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田舎に泊まろう……いえ、住まわせて下さい。


 太陽の眩しい日差しが目に射し込んで熱い、おかしいな……カーテンに穴でも開いたのか? 腕を伸ばしてスマホを取ろうとしても掴めない。いつも枕元に置いていたはずなのに、代わりに掴めたのはゴツゴツして冷たい石? どうしてアパートの部屋の中に石があるんだ……寝ぼけた脳みそで考える事3秒。あ、そうだ俺は異世界に転生して河原で野宿してたんだ。


「ふあぁー」

 起き上がると大きな欠伸が出る。スマホのアラーム音にたたき起こされない朝なんていつぶりだろう。あんなに嫌だったアラーム音を、もう二度と聞けないと思うと少しだけ寂しくもあった。


「グー……ゴガァぅ……」

 人がしみじみと元の世界の思い出に浸っているのに……能天気なアホ佐久間のイビキが雰囲気をぶち壊してくれる。寝てても迷惑な奴だ。


「おい起きろ。朝だぞ」

「ふぇ? あれ? どうして僕の家に先輩が?」

 コイツも寝ぼけて異世界に飛ばされたことを忘れてしまっているようだ。同じリアクションをした自分が恥ずかしくなる。コイツと同じ思考回路だったとは……。恥ずかしいから絶対に誰にも言えない秘密だ。


「寝ぼけてないで起きろ。俺たちは異世界にいるんだよ。思い出したか?」

「ふぇ? あーそうでした。魚を一杯釣って、たくさん食べたっス」

 小学生の夏休みの思い出みたいな感想だな。コイツの異世界での記憶は今のところ魚釣りとBBQの事だけ……気楽でいいなコイツは。


「ふあぁー」

 呆れていると、またしても大きな欠伸が出る。

「寝不足っスか先輩」

「たぶんな。枕が変わると駄目なんだよ。あとマットレスもないし。お前はよく熟睡できるな」

 葉っぱを集めて作った偽マットレスでは、地面の冷たさから逃げることができても、腰の痛みからは解放されないようだ。そういえば夜中に何度も起きた気がする。


「ボーイスカウトで野宿には慣れてるっス」

「だろうな。羨ましいよお前の適応能力が」

 こっちは背中が痛くて……うーん、これは食事問題よりも寝床問題の方がキツイかもしれない。ますます早く人里に行きたいよ。頼むから人だけはいる世界であってくれ。

『社畜という言葉がない世界じゃ』

 またしても神様の言葉が頭の中によぎる。

 可能性として社畜のない世界=人がいない世界とも考えられる。確かに人がいなければ社畜がないに決まっている。でも……まさか……そんな……勘弁してくれよ。


「先輩何考えてんスか」

「うん? いや、人がいない世界だったらどうしようかなっと思って」

「いない世界っスか……人がいないってことは、この世界に僕と先輩の二人だけ」

「うぅ……」

 佐久間の何気ない言葉に急に寒気がする。これから何十年と異世界でコイツと二人きりなんてやめてくれ。気持ち悪くなってくる。お願いします神様、どうか人がいますように。コイツと二人でアダムとイブになるのだけは絶対に嫌だ。他にどんな試練や困難があってもいいからそれだけは勘弁して下さい。


「クンクン。何か匂いませんか?」

 人の気などおかまいなしに、突然犬のように鼻をつき出して佐久間は険しい顔をする。匂う? なんのことだ? 確かに風呂に入ってないから、少し汗臭いか。


「そうじゃないっスよ」

「じゃあなんだ。頭でも打ったか? それとも変な物でも拾い食いしたか?」

「酷いっスよ先輩。匂いですよ。気づかないっすか?」

「匂い?」

 クンクン……そう言われると、風にのって人工的な匂いがするような……まるで何かを火で焼いたような香ばしい匂い……。


「佐久間」

「はい、先輩」

「ナイス手がかりだ。でかした行くぞ」

 俺たちの世界的に考えれば動物が火をおこして何かを焼くなんて考えられない。つまり火で焼いた匂いがするってことは、近くに人がいるということになる。人がいれば町があるはず、俄然やる気が出て来たぜ。駆け出す足にも力が入る。


