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4,いざ、騎士団へ

 王城。騎士団の敷地。

 城門を抜けてまっすぐ騎士団へ来たラウノアたちは、馬車を降りて出迎えてくれたシャルベルに礼をした。


「ベルテイッド伯爵。ラウノア。お忙しい中お越しいただき感謝します」


「いえ。騎士団もまたお忙しいでしょう」


「当初に比べれば随分と静かになりました」


 小さく肩を竦めるシャルベルにベルテイッド伯爵も笑った。軽く挨拶を終えたシャルベルはその視線をラウノアに向ける。


 婚約者の姿を見るのはどうにも久方に感じる。それほどに忙しく会えていなかったのは事実なのだが、それでも、まるで何か月も会っていなかったようなそんな感覚を覚える。

 その銀色の目が自分を見上げる。心が和らぐのを感じてしまうほど会いたいと思っていたのだろうかと考え、気恥ずかしくて、すぐに仕事に切り替えた。


「ラウノア。古竜の世話や今後に関して決断してくれてありがとう。不快な思いをさせないよう俺も可能な限りは力になる」


「ありがとうございます。わたしも自分で可能な限りは頑張りますので、シャルベル様もわたしのことはお気になさらず――…」


「婚約者が一人で頑張るというのを気にしないのは難しい。頼ることはちゃんと頭に入れておいてくれ」


「……はい」


 いつもどおりに答えて、そして思わず目をしばたたかせながらこぼすような返事を返した。


 自分のことを気にせずあなたの仕事に務めてほしい。そういった言葉を以前にも言ったような覚えがあるのだが、明らかに返された言葉が違う。

 状況にもよるのだろうが今はどうにも返されたその言葉に少し驚いてしまって、ラウノアは思わずシャルベルを見つめた。


 が、すぐに逸らした。

 シャルベルがあまりにもまっすぐに真剣に見つめているから。どうにも見られなくなってしまって。


 シャルベルは気にしていないのか、すぐに「こちらへ」とラウノアたちを案内する。それに続いてラウノアたちは騎士団棟へ向かい、足を踏み入れた。

 騎士団の敷地内は当然騎士がいる。鍛錬場や行き交う騎士たちも大勢で、その中を歩くラウノアたちは必然的に目立っていた。


「あれが……?」


「本当に来たのかよ。解ってやる気でいんのか」


「副団長の婚約者だろ?」


「なんであんな令嬢を古竜が……」


 刺さる視線も言葉も覚悟の上だ。気にせず前だけを見て歩く。感じる悪意や嫌悪にアレクが剣を抜かないように目で訴えながら。

 ベルテイッド伯爵も平然と、シャルベルも声など耳に入っていないかのように歩く。そんな二人がいることが心強い。


 シャルベルが案内してくれた先はとある一室。ノックをしてその扉を開ければ、その先にいた人たちはすぐに立ち上がってラウノアたちに礼をした。


「お越しいただいて感謝します。ベルテイッド伯爵、ラウノア嬢」


「こちらこそ、ラウノアのためにお時間いただき感謝します。ウェルバーン卿」


「そりゃこっちの台詞です。ラウノア嬢からもらえた返事はこっちもありがたいもんですから」


 騎士団団長ロベルト・ウェルバーンとベルテイッド伯爵が挨拶を交わす。ここまで気を張っていたラウノアも、笑みを交わす両者に緊張を感じず少しほっとした。

 ベルテイッド伯爵がレリエラと挨拶を交わすのを待ってから、ロベルトはラウノアに視線を向けた。


「ラウノア嬢。礼を言う。古竜のことは気の進まないものだろうが、こっちは感謝してるぜ」


「わたしにできることがあるなら、可能な限りは御力になりたいですので」


 騎士団長執務室にはロベルト、シャルベル、レリエラ、そしてベルテイッド伯爵、ラウノア、アレクが揃った。

 それでも執務室内の空気は騎士団棟全体のものに比べれば軽く気さくなものだ。扉を隔ててまるで世界が変わったようにすら感じられシャルベルも内心で息を吐く。

 ロベルトも堅苦しいものにするつもりはないのか、ソファに座って軽い調子で話し始めた。


「古竜に関してだが、まず、これだけはしてもらいてえってことがいくつかある」


「はい。なんでしょう」


「まず、古竜は俺たちの指示を聞かないこともある。そういったときは手を貸してほしい」


