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一難去って、またまたまたまた難がくるばかり


 思った通り部屋の中に入ってきたのは、見覚えのある二人だった。もちろん傭兵団団長のセシリーさんと副団長のホルスである。病人が眠る部屋を訪れるには似つかわしくない、傭兵団の鷹のエンブレムが刻まれた鎧をまとった姿が、嫌でも緊張感を増している。


「顔色は良さそうだ。すぐにでも元の生活に戻れるだろう」

「おかげさまで。お見舞いってわけではなさそうですね?」

「残念ながらな」

 俺の問いに、セシリーさんは表情を変えないまま応える。その雰囲気からも、俺にとってあまりいい話ではないように思えた。


「う……うぅいたたた。急にお腹が」

 何の脈絡もないまま、急にホルスはお腹に手を当てて膝から崩れる。


「痛い……。昼に食べた魚が悪かったみたいだー」

「……」

 呆れて言葉が出ないとはこのことだろうな。酷い酷すぎる。幼稚園のお遊戯会だって、もっとまともな演技をするだろうに。笑いを堪えないといけないこちらの身にもなってほしいものだ。


「マ、マルス。悪いがヒーラーのところまで連れて行ってくれるか?」

 役になりきっているホルスは、せがむようにマルスの服の裾を掴んだ。

 何がかわいそうかって……一番は掴まれたマルスかもしれない。どうしていいのか分からず目も泳いでいる。


「はぁ……。マルス、急患だから連れて行ってやれ」

「は、はい。でも……」

 心配そうに俺とセシリーさんの顔を交互に見る。なんとなくマルスも察しているのだろう。


「俺はいいから行ってくれ」

「わ、分かりました」

 納得してくれたのか、悶え苦しむホルスを連れて、マルスは部屋を出て行く。部屋の中に残されたのは、こうなるように仕向けただろう本人と俺の二人だけ。


「人選ミスだと思いますよ」

「そう言ってくれるな。私が無理に頼んだんだ」

「わざわざ二人になる必要が? 別にあの二人がいてもいいのでは?」

「私もそうは思うが、組織に属している以上、上からの命令には従わざる得ないのでな。規制のかかった情報は限られた者にしか知らせてはならないことになっている」

「ふーん。上ですか」

 傭兵団団長であるセシリーさんの上ってことは、おそらくマクマリー領の男爵様だろう。めんどくさそうな人に目をつけられてしまったようだ。


「単刀直入に言う。先日の魔族襲来の折、大量の魔族と魔獣を一瞬で光の中に消しさり街を救った者がいる。その者に心当たりはな」

「ないです」

 セシリーさんが言い終わる前に、即答した。


「キミがあの現場近くにいたとの目撃証言もあるんだがな」

「偶然ですね。俺はただ事務所で寝てただけ、前の日に飲みすぎてヒドイ二日酔いだったんです」

「二日酔い……か。キミのためにも嘘はやめたほうがいい。白銀の鎧をまとった騎士の側にキミらしき男を見たとの証言もあるんだが」

「見間違えじゃないですか。こんな平凡な顔ならどこにでもありますよ」

「はぁ……。キミが私を信頼してくれているとは思っていないし、それだけの時間を一緒に過ごしていないのも確かだ。だが、自分が間違いなく一番の当事者であることを自覚だけはしてほしいな」