「先輩、あっちで煙が上がってるっス」

 佐久間が指さす先、木々の隙間から見える青空に、灰色の煙が上っていく様子が見える。


「よし、この森の向こうだ」

 川沿いの道から脱線して獣道を突っ切っていく。枝や葉っぱが髪の毛や服に巻き付くのなんて知ったことではない。とにかく今は煙の方に走るだけだ。

 森を抜け開けた場所に出ると、待ちわびた光景が目の前に広がっていた。なだらかな丘の上に木の家や、レンガっぽい家が点々と一定の距離で建っている。

 どうやら見えていた煙は、民家の煙突から出た煙のようだ。いまだにモクモクと上りつづけている。


「はぁはぁ先輩、早いっス」

 遅れて佐久間もやってきたようだ。部隊長もこなす野生児佐久間を置いてけぼりにするほど、猛スピードで走っていたようだ。無意識のなせる業だ。今になって足が悲鳴をあげ始めた。これは明後日くらいに筋肉痛になるな。


「村みたいっスね」

 佐久間の言う通り密集する民家は、まるでヨーロッパの田舎町のようだ。子供の頃に流行っていたRPGの世界にも似ているような気がする。どっちにしろ鉄筋コンクリートの高層マンションとタワービルが存在する世界ではないのだろう。この際、前の世界より文明が下でもしょうがない。まず人がいればなんでもOKである。これで佐久間と二人、地獄のアダムとイブからは解放されそうだ。ありがとうございます神様。あの無責任でキャラブレブレな神様でも初めて感謝したくなる。


 村の真ん中には小さな川が流れ、遠目でも柵に囲まれた畑っぽいものが見える。何か作物を育てているのだろうか。遠くに牛のような動物も見える。酪農か? 田舎の定番、自給自足の生活様式……電気や水道、基本的なライフラインは期待できそうにないな。


「先輩、あそこに人がいますよ」

「なに? 第一異世界人か?」

 一番近くに立つ家の傍で、花に水を撒く女性の姿があった。インタビューじゃなくて、情報収集に向かうべきだろう。見ず知らずの人から情報を聞き出すなんて、営業マンには朝飯前だ。


「こんにちはー」

 まずは営業マンの基本テクニック、元気な挨拶と営業スマイルだ。ここで本来であれば名刺でも渡したいところだが……あるのは空の名刺入れだけ、ここでは一旦省略しておこう。


「こんにちは。アンタたち見かけない顔ね。どっから来たの?」

 基本テクニックのおかげで怪しまれずに会話に持ち込むことに成功。これぞ社畜時代の賜物。一番心配していた言語も大丈夫のようだ。テキトーな神様でも、会話だけは通じるようにしてくれていたようだ。言葉さえ通じればあとはこっちのものだ。営業テクニックその2、次は相手を観察する。それも相手に気取られないように。

 うーん、見た感じ第一異世界人の女性は40代くらいのおばさん。着ている服も高級そうではない、きっと既婚者で子供もいるな。育児と家事が大変とみた。性格はよさそうだな、目尻が下がっている人は母性に溢れてるって怪しい占い師が前に言ってた気がする。あとは花の手入れをするおばさんは話好きなのが鉄則、ここはもっと話を聞き出すべきだ。


「僕達、異世界から転生してき……うぐぐ」

 人が黙って観察している間に勝手にしゃべりだし、営業マンとは思えない失態を犯すアホな後輩を、後ろから羽交い絞めにする。目の前のおばさんの頭の上にもハテナマークが浮かび上がっている。


