一難去って、またまた難がくるばかり
「……知ってる天井だ」
見覚えのある天井、そして部屋。ベッドの上に寝かされている俺。思い出すのは、街に来る時に襲われ野盗に切られた時もこのベッドの上で寝かされていたような。あの時とまったく同じ部屋だ。デジャブか? 同じすぎてちょっと気持ち悪いな。
そんな風に思っていると、ノックもなくドアが開く。入って来たのはマルスだった。
「しゃ、社長」
ドアの前でマルスは立ち止まる。驚いているのか、それとも喜んでくれているのか、よく分からない表情をしている。手には花の入った花瓶を持っていた。ますます戦士というよりも通い妻みたいだな。
「悪い、心配かけたな」
「社長―……目を覚ましてよかったです」
花瓶を壁際の棚に置くと、涙目で駆け寄ってくる。その様子から察するに俺が思っている以上に心配をかけてしまったようだ。部下に心配ばかりかけて社長失格だな俺は。
「泣くなよ。それで俺はどれくらい寝てたんだ?」
ゆっくり起き上がろうとすると、体は岩のように固く、節々が酷く痛んだ。
「1週間です」
「1週間?」
想像していた以上の長さについ、食い気味に聞き返してしまう。
なんとなく2,3日くらいかなっと思っていたけど……1週間か……。前の世界のドラマとかでしか聞いたことなかったけど……人間って1週間も寝てられるんだな。怖……。
「社長が寝ている間、ジールさんや団長達も心配して、お見舞いに来てくれてましたよ」
「へーお見舞い……う、あ、そうだ街はどうなったんだ?」
呑気に談笑している場合ではなかった。元はといえば、俺がこんな目にあったのは、あの恐ろしい姿をした魔族が事務所を破壊したせいだ。回っていない頭でも、いろいろ思い出せてきた。確か、二日酔いで寝ていた俺は襲われて……その後は……。
「あの日、いったい何があったんだ? あの魔族はいったいなんなんだ?」
「僕も詳しくはよく知らないんです。ただあの日、当初の予定通り副団長のホルスさんをリーダーに、モア山脈の麓にできた大穴を調査しに行ったんです」
思い出すようにマルスはあの日のことを語り始めてくれた。
大穴に着いたマルス達を待っていたのは、穴の中から姿を現す魔物の姿、そしてさらには魔物達の背後に聳える禍々しい姿の魔族達だった。後で判明したことらしいが、あの大穴はワームホールと呼ばれる、一種の空間どうしを繋ぐトンネルのようなもので、遠く離れた魔族の国と、モア山脈の麓にできた大穴を繋いでいたとのことだ。原理は全く解明されていないけど、今までに見た事がないらしく、魔族達の新しい技術とだと考えられている。
大穴から溢れだす魔物達の姿を見た副団長のホルスは、すぐさま街への伝令を走らせるとともに、残ったメンバーで防衛線を張りつつ、魔物の討伐に繰り出した。もちろんその中にはマルスも含まれていたようだ。
ただ、傭兵団の必死の交戦も空しく、物量の差は明白で、徐々に防衛線は街の傍まで引かざる得ない状況となっていった。さらには魔物の奥に控えていた魔族達も、傭兵団を跳び越すように、羽を広げ飛び立つと、城壁を乗り越え、街の中へと侵入していく。その中に、どうやら例の社畜魔族も含まれていたようで、そいつがそのまま我が社の事務所を粉々にしやがったということだ。寝ていた俺はよく無事だったな。ほんとに。止む負えず、城壁の外を副団長のホルス達にまかせ、街の中に侵入した魔族を追うように、傭兵団の団長セシリーもマルス達を連れて街の中へ急いだ。街に入った時にはすでに中はパニック状態になっていて、逃げ惑う人々の悲鳴や、崩壊する建物、燃え上がる煙と焦げ付いた匂い、地獄のような阿鼻叫喚の中で、必死に魔物と戦うマルス達の耳に、魔族の断末魔が響いてきた。その瞬間、眩い光が街全体を包み込んでいき、再び目を開けた時には、嘘のように魔物や魔族達が消えていた。
逃げ惑う人々も奇跡が起きたと歓喜し、誰からかまわず抱き合ったというのが、事の顛末らしい。
「……なるほど。謎の光か」
そんなことがあったのか……っていうよりも完全にその光ってあれだよな。ミトスが魔族をやっつけた時に出てた光だよな。あの槍の先から。絶対そうだよな。やっぱり夢じゃなかったのか。だよな……。夢じゃないよな、だって、だって……枕元の棚の上に置かれたカードホルダーの中には「聖槍のパラディン」ミトスのカードが入っているのだから。マルスが説明してくれている間に、こっそり見たから間違いはない。まさか街の人も、奇跡を起こしたのが俺の手の中にある1枚のカードとは思わないだろう。
「結局、魔族を消滅させた光がなんだったのかは、傭兵団でも分からずじまいです。でも、城壁で戦っていた傭兵団の仲間の話では、魔族を包み込んでいった謎の光は、ちょうど事務所があった場所の近くから発生したように見えたらしいです。社長何か知ってます?」
「え……あーどうだろう? 寝てたしな……」
別にマルスを信頼していないわけではないけど……なんとなく言いよどんでしまう。それに素直なマルスに教えてしまうと、せっかく仲良くなった傭兵団の仲間に嘘をつかせてしまうことにもなってしまう気がした。
「そうですか。領主様の命令で傭兵団は今、血眼になって光の正体を探しています。魔族を一瞬で消してしまうくらい強力な光を、謎のままにしておくわけにはいかないみたいで。僕も本来は、他の傭兵団の仲間と一緒に謎の光の調査に駆り出されるはずだったんですけど……急に団長が社長の側についていていいと言ってくれて」
嬉しそうにマルスは言う。
「へー優しい所もあるんだな……っておいそれってまさか」
優しさじゃなくてマルスを逆に監視に使ってないか……。謎の光の発生源がうちの事務所あたりだったことを知っているなら、まず間違いなく疑われるのは我が社のはず。その社長を監視しようと思うのは、誰でも考えそうなものである。
「まさか……マルスくん? 俺が目を覚ましたって……もう誰かに伝えたかな?」
「あ、それならさっきまで外にいた傭兵団の仲間に報告しました。社長が起きたら、至急報告するようにって、団長からきつく言われたいたので」
「……」
「……社長?」
「……はぁ」
言葉が出ない。マルスの真面目さがこんなところで仇となるとは、団長のセシリーさんもそれを知っていてマルスを看護兼監視役に選びやがったな。
どうする? 逃げるか? いや、でもまだ監視されてるって決まったわけじゃないし。うーん、考えている間にも傭兵団の奴らが駆け付けてくるかもしれないし……。
コンコン。無常にもノックの音がする。
遅かったか……。きっと建物の周りも囲まれているはずだ。これはさすがに、逃げるのは無理そうだな。




