仲間
□月□日
新しい仲間ができたの。長い付き合いになりそう(ページが破れている)
手を握り、朝になるまで彼の世話をし続けた。
彼の額に手をやると、熱はあるが昨日よりは少し下がっているようだった。毒は峠を超えたらしく、荒々しかった息が、ある程度収まっていた。
後は傷口が治り、毒気が完全に体内から消えてくれれば…
獣人の力は人間よりも強い。
それは運動能力に限らず、回復力、免疫力などといった基礎的能力にもあるのは知っていたが、これには私も安堵の息を吐いた。
「どうか、早く治って」
消毒して包帯を巻き終えて、彼の胸にそっと手を当てた。
規則的に上下する鍛え上げられた胸板。手から伝わるのはそれだけではなく、心にある命の輝きがたしかに動いていることも感じて取れた。
どうかこの輝かしいばかりの灯火が、消えませんように
私は立ち上がり、彼の側をあとにした。
これからご飯の調達に行かなければならなかった。次の日がもしかしたら雨かもしれないし、食料の在庫がないと、不安で仕方がない。
だけど、私はやはりただの令嬢にすぎなく、ウサギや鹿を狩ることなどの方法は想像できなかった。
「でも、薬草だけじゃだめよね。肉がないと、早く治らないわ」
と、狩りをしようと私は彼の荷物を漁った。
ナイフ、火打ち石、水筒、ロープ、着替え一式
「これだけなの?」
荷物はすごく軽くて、ものの少なさに驚いた。
学園での彼は用意周到で、テスト前に何度も復習するような人だった。
そんな人が準備した荷物が、これほどに軽く少ないとは。
まさかとは思うが、彼はサリーから私のことを聞いて、ほとんど準備もせずに、すぐに駆けつけてくれたのか。
彼の方を見やったが、むろん返事が返ってくることはなく、落ち着いた呼吸を繰り返していた。
サリーが仮に、深夜に彼を訪問していたとする。それから翌日になり、私が朝ごはんを食べ終わった時に、屋敷へついていた。その時間の短さからして彼はおそらく、私の住む人間の国『ヒューテル』の国で滞在中にサリーに呼ばれたのだろう。
なぜそのとき、ヒューテルの国に訪れていたのか。
なぜ私のもとへ、すぐに駆けつけてくれたのか。
なぜ私に、希望を与えようと手を差し伸べてくれたのか。
なぜ傷を負ってまで、私のことを守ってくれるのか。
ある一筋の答えが予想されたが、それを認めるにはあまりにも自分が不釣り合いだと頭の中で溢れてはかき消した。
疑問は風に吹かれる水面のように、浮かんでは広がって小さな波を立てるばかりだ。
「それよりも、ご飯よご飯」
意識的に気持ちを改め、洞穴の外へと出た。
鬱蒼とした木々が落とす影に身を隠すようにして、彼のいるところから徐々に離れていった。
しばらく歩いただけで、川を見つけた。
川の比較的穏やかな方に行って水に手を浸した。上流の水は、昨晩ロープで擦り切れた手を包み冷やして、痛みを忘れさせてくれた。
「あら、あなたどこから?」
川水で手を冷やしていると、隣に兎が一羽並んでいた。
私の腕の中に収まりそうなくらいに小さくて丸々とした兎が、赤い目を四つこちらに向けて大きな耳を丁寧に毛づくろいしていた。
「そう、ここらへんに巣があるのね。あなた魔物ね?だから意思が分かるのね」
私は兎の頭を撫でてやると、兎は短い毛をフワッと一瞬逆立ててから気持ちよさそうに、四つの目を閉じた。かと思えば、今度は兎はハッとしたように耳を立て、機敏に足で土を蹴り上げてまた姿を消した。
分も経たぬうちの出来事で、私は兎が何に反応して跳び急いだのか分からなかった。けれども、ソレはすぐに正体を現した。
「グルルル」
唸った生き物は、狼の体に、後ろ足が馬で、耳が四つ生えている魔物だった。
「え……」
言葉を失い、ジリジリと狼がこちらへ迫ってきて、川へ追い込まれていった。
完全に背水の陣となると、狼の魔物の方が意思疎通を交わしてきた。ぼんやりと聞こえてくる声に、私は相槌をうって理解を示した。
「ここはあなたの縄張りなのね、分かったわ。でも、どうかここに立ち寄るのを許してほしいの。私の大切な人が怪我をして、倒れたままなの」
彼の状態を思い返し、半ば頭を垂れて、声にも元気がなくなっていった。
目を覚ましてくれるかどうか、毒は消えてくれるか、後遺症は残らないか。
私のせいで…
「バウッ」
狼は一声、低く鳴くと、願ってもないものをその胸の辺りの深い毛皮から出してきた。
毛皮から出てきたというのに。それはまだ鮮やかな赤い色をした筋を持ち、ハリも鮮度も良い、鹿のもも肉だった。
「もしかして……これを食べていいの?」
狼は頷いた。
どうやら、私たちが縄張りにいることを許してくれたみたいだった。
激励を述べ、先程の兎と同じように、私は狼の頭を撫でた。兎とは違い、腕に収まらないほどの大きな頭を胸の中に抱いた。撫でる度に、ゴワゴワとした毛皮に感動した。毛の流れにそわせながら、手を動かした。
狼は目こそキリッとした威厳があった。野生的に力強い目だ。カッコいい目をしているというのに、撫でやすいようにと、へたりと四つの耳を低くした。さらに、狼の後ろ足の馬の長い尾を振る姿も組み合わさって、大型犬を思わずにはいられなかった。
大きい体格に対しての狼の姿があまりに可愛らしくて失笑した。
「ふふっ。狼さんはかわいいのね」
直後に狼さんは撫でられるのに満悦したようで、私の元から離れて長く前足を広げ、体を伸ばした。
それにしても、狼はどこか怪我をしているのかと、その鼻先から尾の先まで配慮して目を滑らせた。
魔物は基本、狩りをせずとも生きていけるものだが、怪我をした場合とある例外にのみ違ってくるのだ。怪我をすると、栄養を得て速く治そうと狩りをするが、その時に人を食らうことがある。狼が鹿肉を持っていたということは、どこか怪我をしていて、何かを狩らなければならなかったのではないか。
狼の身を案じて、その紫色をした瞳を見た。しかし夜空の始まりのような深い色は、いたって健康そのものだった。
「そうなの?この肉を持ってきてくれたのは、私たちについてきたからなのね」
私が言ったことに狼はますます尾を振って上機嫌な様子になった。
私達が洞穴についたときから、縄張りを荒らしに来たのかと側で見張っていたらしく、私が彼を看病していた様子から少し警戒を解いていたそうだ。先程の威嚇は、最後の確認だったらしい。
兎に角、狼はよかったら肉を分けてあげようと思い立ち、肉をくれたのだ。
何と親切で心優しく、賢い狼なのだろうかと思った。
「お願い狼さん、彼を助けたいの。私に協力してくれる?」
「バウッ」
気前のいい返事に一喜しながら、彼のいる洞穴の方へと、狼とともに坂を登った。
こうして、私は川へ水を汲みに行ったり、彼の看病をしている間、狼が縄張りを見回りに行くついでにと動物を狩りに行ってくれる生活を続けた。
狼が狩ってくれたものを料理して、彼につきっきりで看病をする生活が四日経とうとしたとき、私は彼が倒れてから初めて、目を閉じ寝息をたてていた。
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