「あーちょっと待っててくださいね」

 羽交い絞めにしたまま、おばさんから距離をとる。これくらい離れれば大丈夫だろう。


「く、苦しいっス先輩」

 羽交い絞めした腕に猛烈な勢いで佐久間がタップする。本当に苦しいのだろう。そろそろ放してやるか。


「はぁはぁ。死ぬかと思ったっス」

「思ったっスじゃない。アホかお前は、こっちの手の内を自らタダで晒す奴がいるか」

「すいませんっス。よかれと思って」

「よくない。いいか、俺達が異世界からの転生者ってことは最重要機密だ。親や兄弟にも話せない守秘義務だと思え」

「親や兄弟はこの世界にいないっスけど……」

「バカ、例えだ例え。とにかく墓場まで秘密を持っていくつもりでいろってことだ」

「分ったっス。すいません」

 珍しく反省しているのか、落ち込んだ様子である。まぁ分かればいい。ミスは誰にでもある。


「社会人として2回同じミスをしなければいいんだ。1回目は許してやる」

「本当っスか? よかったス」

 さっきまでの落ち込みようが嘘のように、佐久間はカエルのように跳ねて喜ぶ。本当に都合のいい男である。ある意味これくらい切り替えができる奴の方が凄いのかもしれない。おっとおばさんというお客を待たせていたんだった。


「どうしたんだい? テンセイがなんだって?」

 戻って行くと頭の上にハテナマークを掲げたままのおばさんが不思議そうに言う。

「なんでもないんです。それよりここはなんていう村ですか?」

 ツッコまれるのも面倒なので強引に話題を逸らしていこう。これも営業マンには必要なこと。


「なんだい村の名前も知らずに来たのかい? 変な人たちだね。ここはビスマス王国の、マクマリー領の端っこにあるセレンの村さ」

 ビスマス王国? マクマリー領? セレンの村? 何一つ聞いたこともない。異世界だから当たり前なんだけど、持っている知識とかすりもしない。王国ってことは王様がいるってことか……民主主義が染みついた世界から来た俺達にとっては、身分の差がある世界はちょっとやっかいかもしれないな。気を付けよう。


「あんた達どっから来たの? 国の名前も知らないなんて相当な田舎もんだね」

 元の世界感覚からしたら超が付くほどの田舎もんであるおばさんに言われたくはないが、ここは我慢我慢、営業スマイル営業スマイル。


「森の奥から来た田舎者なんで、この国のこともっと教えてもらえませんか?」

「ひゃー森の奥から、あんなところに人が住んでたの。それならしょうがないわね。そうだ、あそこに赤い屋根の家が見えるでしょ」

 おばさんは2軒先に見える赤いレンガ造りの家を指さす。煙突から灰色の煙が出ている家のことだ。


「あれがこの村の村長の家よ。この村で一番の物知りだから、言っていろいろ聞いたらいいわ。親切な人だから安心して行ってみなさい」

 ふむふむ、村長か……確かに話を聞く相手としては平社員であるただの村人の次は、上司である村長ってところが妥当な線である。よし、村長に話を聞きに行こう。


「ありがとうございました」

 おばさんにお礼を言うと俺たちは教えてもらった村長の家に向かうことにした。近くで見ると村長の家は、さっきのおばさんの家の3倍はあるだろう大きさで、さすが村長の家っといった具合だろうか。この村の中では豪邸の部類に入るレベルだろう。ただ豪邸といっても、元の世界では住宅地に立ち並ぶ約40坪の分譲住宅と同じレベルくらいだ。


 コンコン

 木の扉をノックすると、中から「はーい」という女性の声が聞こえ扉が開いた。出迎えてくれたのは高校生くらいの女の子だった。


「どちら様ですか?」

 見慣れない不審な格好をした男二人に、女の子は少し不安げな様子で尋ねてくる。そういえば忘れていたけど……今の俺たちは土と葉っぱで汚れたスーツ姿、さっきのおばさんは何も言わなかったけど、未成年からしたら怪しいに決まっている。迂闊だった……服装に気をつかうのも営業マンとしては必須事項なのに……自慢の革靴も今では傷だらけだ。


