第2話
スマホや財布が入ったポーチは、車の中に置いたままだった。
着の身着のままで歩くうちに、少しは頭も冷やされてくる。
「陽くんったら、どういうつもりなのかしら? もしかしたら、この間マンガで読んだアレかな?」
タイトルも覚えていないが、陽介の部屋にあった漫画だ。大学のサークルを舞台にした話で、確か主人公の妹が初登場するエピソードだったと思う。デートの途中で彼氏に置き去りにされた妹が、電車賃を借りたくて主人公に電話をかけてくる、という場面だった。
その「主人公の妹」の友人たちの間では、そのようなデート中の置き去りが流行っているのだという。そういう試練を乗り越えることで、愛が深まるのだという。
「でも、そんなのマンガの中だけの話だわ。現実じゃ聞いたことないもん! でも、きっと陽くん、真に受けちゃったのね!」
現実と漫画を混同するのも愚かだが、そもそも今の状況は、あの漫画よりも過酷だ。漫画のエピソードでは、電車賃があれば一人で帰れる場所と時間帯だったけれど、ここは夜の山中なのだ。
ただでさえ女性の夜の一人歩きは危ないというのに、それが山の中ともなれば「危ない」の意味合いも大きくなる。野生動物の危険性が加わるのだ。
車ならば市内からすぐなので忘れがちだが、こうして歩いてみると、完全に山の中であり、人間の世界とは隔絶された感があった。もはやここは熊や猪のテリトリーであり、いつ獣に襲われるかわからないのだ!
「本当に酷いわ、陽くん……。帰ったら、懲らしめてやる!」