現実は、思い通りにならない事の方が多いらしい
カプセルに入っていたカードは、子供の頃に流行っていた某カードゲームのカードのように1番上に職業と名前、2番目に人材の写真、3番目に説明文書となっている。このカードの場合『事務員の松田さん』と一番上に書いてある。つまり職業は事務員……松田さん? 元の世界っぽい名前だな。
カードには給湯室っぽい所でお茶を入れるショートカットの女性の写真が、この人が松田さんなのだろう。最後に説明文章だけど『事務所の紅一点、社員の疲れを癒すスマイルとお茶は天下一品』と書かれ、さらに特技:パソコンのブラインドタッチ、電話対応、美味しいお茶を淹れる事、となっている。
「うーん……」
カードの文章を読んだまま固まってしまう。
というか、まずこの世界にパソコンも電話ねーよとツッコミたいのは俺だけだろうか。
「事務員さんみたいっスね」
「みたいっスねじゃねーよ。事務員ってなんだよ。ハズレか、ハズレなのか? 取説にも書いてなかったよな」
異世界なら普通、もっとファンタジー的な職業が出るだろ。魔法使いとか戦士とか。それが事務員って……悪夢だ。
「くそー、やり直しはできないって書いてたもんな」
「そうっスね。もう一回取説読むっスか」
そう言って事務所の本棚に置いている取説を佐久間は持ってくる。
「せ、先輩」
「なんだよ?」
「取説が光ってるっス」
「は?」
佐久間の言う通り目の前の取説から光が漏れている。よく見ると分厚い取説の、最初の方のページの隙間から光が漏れているようだ。もしかしてページが増えているのか。
前回は真白だった3ページを開いてみると閃光のように光が広がり、光が収まるとページに新しい文字が浮かびあがっていた。
「今までなかったスよね?」
「うーん、たぶんガチャを1回引いたから、追加の説明が書き足されたんだろ」
神様にしては、面倒なシステムを考えたものだ。きっと何かをするたびにページが増えていく仕組みなのだろう。
「それでほとんどのページが空白なのに、分厚いっスね」
取説のシステムに佐久間も納得したようだ。
「さて、それじゃあ追加された内容を読んでみるか」
わざわざ後出しなんだから、少しでも有益な情報であってほしいものだ。
光を放っていた3ページを開いて見る。まずは大きく書かれたタイトルだが『第3条 ガチャで手に入れた人材の召喚方法』と書いてある。
(1)ガチャで手に入る人材はカードに描かれている。カードには職業、氏名、宣材写真、補足説明(特技、趣味)が記載されており、召喚する前に人柄を知ることができる。
(2)カードの人材を召喚する場合、カードを手に持ち大きな声で【おはようございます○○】と氏名を叫ぶべし。※もちろんいつものように恥ずかしがらずに叫ぶべし。
(3)召喚した人材をカードに戻す場合は、召喚した人材に向かって【お疲れ様でした○○】と氏名を叫べば、カードに戻る。※召喚相手に聞こえていない場合は、戻りません。
「……なるほど」
タイトルの通り、召喚方法についての説明だ。ガチャを引く前に見ても意味が分からないから、後出しにしているのだろう。少しだけ納得できた。
「じゃあ事務員の松田さんを召喚する場合は、カードを持っておはようございます松田さんって言えばいいっスね」
「みたいだな、でも召喚するかどうか……」
事務員を召喚しても、異世界で意味はなさそうだ。
「えー召喚しましょうよ。新しい仲間が欲しいっス」
「仲間は欲しいけど……一旦保留な。続きを読もう」
さっきの光で、もう1ページ取説は追加されていた。
ページをめくりタイトルを見た瞬間、嫌な予感しかしなかった。何故って4ページにはこう書かれていた。『第4条 召喚した人材の労働条件と給料』
「マジか……」
「どうしたっスか先輩」
「これを見てみろ」
佐久間にも取説の4ページの冒頭部分、タイトルを見せてみた。
「給料って……あの給料っスか」
「そうだろうな。ガチャで呼び出した人材にも金がかかるってことだ」
タダでこき使ってやろうと思っていたのに大誤算だ。異世界なのに設定が真面目すぎないか、あの神様。
「とにかく続きを読むしかない」
(1)ガチャで召喚した人材にも労働時間の縛りがあります。基本的な労働時間は週40時間以内、1日最大8時間までです。それ以上働かせようとしても、自動でカードに戻ってしまいます。※違法残業を繰り返すとカードが抹消されるので気をつけましょう。
(2)ガチャで召喚した人材にも給料が必要となります。基本給はガチャに使用した硬貨/月となります。月末締め翌月末払いを心がけましょう。※未払いが続いても、カードが抹消されペナルティが与えられるから気をつけて。
(3)ガチャで手に入れた人材とは一度だけ面接ができます。この時の召喚は給料が発生しません。人材の人柄をチェックして、正式に召喚するか決めましょう。面接時間は1時間、1時間たつと勝手にカードに戻ります。面接の開始は【お入り下さい○○】と氏名を叫べはよし。※圧迫面接は可哀そうなのでやめましょう。
「……はぁ」
ため息しか出てこない。こんなはずではなかった……神様のくれたガチャを甘く考えすぎていたな。あのクソ爺を信用した俺がバカだった……今からでも会社を倒産させようかな。
「大丈夫っスか先輩?」
「うん? 大丈夫じゃないかも」
フラフラしたまま事務所のソファに頭からダイブする。
クソ―……こんなに守られていては社畜のようにこき使うことができない。俺のビジネスプランが崩壊していく。
「先輩、もう外は真暗っス。仕事のことは忘れて、もう終業するっス。残業は体に良くないっスよ」
「……そうだな。続きは明日考えよう」
佐久間の言う通り、俺はもう社畜ではない。残業してまで仕事をする必要もないのだ。なら、こんなガチャもカードのことも忘れよう。
取説を本棚に戻し、その横に松田さんのカードを置いておく。
「ご飯にするっス。今日も僕が作るっスから」
「美味しく作れよ」
「任せるっス」
普段は人をイラつかせる名人でもある佐久間だけど、今だけはコイツと一緒に異世界に飛ばされてよかったと思えた。