだ。

 けれど目の前のルインから感じるのは、信頼できるという感覚とは少し違う。しかし、その確信を得るには、誰かの言葉よりも自分の目と耳が重要だ。


「ルイン様は、わたしが古竜の乗り手に選ばれると予想していらしたのですね」


 軽やかなルインの声音とは異なる真剣な声音。それが耳に届いたルインもラウノアを見つめた。


 自然と足が止まり、両者が向かい合う。そんな二人をレリエラはなにも言わず見守り、アレクはラウノアの傍で警戒する。

 ルインは組んでいた手をほどき、視線をラウノアから逸らさない。


「そりゃまあ、建国祭でも古竜はああだったし。ラウノア様もそうだったんじゃないかなっと」


「はい。ルイン様も、シャルベル様を除いた騎士の中でわたしがそうであるという可能性に一番早くに気づいておられましたよね? しかし、それをロベルト様にも伝えなかった」


「古竜と貴族のご令嬢様の接触なんて、今後ないだろうと思ってたんで」


「ですが、そのうえで、シャルベル様はわたしの案内役にルイン様をつけてくださいました。ルイン様がわたしを不愉快に思っておられないだろうというのはそれで分かりますし、ケイリス様も、分からないことはルイン様に聞くようにと言ってくださいました」


「そういやあいつも言ってた。妹よろしくって」


 向き合ったルインの目がラウノアをまっすぐ見つめる。ラウノアも逸らさず見つめた。

 けれど両者に緊張はなく、ルインは軽やかな空気のまま口許に笑みを湛える。


「副団長たちやケイリスも心配してますが、やりますか?」


「はい。ルイン様はそれをお知りになりたいのですよね?」


「というと?」


「騎士団に来るにあたってわたしが最も気をつけ意識しなければいけないのは、周囲の視線と悪意。案内人の揶揄い言葉に簡単に弱るような者ではまた来いとは言えない。そういうことではありませんか? これこそ、ルイン様に限らず、ロベルト様やレリエラ様、シャルベル様も同じでしょう」


 ロベルトやシャルベル、レリエラは、大手を振ってラウノアの味方にはなれない。しかし、いつでも頼れ助けになるという言葉と意思がある。

 同様の意思を持っておらずラウノアをどうとも思っていないのが、立場も交流もないルインだ。


(たぶん、シャルベル様たちの指示ではなく独断。竜の世話を簡単に投げ出す者に、竜使いは務まらない)


 それもまたケイリスから教わった。シャルベルとヴァフォルを見て知った。

 そんなことをしてくれるなと思うのは、シャルベルもルインも関係ないはずだ。


「――それで、世話を始めればいろいろあるでしょうけど、どうします? 引き返すなら今ですけど」


「帰りません」


 どこか威圧的な、試す目つきがラウノアを睨む。


 ここが最後の砦だ。ここを出ればもう戦場であるかのような、引き返せない境界線。

 それでも、飛び込むと決めたのだ。


「竜の選択をわたしは受け入れました。竜の生涯には心をもって応えます。皆さまのように戦うことはできませんが、簡単に身を引く程、わたしも弱いつもりはありません」


 乗り手であることを拒むこと。乗り手に背に乗ることを拒まれること。――それがどちらも、竜の心を傷つけること。


 傷つかないでほしい。痛みや孤独から離れてほしい。

 自由に飛べない不自由な翼なのに、空はどこまでも広がっている。


(懐かしくて。愛おしくて……)


