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5,案内役

 頷いたラウノアを見てから、シャルベルの視線はベルテイッド伯爵に向く。


「ベルテイッド伯爵。他に何か思うことがあれば遠慮なく」


「古竜の世話や騎士団でのことはラウノアに任せますので私からは……。ただ、ラウノアについて古竜が我が屋敷に来る、ということは今後もありえますか?」


 以前はそれで屋敷中が混乱した。乗り手に選ぶ前兆と伯爵が捉えたそれにシャルベルも考えるように視線を下げ、レリエラも口許に手をあてる。


「基本的に古竜も区域上空以外は飛ばないので大丈夫だとは思いますが、前科がありますから……」


「例えば、ラウノアが長く会いにこない、などの場合は会いたくて行くことはあるかもしれません」


「あら。そんな竜見たことないけれど、古竜はそこまでするかしら……?」


「俺たちのような竜使いならば、騎士という仕事として区域へはさほど日数を開けず訪れる。だがラウノアの場合はそうとは限らない。長期休暇中の相棒はあまり機嫌がよくないというのも珍しくはないだろう」


 最後には困ったようにこぼすシャルベルの言葉にはレリエラも苦笑いを浮かべる。心当たりがあるらしい。

 そんなシャルベルを見てラウノアは僅か瞼を震わせた。


 竜に懐かれる。シャルベルだけがそれを知り、ずっとそれを胸に秘めている。

 だからこそ古竜の行動をそれを踏まえて予想しているのだろうが、ラウノアが望まないことは避けるように手を尽くし、今もそれを出しはしない。


「伯父様。そういったことはしないよう古竜に伝えてみます」


「ああ。分かった。もしそういったことがあるなら庭に竜舎を造らなければいけないかと思って考えていたんだが、ラウノアが必要ないとするならそうしよう」


 笑って言うベルテイッド伯爵に、そういうことかと理解してラウノアも納得できた。


 竜舎を自邸の敷地内に作れる竜使いは少ない。敷地も費用もかかってしまい、平民であれば断念するしかない。

 竜は基本的に竜の区域で過ごすので、家に竜舎が絶対に必要ということはない。あれば休日でも交流できるという利点と人に慣れさせるという狙いはあれど、全ての竜使いがそれを実行できるわけではない。


 ラウノアがベルテイッド伯爵に改めて丁寧に断ったとき、竜に関して口を出さずにいたロベルトが思いついたように発した。


「舎がいるならギ―ヴァント公爵邸に造ったほうがよくねえか? ラウノア嬢がシャルベルに嫁げばそうなるだろ」


「そこまでしていただかなくても――」


「そうですね。必要ならば我が家にいつでも建てますが、必要かどうかラウノアが決めるまでは時間もありますので、改めて二人で決めます」


「え、あの……」


「そうか。それもそうだな」


 ロベルトとシャルベルが二人で進める会話に入ることもできず手を彷徨わせるラウノアに、レリエラも小さく笑った。

 ラウノアの様子からこれまでのシャルベルなら違ったのだろうと読み取れるが、今はラウノアも驚いているらしい。


(ふふっ。シャルベル様ったら、ラウノアさんを驚かせちゃって)