「おれ……あ、いえ私は林といいます。で、こっちが佐久間です」

 できるだけ怪しさを消すように、ゆっくり小さな声でしゃべる。横に立つ佐久間も察したのか、合わせて小さく頭を下げた。


「私達は旅をしていまして……そこの家のおばさんに村長さんが物知りだと聞いたので、いろいろお話を聞ければと伺ったのですが、村長さんはご在宅でしょうか?」

「あ、父のお客さんですか。ちょっと待ってください」

 そう言うと女の子は扉を開けたまま、部屋の奥へと消えていった。なるほど……村長には年頃の娘がいるのか。手帳がないので頭のメモ帳に書いておこう。相手の家族構成は大切な取引の材料になることだってある。玄関から見える家の中は、テーブルとイスが置かれたシンプルな造りで、キッチン的なスペースは見当たらなかった。どうやら奥に見える扉の向こうがキッチンなのだろう。この部屋はリビング兼応接間ってところかな。部屋の中を観察していると、女の子が消えていった扉から一人男性が現れた。十中八九この人が村長さんだろう。


「お待たせしました。旅をしてらっしゃると、えーっとハヤ、シさんとサ、クマさんですね」

 方言のような変なイントネーションで名前を呼ばれる。こっちの世界では珍しい名前だな俺達。


「初めまして、林といいます」

「佐久間です」

「ハヤシさんとサクマさんですね。いやーすいません、娘から聞いた名前が聞きなれないものだったので」

「よく言われます。ははは」

 秘儀、困った時の愛想笑いだ。とりあえず珍しい苗字という余計な話はこれでチャラだ。


「私はこの村の村長をしていますアルフレッドと言います。まぁ村長といってもご覧の通り小さな村です。ゆっくりしていってください」

 おばさんが言っていたように親切で優しそうな人物のようだ。おまけに鼻の下のチョビ髭がダンディーなおじさんでもある。元の世界的にいうならチョイ悪親父だろうか。どっかのイタリア人が思い浮かんでしまう。


「どうぞこちらへ。おかけになって下さい」

 入口からも見えていたテーブルと椅子を勧められる。営業マンとして相手が先に座るのを確認してから、こちらも椅子に腰かける。タイミングよく奥の扉から、おぼんを持った先程の娘さんが姿を現した。おぼんの上には湯気の上がる3つのカップが置かれている。


「娘のアニーです。ありがとう、後は私がやるから部屋に戻ってなさい」

 父親におぼんを手渡すと、一礼して娘さんは奥の部屋へと戻っていった。


「礼儀正しい娘さんですね」

 これも営業マンの鉄板トークの一つ、相手の身内を褒める。身内を褒められて嫌な顔をする人はほとんどいない。もちろんたまにはいるけど……8割、9割失敗しない掴みのネタだ。

「お恥ずかしい、まだまだ子供です」

 まんざらでもなさそうな顔で謙虚な事を言うちょい悪親父、どうやら掴みのネタはバッチリのようだ。

 アルフレッドさんの手によって、おぼんに乗っていたカップが俺と佐久間の前に並べられる。中の液体の色は薄い茶色、コーヒーではなさそうだ。おそらくお茶か紅茶かな? 美味しそうではあるが、進められるまでは飲まないのが社会人、ひいては営業マンの常識だ。さすがにアホの佐久間も、常識すぎて手を出さずに様子を伺っている。コイツにしては上出来である。


「温かいうちにどうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」

 音を立てずに静かに一口、口の中に流し込んだ。うん、元の世界でいう紅茶のような味だ。不味くもないけど……普通だな。この村のレベルならこんな物だろう。まぁ営業先に行って缶コーヒーを缶のまま出されるよりはマシかな。