 見ていたい。見つめていたい。

 心をくすぐり苦しめる存在は、けれどどこまでも、美しくて、愛おしい。


 自分をまっすぐ見つめる白銀の瞳を見つめ、ルインはすぐにけろりと笑った。


「なら安心です。いやあ。俺面倒事って嫌いなんですよ」


 そう言って、なにもなかったかのように歩き出す。その背中を見つめて思わず言ってしまった。


「ルイン様は竜を大切に想っていらっしゃるのですね」


 つんのめるようにルインの足が止まりラウノアを振り返る。まるで驚いたような表情で振り返られたが、ラウノアは微笑みを崩さない。

 ぱちりぱちりと瞬いて、ルインは何も言わずにラウノアを見つめた。


「……そう見えます?」


「はい」


「こんなほぼ初対面で見破られるとは、俺もまだまだですかねえ」


 からっと笑い、ルインはふらりと歩みを再開させる。その背中に今度はレリエラが苦笑しながら声を飛ばした。


「あんまりラウノアさんをいじめるとシャルベル副団長に怒られちゃうわよ」


「あ、内緒でお願いします」


 けろっとお願いするルインに笑うレリエラに手招かれ、ラウノアも慌てて後を追った。


 古竜の竜舎へ行く前に、ラウノアは新米竜使いがされるように竜の区域の案内を受ける。

 区域内のほぼ全部を占める竜の広場。広場の傍に建つ竜舎。広場とは反対側にある作業場には作業用の建物や水場、少し離れて竜の身を洗う水場もある。


「竜舎は一頭だけの単独竜舎もあれば、複数頭が一緒の複数竜舎もあるわ。複数でも多くて四頭ほどで、相性や乗り手がいるかどうかで組み合わせは変わることもあるの」


「竜の広場はとにかくだだっ広くて、林みたいになってる所もあれば泉があったりもします。広場内に相棒がいれば入ることもあるでしょうけど、相棒以外の竜には近づかないように」


 教えてもらいつつ忠告ももらいつつ、ラウノアはそれらを頭に刻みながら古竜のもとへ向かう。

 ラウノアたちの後ろからは、騎士や他の竜使いが興味津々でついてきていたりちらちらと視線を向けていたりするのだが、それには言及せずラウノアも警戒するアレクを宥めておく。


 そして、少々居心地の悪さを感じつつその竜舎に辿り着いた。夜のうちに来たときには急いでいてすぐだった気がしたが、太陽の下ではそうでもなかったと認識を改めることになったが。


 身体の大きな古竜のためだろう、単独竜舎で知っているギ―ヴァント公爵邸にあるヴァフォルの舎よりも大きいが、複数竜舎よりは小さい。

 屋根の下にある窓は開けられ、古竜の出入り口たる大扉も開け放たれている。首を大きく反らさないと見上げられないその建物は、まさに竜の家。


 そんな竜舎の前で、体格の良い人物が何やら作業中。深さのある荷車に藁をたくさん積んでいて、それを竜舎の中へ移動させているらしい。

 しかしラウノアたちに気づいたその人物は作業の手を止め、数歩ラウノアたちに駆け寄った。


「副団長。お疲れさまです」


「お疲れさま。事前に伝えてあったけれど、今日は彼女を紹介するわ」


 レリエラの手がそっとラウノアを示す。同時に両者の視線を妨げないよう身体を逸らしたレリエラのおかげで、ラウノアは正面からその人物を見つめることができた。

 年齢はラウノアよりもずっと上だ。もしかすると実父や伯父と同じくらいかもしれない。髪には藁のくずがついていて服も少し汚れている。けれど不潔な印象は少しも抱かず、穏やかな眼差しが好印象を抱かせる。体格も優れていて、鍛え上げた騎士かと見間違うほどだ。


「彼女が古竜の乗り手に選ばれたラウノアさん。ラウノアさん。彼は古竜の世話人、オルディオよ」


「初めまして、オルディオ様。ラウノア・ベルテイッドと申します。このたび古竜の乗り手としてできうるかぎり古竜の世話をし、古竜を知りたいと思っております。突然の部外者に驚かせてしまっているとは思いますが、どうぞよろしくお願いします」


「いえいえ。そんな。……確かに驚きましたが、これでも普段世話をしている身として、これが古竜の意思なのだと思っています。改めまして、古竜の世話人、オルディオです」


 丁寧に腰を折って挨拶をくれるオルディオに、レリエラも好ましく微笑みを向けている。


「彼女はこれからも古竜の世話のために出入りすることを希望しているの。あなたからいろいろと教えてあげてもらえるかしら?」


「もちろんです」


 古竜の世話人は古竜に最も近い人物といえる。そんな人物からの快い返事にラウノアもほっと息を吐いた。

 シャルベルも信頼できる人物だと言っていた。問題はないだろうと思っていたが、やはりどうにも緊張してしまっていたらしい。


「オルディオさん。古竜は?」


 互いの挨拶を終えたとき、竜舎の中を覗いていたルインの言葉で全員の視線がそちらに向いた。

 いつの間にやら古竜の存在を確認しにいっていたらしいルインは、舎内に古竜がいないのを見てすぐにオルディオに問う。その問いにオルディオも眉を下げた。


「広場に行っています。舎内にいることもあまりないので」


「あー。となると捜しにいかなきゃだめか」


 日中に舎内に閉じ込めれば怒り出す竜もいるので、広場内には飼育されている竜がほぼ全頭いる。舎内と広場を行き来する個体もあるのですべてとは言えないが、立ち入るのは少々危険でもある。


