人の好みこそ100人100色
「なぁ若社長よ。そろそろまた行ってもいいだろ」
「駄目」
「なんでだよ。いいだろ」
「よくない。どうせまた行ったきり帰ってこなくなるのが目に見えてるからな」
「ちぇ。若社長のケチ。はぁ暇だなー」
諦めたのか立ち上がると、離れていく。
ここ数日ずっとこの調子だ。もちろん拗ねてカーペットの上に寝転んでいるのは甚さんである。なんとなくカードから呼び出してみたものの、口を開けばジールさんの工房に行かせてくれとばかり言う。行くのは別にいいけど、どうせまた勝手に物を作ってくるのだろう。あんな意味不明な作品をこれ以上増産させるわけにはいかない。いろんな意味でだ。
そういえばあれから、ジールさんからも何も連絡がない。どうやら俺の予想は当たってしまったようだ。きっと甚さんの作品は売れてないのだろう。もし売れていれば一目散に教えてくれそうなものである。
いや、待てよ。売れないってことは……逆にクレームが来たりして。
マズイなそれは、とりあえずしばらくはひっそりと暮らしていたほうがいいかも。
「おはようございます」
そんな風に考えていると、事務所の玄関。ドアの外から男性の声が聞こえてくる。誰だ? お客さんってわけではないよな。玄関横の窓の隙間から入り口を覗くと、なんとなく見覚えのある装いをした男性が一人立っていた。あの執事っぽい服はどこかで? 考えること10秒、俺の頭にしては早く答えを導きだせた。
確かジールさんところの使用人だったような。噂をすればなんとやら。悪い予感って当たるんだな。
「……さすがに居留守はまずいか」
すでに中にいる事はバレてそうだし。どうしたものか。
「なんだ客か? 若社長が出ないなら、俺が出るぞ」
そう言って甚さんは起き上がると、来客の待つ事務所の入口へとのそのそと歩き出した。あーこんな時に限って積極的に来客対応してくれなくてもいいのに。
「はいはい。どこの誰だ」
ビジネスマンの来客対応とは、全く無縁な態度と言葉で迎えると、甚さんはそのまま男性を招き入れた。
「朝から失礼致しますハヤシ様、甚様。ジール様よりお申し付けを受け、お二人をお迎えに上がりました」
思った通り、来客の男性はジールさんところの従者だったようだ。というか甚様ってなんだ? なんか大物時代劇俳優みたいな呼ばれ方だな。と思ったけど、きっと言ったところで時代劇って言葉を理解できる人がいるわけではないので黙っておくことにしよう。とにかくまずは目の前の面倒事を解決せねば。
うーん、行かないっていう選択肢はなさそうだよなー。行きたくないよー……マジで。呼ばれた理由は絶対あれだよな。
「なんだちょうど行きたかったんだよ。向こうが来いっていうなら行ってもいいよな若社長?」
何も気にした様子もない甚さんはラッキーとばかりに目を輝かせる。こっちの気も知らないで呑気なものである。はぁ、こうなってはしょうがない。俺も腹をくくるしかなさそうだ。
俺と甚さんの二人を乗せた馬車は前と同じ道を進み、ジールさんの家へと向かう。
通された部屋は、これまた前回と同じ応接室だ。今日は奥さんとジルフはいないのだろう、なんとなく家全体が静かなように思えた。
甚さんと二人だけの応接室。チリ一つない綺麗な絨毯の上、光沢に目が引き付けられるテーブル。その中で出されたお茶菓子をバリバリ食べる甚さん。絨毯の上にはお菓子の破片がボロボロボロボロ……。我が社の従業員ながら、尊敬するくらい凄い奴だ。
「お待たせしました。急にお呼びだてして申し訳ありません」
しばらくしてジールさんが応接室に現れた。何やら手には小さな鞄を持っている。服装も仕事着のようで、仕事の合間に現れたってところだろう。
「いいってことよ。どうせ暇だったしな」
社長である俺が言う前に甚さんは答える。まぁ別にいいけど。俺が社長だからな一応。我が社の社風は自由が一番ってことで許してやろう。パワハラで訴えられたくないしな。
「それならよかった。実は今日来ていただいたのはほかでもありません。前に甚さんが作られた作品の件なのですが」
早速とばかりに本題に入るジールさん。
ギク……。だとは思っていたけど、やはり呼ばれたのはこの件か。とりあえず謝る準備だけはしておこう。土下座がいいかな、いや最初は椅子に座ったまま頭を下げたほうが……。イメージ的にいいかもな。最終手段はとっておくってことも大切だし。
脳みそをフル回転して謝罪方法を頭の中で考えていると、ジールさんは懐に手を入れる。
「まずはこれをお見せしたほうがいいでしょうね」
そのままテーブルの上に置かれたのは紐で口をしっかり結ばれた小袋。
外から見ただけでは、何が入っているかは分からないけど、パンパンに詰まっていることだけは見て分かった。
「どうぞ開けて見て下さい」
「は、はぁ」
促されるまま、目の前に置かれた小袋を手に持つ。手の平から伝わるずっしりとした重みは、外見から想像した以上に重く、なんとなく皮膚から伝わる感触や硬さは、良く知っている物に似ている気がした。
「これって……もしかして」
意を決して、綴じられた紐をほどくと、そこに入っていたのは……。