「それで聞きたいこととはなんでしょう。私に分かることであればいいのですが」

「実は恥ずかしながら森の奥から出て来たもので、この国の歴史や今の情勢に疎くて、その辺を教えてもらえませんか」

 相手が畏まった話し方なので、念のため合わせておく。相手に合わせた言葉づかい、これもテクニックの一つだ。


「歴史と情勢ですか……それなら私でもお話できると思います」

「ありがとうございます。できれば子供に教えるつもりでお願いします。それくらい我々は無知なので」

 全く別の世界から来たのだ、子供よりも知識がないと言ったのは嘘ではない。俺もそうだけど、特に隣の佐久間に理解させるには子供レベルがちょうどいいだろう。


「分りました。ではまずこの国がある大陸についてから説明しましょう。私達が住む国は大きな一つの大陸の中にあります。この大陸には2つの国と2つの種族が住んでいます。1つは我々人間が住むビスマス王国。そしてもう1つが魔族が住み、魔族の王が治めるデスガイヤ、この2つです。2つの種族は昔から争い、お互いの国土を奪い合う戦いを続けています。もちろん今も戦い続けています」

 異世界に飛ばされた時から人間以外が住んでいる可能性も0ではないと思っていたけど、まさか魔族というファンタジーな存在とは思わなかった。それも魔族と戦っているなんて……元の世界にも国同士の小さなイザコザはあったけど、この世界では本格的な種族の争いがあるようだ。


「これが大まかな大陸の話です。次に我々が住むビスマス王国ですが、ビスマス王国が建国されたのは約300年前。王立図書館にある歴史書によるとかつて3つの国があり、三国時代と呼ばれていました。3つの国は争い、残った1つの国が今のビスマス王国の起源になったと言われています。王国の中央には王都があり、王都を囲むように10人の公爵が治める公爵領があります。その周りを囲むように20人の伯爵が治める伯爵領があり、そのまた周りを囲むように30人の男爵が治める男爵領があります。王都を中心に輪のように広がっていると考えてもらえば分かりやすいと思います。ちなみにこの村は王都から一番遠くにあるマクマリー男爵領内のセレンという村になります。余談ですが……この村は田舎ですけど魔族の国と真反対にあり、一番遠い場所なので魔族に襲われることのない平和な村でもあります。そこがこの村の一番の良さでもありますね。以上が簡単な歴史になります。こんな感じでよかったでしょうか?」


「分かりやすかったですとても。なぁ佐久間」

「は、はいっス。もちろん覚えてます。もちろんっス、もちろん」

 コイツ覚えてないな……まぁ最初からコイツの頭のメモ帳には期待していない。俺たちが転生してきた世界についてはなんとなく分かった、後はお金だな。生活していくにはどの世界でも金は大切だ。


「もう一つ、お金について聞いてもいいですか?」

「もちろん、いいですよ」

 そう言ってアルフレッドさんはカップを口に持っていく。あれだけ長々としゃべれば喉が渇いてもおかしくない。


「この国の通貨ってなんですか?」

「通貨……ですか。もちろんあるにはあるんですが……この辺の村では、ほとんどが物々交換で済んでいますので硬貨を使うことはほとんどないんです。ただ町や王都の方に行くと、このような硬貨でやり取りされています」

 立ち上がると壁際の棚から小さな木の箱を持ってくる。蓋を開け、中から取り出したのは10円玉のような硬貨1枚と100円玉のような硬貨1枚だった。


「これが銅貨、銅貨が100枚で銀貨1枚と同じ価値があります。銀貨が100枚で金貨1枚の価値、残念ながらこの村に金貨はないと思います。必要もないですから。私が持っている銀貨も1枚だけ、おそらくこれがこの村唯一の銀貨ではないでしょうか」