 ラウノアとの婚約について、そう察することができる相談をシャルベルにされた。自分なりに助言をしたつもりだがどうやらいい方向になっているらしい。

 あくまで、シャルベルにとっては、だが。


 ベルテイッド伯爵も肩を竦めつつもどこか微笑ましく二人を見つめ、シャルベルは「それでいいか」とラウノアを見る。言葉も出ないラウノアが硬さを滲ませて頷いていた。

 ラウノアがシャルベルから視線を逸らし膝の上で合わせた自分の手を見ていたとき、執務室の扉がノックされた。


「団長ー。ルインです」


「おう。入れ」


 大事な話し合いの最中にもロベルトが入室を許可し、その人は扉を開けた。


 一歩執務室に入り扉を閉める。扉の前で立っているその姿を見てラウノアは思い出した。

 建国祭での武術大会、その中で行われた剣術試合の前にシャルベルにハンカチを届けにいったときに見かけた騎士だ。それに、建国祭で古竜と接触したときにも同席していた。


 ところどころ跳ねた薄茶の髪と金色に近い瞳。堅苦しさや厳めしさを感じない、軽やかで爽やかさも感じさせる青年。


「こいつはルイン。竜使いの一人で、しばらくはラウノア嬢の案内人兼、まあ護衛みたいなもんだ。竜使いでもなかなかの逸材だ」


「やだな団長。そんな褒めないでくださいって」


「事実だろ。やることは分かってんな?」


「もちろん」


 ロベルトの言葉に軽く頷き、ルインはその視線をラウノアとベルテイッド伯爵へ向けると礼をした。


「初めまして、ベルテイッド伯爵様。ラウノア様。騎士のルインと申します。ラウノア様の案内役兼護衛を拝命しました故、お見知りおきを」


「分かった。こちらこそ娘を頼む」


「しかと承りました」


 ベルテイッド伯爵が鷹揚に頷きルインも騎士の姿勢を崩さない。互いの挨拶が終わり、ラウノアは立ち上がってルインへ歩み寄った。

 そんなラウノアにぱちりぱちりと瞬きつつもその瞳でラウノアを見つめる。


「改めまして、ラウノア・ベルテイッドと申します。今後頼らせていただくことが多くあるかと思いますが、よろしくお願いします」


「へ? え、あー、はい。こっちこそ」


 ぺこりぺこりとお互いに腰を曲げる。

 そんな二人を見てからシャルベルはレリエラに視線を向けた。それに対してレリエラも心得た様子で頷く。


「それじゃあ、ラウノアさん。早速竜の区域へ行きましょう。古竜もきっと待ってるでしょうから」


「はい」


「ラウノア。私はここで待っているから、堂々といってらっしゃい」


「はい。いってきます」


 ラウノアはちらりとその視線をシャルベルに向けるが、座ったままのシャルベルは少しだけ苦しそうな表情をしてゆっくりと頷いた。

 気をつけて、そう言われているようで胸があたたかくなり、ラウノアも小さく頷いてからレリエラ、ルイン、アレクとともに執務室を出た。


 扉がばたんと音をたてて閉められる。それを最後までどこか名残り惜しそうに見つめたシャルベルにロベルトは喉を震わせた。


「いいんだぜ。おまえも行っても」


「そうしたいのは山々ですが……。時折様子を見にいく程度に留めます」


「とやかく言うつもりはねえけどよ。休みの日くらいはちゃんといてやれよ」


「はい」


 ラウノアが古竜の乗り手に選ばれたことは騎士団にとってはいいことでもあるが、そういいことばかりではない。

 加え、シャルベルは騎士団副団長としての立場がある。いくら前例のない乗り手だとはいえ、騎士たちの言葉を無視して特別視するわけにはいかない。

 さらに厄介なのが、婚約者という立場だ。ラウノアに目をかけ頻繁に傍にいれば公私混同とも取られる。他の団員の模範足らねばならない自分がそんなことはできない。


 守りたいのに守れない。ひどくもどかしい。

 けれど。それでも。隣に在りたいと願うのだ。


「シャルベル様」


「はい」


 静けさを感じさせる執務室でベルテイッド伯爵の声が耳に届く。

 シャルベルが視線を向けたその先で、ベルテイッド伯爵はまっすぐ、けれどどこかあたたかく、シャルベルを見つめていた。


「あの子は……ラウノアは、優しい子ですが意思の強い子でもある。もとは次期領主という立場だったからか、控えめだが責任感もある。一人で背負ってしまうというのも最近まで感じていて、最近になってようやくこちらに負担を与えても謝らなくなった」


 引き取った頃は遠慮ばかりで謝ることも多かったラウノア。けれど今はその遠慮も少しずつ薄れてきて、古竜の乗り手になると自分で口にしてくれた。その事の重要性をちゃんと理解して。