「もちろんです」


 古竜の乗り手が現れることによる騎士団の利点はそこにある。

 騎士が出せる指示はあくまで刷り込みで覚えさせたもの。基本的に乗り手の指示しか聞かない竜たちは、時には刷り込みのその指示すら気まぐれに応じる。

 その筆頭が古竜だ。だからこそ、乗り手の指示を聞く竜が現れるのは一つの苦労が減ることでもある。


 ラウノアが頷き、ロベルトも「ありがとよ」とさらに続けた。


「次に、一つ目に関係してるんだが、たまに古竜を飛行させてやってほしい。飛行は翼の運動面から見ても重要だ。飛ばない状況が続くのはあんまりな」


「竜の運動でもあるのですね。分かりました。……そのときは、わたしが背に乗ったほうがよいのでしょうか?」


 ラウノアの質問にロベルトはその視線をシャルベルとレリエラに向けた。二人は互いに視線を交わし、シャルベルが否定を紡いだ。


「いや。指示さえ聞いてくれれば乗れなくても問題はない」


「個体によっては乗せて飛びたがるって子もいるから、古竜がどうかは指示を出してみて判断するほうがいいと思うわ。乗らないと飛ばないって子はこれまでにはいないから、乗れなくちゃいけないってことはないはずよ」


 竜に乗ったことなどない。あくまで緊急的に古竜に乗せられたときだけだ。自分の身体がどう動き、どう動かすかは、自分でなければ分からない。


 ひとつひとつラウノアが理解していくのを見ながら、ロベルトはさらに進める。


「ラウノア嬢は竜の呼び笛って知ってるか?」


「はい。以前シャルベル様に見せていただきました」


 ちらりとシャルベルを見ると、視線が合ったシャルベルが首に下げたそれを取り出した。

 金属製の細長い笛は掌に収まる大きさ。竜を呼ぶその音は多少距離が離れていても竜の耳にはしっかりと届く。


「なら話が早い。古竜の笛を探してくれ。乗り手は全員相棒用の笛を持ってるんでな」


「分かりました」


「それから、最後に一番重要なことなんだが」


 一度言葉を区切り、ロベルトは騎士団団長としての鋭さと観察眼でラウノアを見つめる。少しロベルトの空気が変わるのを感じ、ラウノアも背筋を伸ばしたままロベルトを見返した。

 ほんの一瞬の沈黙。視線が合わさる中でロベルトはゆっくりと重要なことを告げた。


「騎士団においての事はすべて外では口外しないように。特に竜に関しては一般市民が知るような生態以外は機密扱いだ。乗り手と相棒竜が狙われるなんて事態は避けなきゃならねえ」


「分かりました」


 頭に浮かぶのは、以前シャルベルが口にした、竜に懐かれる場合の話だ。こういった場合、特に個人が特定されるのはよくない。

 誰だと特定されれば、竜を狙う人や国にその乗り手が狙われ、芋づる式に竜を手に入れようとすることも最悪考えられる。誰が聞いているか分からない場所や、知りもしない相手に対して口にしていい内容ではない。


 竜はウィンドル国にのみ存在し、周辺国に対しては戦の牽制にも、外交上も役立っている。

 抑えているその存在が敵になるようなことは、あってはならない。


「乗り手が誰かっていうのは式典なんかもあって隠せることじゃねえが、それ以上の詳細なことは個人が特定されないようにしてある」


「問題は、古竜に乗り手が現れたということが見られていることで貴族には特定されていること」


 黙っていたベルテイッド伯爵が声音に険しさをのせる。それにはロベルトも頷いた。


「さすがに隠しきることもできねえほどに見られてますから。それに貴族だけに収まる話にはなりません」


「……では、今回のわたしは特に異例なのですね」


「そうなる。古竜ってのはどうしても目立つからな。どの個体のって特定がされてるからこそ、騎士団としても情報は気をつけて扱うよう周知させてある」


 他の竜ならば、鱗の色が同じ別個体という話で終わっただろう。だが、そうはならない。

 黒い鱗の竜はただ一体のみ。


「こっちからの頼みは以上だ」


 さして難しい内容ではなかったことにほっとしつつ、出された要望を胸に刻む。


 古竜の動きをある程度把握し抑えることができるのは、自分があまり目立たないように動くためにも悪くない。竜に反応されるかもしれないという懸念も古竜に頼めば抑えることができる。