 なるほど、10円玉と思ったのが銅貨で100円玉に見えたのが銀貨、よく見ると色や形、大きさは似ていても刻まれている模様が違う。目の前の銅貨と銀貨には同じ王冠を模したエンブレムのような模様が刻まれている。おそらくこの国の国旗かなにかのマークなのだろう。気になるのは元いた世界の価値でどれくらいの基準になるかだ。


「この銅貨1枚で何が買えますか? もしくは何と交換ができますか?」

 銅貨1枚の価値が分かれば、芋づる式に他の硬貨の価値も判断できる。


「銅貨1枚で果物が1個買えるくらいでしょうか、王都だとちょっと価値が変わるかもしれませんが基本的には同じだと思います」

 果物1個ってことは銅貨1枚が元の世界でいう100円くらいか……。

 つまり硬貨の価値を表にまとめると……


 銅貨1枚=100円

 銅貨10枚=1000円

 銅貨100枚=1万円=銀貨1枚

 銀貨10枚=10万円

 銀貨100枚=100万円=金貨1枚

 金貨10枚=1000万円

 金貨100枚=1億円


 と、いうことになるわけだ。

 うーん……分かったような……分からないような。隣に座る佐久間の頭からは白い湯気が上がりはじめている。オーバーヒートしたのだろう。コイツの頭は未だに、初期のワープロ並みの容量しかないのだからしょうがない。


「それにしても村長さんは、いろんな事に詳しいですね」

 大陸の端っこにある田舎町の村長にしては学校の先生のように教え方も上手く、王都のことや世界に詳しすぎる気もした。それとも村長になるにはこれくらい知ってないと駄目なのだろうか。もしかして抜き打ちの村長テストがあったり……するわけないか。


「恥ずかしながら実は私、昔は王都の王立図書館で働いていたんです。だから歴史や地理には自信があって」

 そう言って少し恥ずかしそうにアルフレッドさんは人差し指で頬を掻く。

 王都にある王立図書館……王立ってことは、元の世界でいえば国立図書館ってことになる。国家公務員じゃないか……え? アルフレッドさんって官僚だったのか。知識量がハンパないと思ったけど、スーパーエリートだったわけだ。


「失礼でなければ……辞められた理由をお伺いしてもいいですか?」

 言いながら余計な事を聞いてしまったと反省する。営業マンとしては減点だ、でも官僚を辞めた理由が気になったのだからしょうがない。俺の悪い癖だ。高校生くらいの娘がいるとはいえ、まだアルフレッドさんは定年を迎える年には全然見えない。パッと見は40代かな。もちろんこの世界に定年退職制度があるとは思えないけど、田舎で隠居するにはまだ若すぎるだろう。もしかして一見完璧そうなアルフレッドさんも不祥事でクビになったかな。奥さんを見かけないところから想像すると女性問題だったりして。それとも横領? 情報漏洩? 今流行りのハラスメントだったりして。俄然興味がでてきた。


「話すほどの理由ではないんです。単純に父が病で倒れてしまって一人で住む母が心配になり、家族で実家に帰ってきたんです。急に引っ越してくれた妻と娘には感謝しかないです」

「あー……そ、そうだったんですね……」

 な、なんてすばらしい理由だ。不純な動機で聞いてしまった自分が恥ずかしくなる。なにが奥さんを見かけないだ、一緒に田舎に来てくれるいい奥さんじゃないか。ごめんなさいアルフレッドさん、疑った俺がバカでした。あー穴があったら入りたい、そして早く逃げたい。いや、逃げよう。

 どうせ知りたかったことは一通り聞けたのだ。隣のオーバーヒートしているアホな後輩も、動けるくらいにまでは回復してそうだし、これ以上恥をかく前においとましよう。

 カップに残った紅茶モドキを飲み干しお礼を伝えると、村長さんの家を後にすることにした。今さら遅いけど、できる営業マンは長居をしないのも大切なことである。

 はぁ今回の営業は失敗かな……途中までよかったけど最後が余計だった。うん、次回は頑張ろう。


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