 そのラウノアの変化が、ベルテイッド伯爵には嬉しい。


「誰かがあの子の傍にいることは、きっとあの子のためにもなると、私はそう思っています。――だから、会議での反対の言葉、私は嬉しかった」


「……いえ。それほどのことは…」


「シャルベル様。――ラウノアを、お願いします」


 手を伸ばしたい。伸ばした手がどうなるとしても。

 そう心が願うからこそ、シャルベルはベルテイッド伯爵の言葉に背筋が伸びた。


「はい。何があろうとも彼女を守ります」


 例え彼女が、この手を取らなくても――






 ♦*♦*




 騎士団棟を出て外を歩き、壁に囲まれた竜の区域入り口へと到着する。入り口には見張りの騎士がおり、数言言葉を交わすと今後出入りするラウノアを紹介。それから一同は竜の区域へと足を踏み入れた。

 竜の区域へ着くまでにもすでに騎士たちの目に留まり、聞こえるか聞こえないかという会話がなされている。


「疲れてません? 他の奴らからのいろいろに」


「大丈夫です。驚くのは当然のことですし、古竜は憧れの強い竜ですから」


 微笑んで返すラウノアにルインは「そうですか」と気にした様子なく答えつつも、次にはにやりと表情を変える。


「腹立ったら言ってくださって結構ですよ。いっちょお見舞いしてやりますから。副団長に告げ口とかも面白そうですけど」


「そっ、そこまでしていただかなくても大丈夫ですので……!」


 あわわっと止めるラウノアにルインはけらけらと笑い、レリエラも困ったように眉を下げる。


 竜の区域は余計なものがなにもない。竜が過ごす竜舎を除けば、あとは広い草原と点在していたり固まっていたりする樹々が見える程度。見えない所には他にも何かあるのだろうかと思いつつも、広場で過ごす竜たちを見る。


 草の上で寝転ぶ竜。のんびり歩く竜。日向や影で昼寝をする竜。色も青、緑、黄、赤、白、とあるが、赤や黄の鱗の竜は少ないように見受けられる。

 竜に比べて人の姿は見えない。人の姿は多く竜舎の方に見え、騎士団棟などの区域外に比べれば数も少ない。


「竜は普段このように過ごしているのですね」


「区域に入らないと見ないですもんね。基本的にのんびりしてますよ。人間のほうが忙しいくらいで羨ましいです」


「区域に出入りするのも世話人や騎士ね。乗り手のいない竜もいて危険だから、それ以外の部外者の立ち入りは基本的にはだめ。用があるなら竜使いが同行することになってるの」


 ケイリスから事前に話には聞いている。実際に目にするのは二度目だが、一度目は夜の闇の中で急ぎ足だったので周りはあまり見えなかった。

 ここが竜が過ごす場所。興奮するでもそわそわするでもなく冷静に周囲を見るラウノアを、ルインはちらりと見遣る。


「ラウノア様って、竜のことどう思ってます?」


「竜のことですか……? ……強く、美しく、頼もしい存在だと思っています」


 突然の質問に意表を突かれつつも思うことをなるべく正直に伝える。と、ルインは「ふうん」と気のない音をもらした。

 そんなルインの様子にラウノアは首を傾げる。気づいているのかいないのか、ルインは頭の後ろで手を組んだ。


「古竜の乗り手になんて選ばれたら、嫌がるか面倒がるか喜び叫ぶかかと思ったんですけど、冷静なんで。乗り手に選ばれるって予想でもしてたのかなと」


「……」


 にやりと上げられる口端にどう返していいか分からずラウノアは沈黙を返した。問うていながら、ルインは答えが分かっているかのようでもある。


 建国祭において古竜と接触したとき、シャルベルとアレク以外で唯一同席していた騎士がルインだった。古竜が離れない状況がおかしいとルインが早く気づき、古竜の視線の先も気づいていただろう。

 ルインも竜使いだ。竜のことは乗り手として知っているはず。


 だからこそ、シャルベルと同じ予測を、同じタイミングで持ったはず。

 古竜が実際にラウノアを乗せるまでの間にそういった類の話は広まっていない。それでも、予測は疑念に変わってもおかしくない。


 ルインの言葉に前を歩くレリエラも視線だけをルインに向け、ラウノアの後ろでアレクもルインを睨んだ。






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