 考えるべきは人間側だ。


 頼みを言い終えたロベルトは口角を上げ、気さくな眼差しをラウノアに向けた。


「俺は竜については詳しくねえんだ。なにか相談があればシャルベルかレリエラにでもしてくれ。うるせえ騎士についてはできるだけ対処する」


「……皆さまの反応は当然のものですので、わたしは大丈夫です」


「そっちが大丈夫でもこっちがどうだろうなあ……」


 ロベルトの視線がちらりとシャルベルを見るが、シャルベルはそれに視線を返すことはない。

 ラウノアもロベルトにつられてシャルベルを見るが、シャルベルはどこかまっすぐな眼差しでラウノアの困惑交じりの視線を見返す。


「ラウノア。騎士団副団長に加え君の婚約者という立場上、正直に言って、あまり大手を振って庇うことはできないと思う。君が騎士団へ来るしばらくの間はレリエラ殿か竜使いを一人傍につける」


「そのような……。レリエラ様も騎士団副団長としてお忙しいですよね。わたしの傍にはアレクがおりますので――……」


「君はまだ騎士団の竜やその乗り手にも詳しくない。案内人だと思ってくれ」


「ですが……」


「気にしないで、ラウノアさん。古竜の乗り手が現れてどこも騒がしいから、ね?」


 騎士以外の者が竜の乗り手に選ばれたことがない以上、騎士団内でも何が起こるか分からない。騎士ですら憧れる古竜ということで警戒する騎士を想い、ラウノアは小さく頷いた。

 頷いてくれたラウノアにレリエラは嬉しそうに微笑む。


「それにね。女性の乗り手って数人しかいなくてね。新しい子ができたと思ったら古竜でしょう? もう嬉しくて。竜の乗り手話、他の女性騎士も集めてしましょう?」


「は、はい……」


「皆いろいろ聞いてみたいってもう話が盛り上がってるの。うふふっ。次はいつ開催にしようかしら」


 いろいろ。その単語には最早古竜云々は関係していないような気がする……。

 とっても嬉しそうなレリエラに少々気圧されつつぱちりぱちりと瞬くラウノアにロベルトは喉を震わせ、シャルベルはやれやれとため息をついた。


「レリエラ殿。ラウノアを頷かせて話を進めないでくれ」


「ラウノアさんのお迎えはシャルベル副団長がお願いね」


「……」


 その笑顔には何を言っても通じない。しかも、さらっと拒否など認めない役割を与えられる。

 にこりと笑顔なレリエラにシャルベルもその役割に不満はないのかだんまりを決め、二人を見てロベルトが腹を抱えて笑い、ベルテイッド伯爵も喉を震わせた。


 はあっとひとつ息を吐き、シャルベルは視線をラウノアに向けた。にこりと笑顔なレリエラに今以上何かを言えば話が進まない。


「古竜の世話に関しても積極的に行うとのことだが、それらに関しては古竜の世話人に教えてもらってくれ。あとで紹介する」


「はい」


「仕事熱心で、竜のことについても詳しい、信頼のできる人だ」


 シャルベルがそう言う相手ならば、古竜の世話人から悪意を向けられる危険は低そうだ。

 古竜について言葉を交わし合わなければいけない相手なので、その点に関して懸念ではあったがほっと息を吐く。


「ラウノアさんは騎士ではないけれど、竜の区域での行動には他の竜使いと同等の権利が認められるから、気兼ねなくなんでも聞いて、なんでもしてくれて構わないからね」


「分かりました。あまりご迷惑にならないように気をつけます」


 前例のない事態にはロベルト始め、他の竜使いでも認識は統一されているだろう。ただの貴族令嬢であるということで竜の区域での行動を制限されては世話どころではない。

 しかし、当然反発はあるだろうと予想できる。だれもが簡単に頷くほど人間関係は簡単ではないのだから。






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