人は見かけによらないって言うけど、見かけ通りのことの方が多い気がする
「うーん……」
「じーっと取説を見て何してるんでスか?」
「なにか抜け道がないかなと思ってな……」
あのアホ爺のことだ、裏技のようなミスをしている可能性もないとはいえない。昨日の夜はショックで諦めてしまったけど、今日は朝から取説の隅々まで読み込んでいた。
「抜け道はありそうっスか?」
「うーん……ないな今のところは」
読み込むといっても4ページしかない取説、抜け道を見つけてもすぐに次のページで修正される可能性もあった。
「面接だけでもしてみないっスか」
事務員の松田さんのカードを見ながら佐久間は言う。
「面接かー……うーん」
取説には1時間の面接なら無料で召喚できると書いてあった。
やっても損はないけど……得もないような。
「会ってみたら、いい人かもしれないっスよ」
「いい人でも月に銅貨10枚の事務員はいらないだろ」
借金中の我が社に、さらなる人件費の増加は自らの首を絞めるだけだ、でもまぁ佐久間がここまで言うなら、会うだけ会ってみるか、どうせ会うだけならタダだし。
「えーっと確か取説によると、カードを持って『お入り下さい松田さん』だったな」
取説に書かれていた通りに合言葉を言うと、カードが光り出し白い靄が立ち込め始める。しばらくして靄が消えた時、そこにはカードの写真に映っていた女性が立っていた。
へーちゃんと召喚できるんだ。ちょっと感動である。
「あのー初めまして、社長の林です」
「あ、僕佐久間です」
後ろから佐久間も顔を突き出す。
「はじめまして。本日は面接ありがとうございます。松田と申します」
そう言ってショートカットの女性こと松田さんは綺麗なお辞儀をする。事務員志望だけあって最低限のマナーはしっかりしているようだ。
「とりあえず面接をするので、こっちの席にお座り下さい」
松田さんにテーブルの席を勧め、俺と佐久間も向かい側に腰掛けた。
「さっそくですが面接を始めます。初めにお名前と志望動機をお願いします」
面接官なんてやっことないけど、だいたいドラマや映画だとこんなもんだろう。完全に見様見真似である。
「はい。事務員志望の松田といいます。志望動機は、せっかくガチャで呼び出してもらえたので、これもご縁だと思い志望させて頂きました」
「……ありがとうございます」
どうやらガチャで引いたカードの人材は、自分がガチャで呼び出されたことは知っているようだ。一体どんなシステムなんだろう。余計分からなくなってきた。
「事務員志望とのことですが、経験は?」
「前職がギルドの事務員でした。なので事務作業には慣れていると思います」
「へーそうなんですね」
うん? ギルドってなんだ……テキトーに流してみたけど、聞いたこともない名前だ。
「おい、ギルドってなんだ?」
コッソリと小さな声で、隣に座る佐久間に尋ねてみた。
「え? 知らないんスか先輩」
「知ってたらきかねーよ」
「漫画でよく出てくる、仕事を紹介してくれる場所っス」
「なんだ職業安定所みたいなものか」
「そんなもんっス」
なるほど職業安定所での事務員経験なら、少しはできるのかもしれない。
「カードに特技が書いてあったんですが」
「はい、パソコンが得意です。ブラインドタッチもですが、青い方で資料を作ったり、緑の方で計算したりするも得意です」
自信があるのか、言い切る松田さんの語尾にも力がこもっている。それにして青い方と……緑の方…………あーなるほど、そういうことか。青い方と緑の方ね。
「ちなみにオレンジの方はいかがですか?」
「すいません。オレンジの方はあまり使ったことがないんです。前の職場でも使うことがなかったので」
「いや、そうですよね」
やっぱりオレンジの方は普通の事務員が使うようなものではないのだろう。確かにちょっと特殊ではある。うーん……面接をしていると確かに性格はよさそうだし、特技も凄い、マナーもあるし、華もある。でも、やっぱり必要なさそうだ。なんども言うけど、うちの会社にパソコンはない、それに今は事務員よりも金を稼げる人材が急務である。それを考えると厳しいなー。やっぱり合わない方がよかったかな。
