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出来不出来は人の主観に委ねられているのだろう


「さて、ハヤシさんが来られた目的は甚さんの作られた作品を見るためにですね」

 目の前のソファに腰掛けると、見透かしていたかのようにジールさんは言う。さすがは大きな商店の社長さんだ、話しがはやい。きっと俺が尋ねてきたと聞いた時から、予想はついていたのだろう。


「はい。一応雇い主としてはどんな物を作ったのか気になって」

 雇い主として従業員の能力を把握しておくことは大切なことである。もちろん、単純に甚さんが作った作品に興味があったのも嘘じゃない。あれだけデカい事を言ってたのだから、きっとよほどの物ができているはずだ。俺の脳裏には、自信満々に豪快に笑う姿がなんとなく思い出される。


「なにをかくそう、実は私もお見せしに行こうと思っていたところだったんです。ちょうどよかった」

 そう言うと、胸のあたりに挙げた手を2回叩く。すると待っていたように応接室の扉が開き、見慣れない男性が二人、布の被った机を大切そうに抱えて部屋の中へと現れた。声を掛けずに、手を叩く音で従業員を呼びつけるなんて。うん、ちょっとうらやましいな。前の世界でもテレビドラマでしか見たことがないワンシーンである。それだけに我が社でもそのうちやってみたい……けど。いやまてよ、松田さんあたりにそんなことしたら、アツアツのお茶を顔面にぶちまけられて……想像しただけでも恐ろしいことになりそうだ。やめておこう。


「まずはこれなんですが」

 抱えていた男性二人が部屋を出ると、ジールさんは覆っていた布をサッと引き抜いた。テーブルの真ん中、金色の糸で刺繍が施された赤い小さなランチョンマットの上に、3つの木製の作品が並んでいた。


「どれどれ」

 まずは俺から見て、一番左手のこれ……うーん。これは四つ木細工?だろうか。パッと見は四角形の小さな木の箱、側面は確かに目を惹かれるくらい精工に掘られた松の木が描かれてはいるけど、うん、ちょっと味気ないというか……なんで四つ木細工?昔、田舎のおばあちゃん家かどっかで見かけた記憶が蘇ってくる。確かあの時は小銭とか、薬を入れていたような……。おそらくすべての面の板が動くように作られているのだろう。継ぎ目の多さから箱を開けるには特殊な組み合わせで側面の板をずらしていき、中に入ったものを決まった手順でしか取り出すことができないようになっている。鍵付き金庫とまではいかないけど、ちょっとした宝箱みたいなものだろうか。

 でも、この世界でいるか?必要性は皆無だな。うん。次に期待しよう。次が……えーっと、これまたかなり渋い物が……これは神棚だよな。これも田舎のおじいちゃん家で見かけたことがあるような、壁の上にあって神様を敬うための物だよな?この世界の神様ってことはアイツだよな。あんな奴のためにはもったいないない。これもボツ。

 そして最後の3つめが一番謎だ。市松模様の戸棚の戸だけ……うん、本当に謎だ。綺麗な市松模様まではいいんだけど、なぜ戸だけなんだ。使い道も全くないだろ。

 あー……思っていた以上というか3つとも……ただの素人の俺が見ても、綺麗に作られているとは思うけど……思うんだけど……これ誰がいるのって感じ。細工は……すごいかもだけど……実用面では最悪だな。


「やはりハヤシさんも私と同じ反応をされますか」

 どうやら顔に出ていてしまったようだ。甚さんの作品を3つとも見終わった後、じっと黙っままの俺に、ジールさんは少し声を抑えたように言う。どうやらジールさんも同じ感想だったようだ。これは悪いことをしたな、時間と資材をなげうってもらっておきながら、出来上がった作品は期待外れの物だったと……もしかして弁償もあり得るか?うぅ……今のわが社の経済状況的にはかなり不味い。ここは先手必勝、こんな時、前の世界では素直に謝るのが一番だったはずだ。


「こんな駄目な……」

「こんな素晴らしいものを」

 俺とジールさんの口から出た言葉が重なった瞬間、一瞬の沈黙が生まれる。


「え?」

 その沈黙も長続きすることなく、すぐに現実の世界は戻ってくる。あれ?今なんて言った?俺の聞き間違いではないよな。きっと俺の目は口から思わず出た、え?という言葉通り丸くなっていたはず。

「え?」

 同じようにこちらを見てくるジールさん。


「あのー……ジールさん?」

 思わず疑問形になってしまう。

「あの……なんと言われましたか?」

「え、あ、私ですか。いえ、ですから、こんな素晴らしい物を作って頂き、感動しているんです」

 身振り手振りや目の輝きが訴えかけてくる熱量は演技しているようにも見えない。マジだなこの人。もしかしてホントはヤバい人なのかも。ちょっとジールさんのことを疑いたくなってきた。そういえばお金持ちの商人だってことは知っていたけど、これを絶賛するって……それとも俺の感覚がズレているのか。


「いいんですか?こんな……もので?」

「こんななんて滅相もない。これだから、いえこれがいいんです」

 はっきりと断言する。熱量はおさまるどころか、ますます熱くなるいっぽうだ。まぁジールさんがいいなら、俺はいいんだけど……。

 結局、今日からジールさんのお店に並べてくれることになったけど、どうせ売れることはないだろう。そうなればさすがのジールさんも諦めてくれるはずだろう。


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