 やれやれとでも言いたげに腰に手をあてる。何を行っても無駄だということをきっとセシリーさんも気づいてはいるのだろう。


「俺としては無関係者として放っておいてほしいんですが……」

「無理な相談だな。あの強大な力を、謎のままにしておくことなどできるはずがない。明日にもキミを領主様の前に突き出さねばならないことも事実だ」

「そういう命令ですか?」

「そうだ」

 今度はセシリーさんがハッキリと断言するように言い切る。


「もし……嫌と言ったら?」

「悪いがこの街にいるかぎり、キミに拒否権はない」

「……そうですか」

 どこの世界も変わらない。これだから頭の固いトップのいる組織は嫌いなんだ。


「それでは明日、また迎えにくる。その時には領主様の私兵団も一緒にだ。悪いが彼らは私ほどやさしくはない。くれぐれも変な気はおこさないようにしてほしい」


 セシリーさんが部屋から出ていくと、部屋の中を包んでいた張り詰めた空気が和らいでいくように感じ、投げ出すように背中からベッドに倒れ込む。

「……はぁ……どうしたものか」

 つくづく面倒なことになった。領主に会ったところでいいことにはならなそうだし、そもそも召喚ガチャのことはできるだけ他人には教えたくはない。かといって領主の前に突き出されて隠しとおせる自信もないしな。ちょっと拷問でもされようものなら、すぐに吐く自信すらある。うーん、どうしたものか。セシリーさん曰く、この街にいるかぎり拒否権はない……ってことだし。となると……方法は一つだけ。




 草木も眠る丑三つ時、月が雲に隠れたタイミングで窓から庭へ飛び降りる。よし、ここまでOKだ。つくづく病室が1階でよかった。2階なら骨折ものだ。ちょっと強引だけど、むざむざ領主に捕まってやる義理もない。お世話になったジールさん達には悪いけど、まぁ置手紙は残しておいたから、なんとかなるだろう。


「……マルス。そっちは大丈夫か?」

 腰を低くしたまま、先を行くマルスに小声で尋ねる。


「大丈夫です。誰もいません」

 残業で護衛を任せているマルスも小声で返してくれる。深夜の残業代は我が社の財政的には高くつくけど背に腹は代えられない。


 病院の壁を越え、建物の影に隠れるように慎重進む。目指すは普段から人通りが少ない北門だ。草むらに隠れじっと様子を探る。思った通り、北門付近に傭兵団の姿はない。魔族襲撃の痛手もあって人手不足なのは本当のようだ。これならマルスと二人、簡単に突破できそうである。


「やはり思った通りですね」

 草むらから飛び出そうとした瞬間、背後から声がした。聞き覚えのある声。振り返るとそこにいたのは傭兵団団長のセシリーさんと副団長のホルスだった。


「ち、まんまとのせられたってことか」

 おそらくホルスの酷い演技の時点で、俺達が逃げることはセシリーさんの中では計算の内だったのだろう。完全にセシリーさんの手の上で踊らされていたようだ。うーん。さすがのマルスも一人で団長と副団長を相手にするのは分が悪るすぎる……。かといって我が社であと戦えるのは……ミトスくらいだけど。うん、ミトスを呼ぶ金はねぇ。となると別の門から逃げるべし、街から出る門は他にもあるしな。逃げるだけならどうにかなるだろ。


「やめておけ。そっちの門には領主様の私兵が待ち構えている。鼠一匹逃げ出す隙はない。逃げるなら、魔族が壊したままの外壁の穴から抜けていくほうがいい」

「え?」

 予想外の発言に思わず聞き返してしまう。

「……逃がしてくれるのか?」

 罠という可能性もありそうだけど、わざわざこんな危険を犯してまでするだろうか。


「逃がすも何も、本来私達にキミをこの街に拘束する権利などない。それにどのみち本気になられたら私達には止めようがないさ、あの魔族を倒すほどの力を隠しているのだから」

「……すまない。ありがとな」

「礼を言うべきなのは私達のほうだ。我々傭兵団だけでは守ることができなかった街を、キミは守ってくれた」

「……それは別に俺の力って訳でも」

 実際はカードで召喚したミトスが倒しただけ。俺が何かしたわけじゃない。


「いやキミのおかげだ。たとえそれがどんな形にせよ。キミがいなければこの街は魔族達に破壊されていたかもしれない」

 セシリーさんの真剣な眼差しに思わず目をそらしてしまう。昔から感謝されるのはどうも苦手だ。


「傭兵団、全員整列」

 ホルスの掛け声で一斉に兵団が現れる。どこに隠れていたのか、お揃いの鷹のエンブレムが施された鎧を纏って。


「街の恩人へ最大限の感謝と、旅の無事を祈って」

 胸のエンブレムの前に手を添えたまま立ち並ぶ姿は壮観で、きっとこの光景を忘れることはないだろうと思った。


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