商売は一日にしてならずも、なんとかはなる
小袋の中にはいつも見ている物とは違う色、金色の物が入っていた。
「これって……ジールさん?」
「はい。中に金貨11枚が入っております」
ジールさんの返答をしっかり聞き終わった後、再び小袋の中を見なおす。そこには見間違うことなく黄金の輝きを放つ金貨が詰まっていた。
「き……金貨11枚」
金貨1枚が前の世界でいう約100万円だったはず。ってことは……いっいっせんひゃくまんえん? 前の
世界でも見た事がない大金が目の前にポンとある。
「これは?」
「若社長。そんなの決まってるだろ。俺が作ったのが売れったってことだ。まぁそれにしてはちょっと安売りしすぎかな」
隣に座る甚さんは自信満々に言う。冗談はやめてくれ。あんな物が金貨11枚で売れるわけがない。お金の価値分かってるのか? まったく、いったいどこからこの自信が生まれてくるのか聞いてみたいものだ。
「さすが甚さん。その通りです」
「うぇ?」
思わず変な声が出てしまう。……その通りって、やっぱりあれが売れたってこと? あれを買うようなもの好きがいたんだ……。どの世界でも金持ちの考えることはよく分からん。俺なら絶対買わないのに。それにしても一体誰が?
「ここだけの話ですが、私のお得意様にさる伯爵様がおられまして、先日当商会の従業員が外商で伺った際に、誰も持っていないような珍しい商品はないかとお尋ねになったそうです」
「それで甚さんの商品を?」
「はい、ご紹介させて頂きました」
確かにあれは……他にはないな。うん、絶対に。なぜなら思いついたとしても誰も作ろうとも思わないだろうから。
「伯爵様は一目見て、大変気に入られ、その日のうちにまとめて購入頂きました」
「まとめって……あの4つ全部ですか?」
「はい。4つすべてです。それもお帰りの際に新作が販売されたら声をかけてほしいとまで言われておりました」
どんだけ気に入ったんだよ。あんな使用用途も意味不明な物、4つも買って。
「ですので、そちらの金貨11枚が商品の代金となります。どうぞお納めください」
これが全部、俺、もとい我が社の売上。自分たちのものと分かってしまうと、より一層金貨が輝いて見える。だが、まてよ。本当に全部貰っても大丈夫なのか?
「あの、ジールさんの取り分は?」
「あ、私は結構です」
予想していた質問だったのか、即答する。
「いや、そういうわけには……」
元々原料である木材もジールさんのもの、加工場もジールさん所有の場所で作らせてもらっているわけで……半分くらい請求されてもしかたがないような立場である。
「本当に結構です。疑われるかもしれませんが、決して優しさや同情といった感情からではなく、私も商人としてきちんと仕事として判断しておりますので、ご心配なく」
「と、いいますと?」
「今回の商品を伯爵様に購入頂けたことで、懇意にされている別の貴族様をご紹介頂きました。今までなかなか進めて頂けていなかった話が急に進めて頂けることになったこと。これは商会として、今後の売り上げだけではなく、その次、そのさらに次への布石になっております。ハヤシさんも業種は違えど同じ商売をされているのなら、ご理解頂けるのではないですか? この世界では信用がとても大切だということ、それは時に金貨より価値を持つということも」
ジールさんの目、この目は前の世界でも何度か見たことがある、いくつもの修羅場を越えてきた熟練の商売人の目だ。
「……分かりました。では、今回はお言葉に甘えることとします」
どこまでが本当か分からないけど……今回はジールさんに甘えることにしよう。
お金を受け取ると、ジールさんは仕事が残っているからと、足早に応接室を出て行った。残される俺と甚さん。家主がいない家にいつまでも居座っているわけにもいかず、とりあえず応接室を抜けて、外にでることにした。扉の前に、待ってくれている馬車もないようだし、金貨を貰っておきながら送迎してくれって催促するのもなんなので、しょうがなく甚さんと二人、事務所に向かって歩く。
「若社長、なにキョロキョロしてるんだ?」
隣を歩く甚さんが尋ねてくる。
「しー静かに。目立つだろ」
懐を守るように、両手で抱きしめる。背中はいつの間にか猫のように丸まっていた。
「ドキドキするな」
信じられないほどの大金が懐の中にある。すれ違う人全員が金貨を狙うスリに見えてしまう。きっと宝くじが当たった人はこんな気持ちなのかもしれない。
「ビビりだな、若社長は。それよりこのまま事務所に帰るのか?」
「そうだけど、他に何か用でもあるか?」
「なにって? こういう時は決まってるだろ」
そう言い終えた甚さんの足は、着いてこいと言わんばかりに、すでに歩を進めていた。




