瓢箪から駒が出ることは難しいことではない
「ふぁぁあ……よく寝た」
腕を大きく振り上げて体全体を伸ばすと、ポキッという骨の鳴る音がする。3時間くらいは寝ていただろうか。お腹のすき具合でなんとなくお昼くらいだと思う。
マルスの作ってくれたスープのおかげだろうか二日酔いが嘘だったかのようによくなっている。あまりにきれいさっぱりなくなっているので怖いくらいだ。
うーん、きっとこの世界のお酒は抜けるのも早いのだろう。自分の中でとりあえずは納得することにした。
さて、調子も戻ったことだし行動することにしよう。もちろん行く場所は決まっている。ジールさんのところだ。
甚さんが3日間こもって作った作品っていうのも正直気になっていた。
しかしどこに行けば見られるのだろうか。ジールさんの工房? 木材置き場? そんな場所知るわけもない。まぁいっか、とりあえずジールさんの家に行ってみよう。そうすればなんとかなるだろう。
簡単に服を着替え、盛大に出来上がった寝ぐせを直せば、とりあえず出かける準備OKである。事務所を出て目指すはジールさんの豪邸へ。
馬車を呼ぶお金も持ったいないので、歩いていくことにしよう。
日頃の運動不足を解消する意味でも、ちょっとくらい歩いたほうがいいだろう。
買い物客でにぎわう大通りを抜け、飲食店の立ち並ぶ路地をさらに抜けていく。お昼時ってこともあって、店の中は人であふれている。外で並んでいる人もいるくらいだ。そんな様子を見ていると、スーツ姿で激安日替わり定食が食べられる町中華の店先で、炎天下の中、汗をかきながら佐久間と一緒に並ぶ自分の姿が思い出される。あの時はワンコインランチのために随分頑張ったものだ。懐かしくもいい思い出かな。そういえば……あの店の半チャーハンセット美味かったな。思い出すだけで、口の中に唾液が湧き上がる。あれが二度と食えないのは惜しいな、どうにか作れないものか……よし、今後、剣士兼料理人のマルスに相談してみるか。もしくは人材ガチャで中華の鉄人を呼び出してみるとか。
そんな風に考えているうちに、いつの間にか視界の先にジールさんの大豪邸が見えて来た。あいかわらずデカい家だ。どうしてお金持ちはデカい家を建てたいのだろうか。根っからの貧乏人である俺には理解できない思考回路である。
門番の立つ門を通り抜けると、扉をノックする。出迎えてくれたのは見知らぬ執事さんAだ。異様なくらいにAさんの黒目が俺をじっと捉える。
「あのハヤシといいますが……ジールさんはご、ご在宅ですか?」
つい、射貫くような黒目に見つめられていると……敬語になってしまう。
「ハヤシ様ですね。ようこそお越し下さいました。主人は商談中ですが、じきに終わるかと思います。客間でお待ち頂けますか」
「は、はい。あの……どうして俺の名前を?」
「そのことですか、ハヤシ様のことはセンガンより申し受けております。奥様とジルフ様をお救い頂いた方を、ジール様にお仕えする我々が忘れることなどありません」
お、さすがはジールさんの家の執事、少し過大評価されてる感は否めないけど、ほうれんそうと情報共有は大企業並みにしっかりしているようだ。わが社も見習わなければ。というより、最初から俺って知ってるなら、妙な威圧感は止めてほしいものだ。変に緊張したじゃないかまったく。
「改めてお二人をお救い頂きましてありがとうございます」
そう言うと、深々と頭を下げる。
「そ、そんな。やめて下さい。それに、二人を助けたのはうちの優秀な社員であって、俺ではないですし」
俺がしていたことといえばマルスの代わりにあっけなく切られていたくらいである。
「ご謙遜を。直接的ではないにしろ。ハヤシ様がお二人をお救い下さったことに変わりはありません。おっと少し余談が過ぎましたね。それではこちらへどうぞ」
先導するように執事Aさんは豪邸の中へ。
元の世界の時からずっと、人に嫌味を言われることはあっても、感謝されることなんてなかった。慣れてないせいか、少し気恥ずかしさに包まれたまま、前にも一度きたことのある応接室に通される。
執事Aさんが出ていくと、待っていたように続けざまに扉が開かれる。
うん? ジールさんかなっと思っていると。
「おにいちゃん」
飛び込んできたのはジールさんではなく、可愛らしい男の子だった。もちろんこの家で男の子といえば決まっている。そういえばさっき執事Aさんがジルフ様っていっていたような。馬車の中では聞きそびれていたけど、ジルフか。うん、いい名前だな。
「元気にしてたか。ジルフ」
抱き着いてきたジルフの頭を手で撫でると、髪の毛が少しクシャクシャに乱れる。
「うん」
そう言って満面の笑顔で頷く。酸いも甘いも知ってしまった大人には眩しい笑顔である。おっとお母さんもやってきたようである。
「待ちなさい。もう」
遅れてジールさんの奥さんも追いかけるように部屋の中へ。二人に会うのは、乗合の馬車で山賊に襲われた時以来である。少し見ない間にジルフは大きくなったような気がする。子供の成長は早いっていうけどホントだな。なんてしみじみと感心するような歳になったのだろう。それはそれでちょっと悲しい自分もいたりして……。
「ごめんなさいね。この子ったら、ハヤシさんに会いたいって駄々をこねて」
「だってー……」
「だってじゃないでしょ」
「ぶー。ねぇおにいちゃん。僕の部屋で一緒に遊ぼうよ」
そう言ってジルフは小さな手で俺の手を引っ張るように握る。
「いや……うーん。遊んであげたいけど……」
純粋な目でこっちを見られると……断りにくい。最近子供と触れ合うことなんて皆無だった俺に新たな弱点ができたかもしれない。
「こらこら。ハヤシさんが困ってるじゃないか」
引っ張られるまま応接室から出かけた俺に、遅れてやってきたジールさんが助け舟を出してくれたようだ。ジルフを抱きかかえると、そのまま母親の元へ連れて行く。
「お父さんはこれからハヤシさんと仕事の話があるから。お母さんと一緒に向こうの部屋でいい子にしているんだぞ」
「はーい。じゃあまたね。おにいちゃん」
名残惜しそうに手を振ると、母親に連れられるまま応接室を出て行った。父親のいうことはしっかり聞くようだ。うん、ちゃんとしっかり躾が行き届いているようでよかったよかった。なんだか親戚のおじさんにでもなったかのような気もするけど、まぁなんとなく悪い気はしないのでいいことにしよう。
応接室に残されたのは俺とジールさんの二人、いろいろあったけどようやく本題の話ができそうである。