 広場には乗り手がいない竜もいる。間違って近づけば怪我をするのは間違いない。そういった怪我人は騎士団内でも珍しくない。

 古竜を捜しにいきましょう、とは簡単には言えないのである。

 では古竜を舎内に留めておけばよかったのでは……と思っても、古竜は指示を聞かない筆頭だ。ラウノアが来るまで待てとは誰も言えないし、言っても聞き入れられることはない。閉じ込められて暴れだしてしまえば誰にも止められない。


(オルディオ様にすぐに教わってもいいけれど、古竜には会っておきたい。古竜は魔力を感じてわたしが来たことは分かっているはずだけど……)


 そう思うラウノアはちらりと広場へ視線を向ける。古竜の姿は見えない。


 会いたくない、なんてことはないはずだ。建国祭の折には拒絶を感じただろうが納涼会では背に乗った。だから機嫌を損ねてはいないはず。……会いにくるのに時間がかかりすぎたと思われているかもしれないがそこは許してほしい。

 竜に人間の都合は関係ない。難しいかなと思いつつも、ラウノアは視線をレリエラに向けた。


「やはり古竜には挨拶をするべきだと思うのですが、会いにいくことは可能でしょうか?」


「ええ。私の相棒を呼んで一緒に行けば他の竜が攻撃してくることはないわ。ちょっと待ってね」


 竜の区域は竜の場所。なにがあろうと油断はならない。

 初めての場所だ。古竜は自分がいることに気づいているだろうが、何事も穏便に進めるため、ラウノアは大人しく目立たない方法をとる。


 レリエラが呼び笛を使えば、すぐに白い鱗の竜がレリエラの前に降り立った。

 ヴァフォルと鱗の色は同じだ。しかし顔つきが異なり、身体の大きさも少し大きい。ヴァフォルが竜の年齢でいえばまだ子どもだというならば、レリエラの相棒は大人に近いだろう。


「私の相棒のシラヴィアよ。シラヴィア。彼女は古竜の乗り手のラウノアさん。仲良くしてあげてね」


「初めまして、シラヴィア」


 初めて近づくには少し距離が近いがシラヴィアは威嚇する様子を見せず乗り手を見て、そしてラウノアを見た。


 その灰白の瞳と視線が合い、少しだけ体が強張る。

 ここで何かしらの反応をされればまたいらぬ波紋が生じる。竜の区域に出入りすることになれば竜に懐かれるということが知られてしまうかもしれない。

 それを防ぐためにも、可能ならば早く古竜に会って他竜の説得を頼みたい。


 シラヴィアはラウノアを見つめていたが、やがて、興味を失ったように視線を逸らした。

 乗り手が傍にいるからか余計な威嚇をルインやアレクにも向けることもない。レリエラたちも気にした様子がないことを確認して内心ほっとする。


「さあ。それじゃあ古竜を捜しにいきましょうか」


 シラヴィアから離れすぎないようにかたまり竜の広場へ足を踏み入れる。

 レリエラの傍を歩くシラヴィアをそっと見つめ、少し気になることを聞いてみる。


「シラヴィアは、わたしたちが近くにいても威嚇はしないのですね」


「広場を人を連れて歩く、それがどういうことなのかを理解しているのだと思うわ。一緒にいるときに他の誰かが近づいたりすれば、そのときは他の竜と同じで相手に威嚇するもの」


「……竜も仕事か否かを理解して、許容を見せているということですか?」


「ええ」


 今の状況はシラヴィアにとっては仕事のうちということなのだろう。竜の理解力は人間のものと変わらない。


 広場へ足を踏み入れるラウノアたちを遠巻きに騎士たちが見ている。口々に好奇心や冷やかしが飛ぶがそれはラウノアたちには届かず、視線だけは強く感じられる。

 けれど、ラウノアの側にいるアレクがそんな視線からもラウノアを守る。


 古竜はどこにいるだろうと視線を動かす。他竜の姿はちらほらと見えるが目当ての黒い竜がいない。

 捜して歩き、広場の中央、周りからはよく見える場所に立ったとき、シラヴィアが脚を止めて翼を広げた。


 同時にラウノアも感じた。レリエラがシラヴィアを見ると、シラヴィアはたんっと地面を蹴り後退する。

 それからほんの一呼吸分の間を開け――強い風が吹いた。


 思わず両腕を顔の前で組み防御態勢をとる。足を踏ん張っても倒れそうになって、アレクが後ろから支えてくれた。

 広場の中央で発生した強風は周囲へ被害を与えることはなく、眺める騎士たちは降り立つ黒い竜の姿をはっきりと見た。






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