「もうすぐ時間になりますが、何か最後に言い残したことはありますか?」
早いもので面接のタイムリミットである1時間が立とうとしている。だいたい面接の最後に、面接官がこんな風に聞いているような気がした。
「では、特技のお茶を淹れてもいいですか?」
あ、そう言えば面接なのにお茶も出していなかった。佐久間め、平社員のくせに気がきかない奴だ。
「すいません。気が利かなくて」
「あ、そういう意味で言ったんじゃないんです。ただ、私の特技をお見せしたいと思って。給湯室をお借りしてもいいですか?」
「どうぞどうぞ。佐久間、案内してあげて」
「了解っス」
松田さんを給湯室がある奥の部屋に佐久間が連れて行く。給湯室といっても、元々ただの民家なので普通の台所のことだ。
ガサゴソと音がした後、しばらくすると紅茶モドキの匂いが部屋に漂ってくる。嗅ぎなれた匂いのはずなのに、なんかいつもよりいい匂いの気がする。
「お待たせしました。どうぞ」
戻って来た松田さんはおぼんにのせたカップを俺の前に静かに置く。透き通った茶色に白い湯気、フルーティーな香りが渇いた喉を刺激する。
こんな匂いだっただろうか……カップを手に一口飲んでみる。
「はぁー……」
口に含んだ瞬間、目の前に色とりどりの花が咲き乱れたお花畑が広がる。俺はお花畑の中をスキップしている。体は羽のように軽く、周りを羽の生えたカバの妖精やクマのぬいぐるみが踊りながらスキップする。これはなんだ……異様な光景なのに……とても心地いい。
「は……お、俺はどこに行ってたんだ……?」
「何を言ってるんでスか? 先輩はずっとここに座ってたっスよ」
「マジか?」
「マジっス」
あのお花畑はなんだったんだ……幻覚か?
「佐久間、お前も飲んでみろ」
「え、はいっス」
飲みかけの紅茶モドキのカップを佐久間に渡すと、佐久間はグッと一口飲み込む。その瞬間、佐久間の目がトロンとして目線が揺れる。コイツの意識はどこかに飛んでしまっている。
「おい、佐久間しっかりしろ」
焦点の合わない佐久間の肩を揺すると「あれ……カバさんとクマさん……」と呟きながら、お花畑から戻ってくる。間違いなく同じ幻覚を見ていたようだ。
「どうかされましたか? お口に合わなかったですか?」
不安げに松田さんは言う。その仕草や口ぶりからは悪意は感じない。それどころか本当に心配しているように見えた。もしかして松田さんも知らないことなのか。
「お茶は凄くおいしかったです。ほんとに」
いつもの紅茶モドキが味のない白湯と思ってしまうくらいサイコーに美味しかった。それに気のせいか体も軽い、頭はスッキリしてやる気が漲ってくる。
「よかった。では私は時間になりましたので失礼します。ご一緒に働けることを願っております」
そう言うと目の前に座っていた松田さんの姿は煙のように消えて行った。
「おい佐久間」
「なんスか?」
「台所で松田さんが紅茶モドキを淹れる時、ずっと一緒にいただろ」
「はい、ずっと一緒っス。一瞬も離れてないっス」
即答するってことは本当なのだろう。
「何か変な物入れてたりしてないか?」
「変な物っスか……茶葉は事務所にあるのを使ってたっス。それにヤカンも水もカップも同じっス」
「……そうだよな」
細工をする時間も、物も持っていないはずだ。もう一度、事務員の松田さんのカードを見る。補足文章の中、特技にお茶を淹れることと書いてある。
「あれが特技の力か……恐ろしい」
「どうするっスか? 予定通り不採用にするっスか?」
「バカ、そんなの決まってる。ただの事務員に銅貨10枚/月以上の価値があるわけがない。ただの事務員に。つまり松田さんは……採用だ」
こうして㈲異世界商事に最初の新入社員が誕生した。その名も事務員の松田さん。銅貨10枚/月以上の価値を持つサイコーのお茶を淹れることができる事務員である。