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酒は飲んでも飲まれるなってセリフは聞き飽きた


 事務所のドアまで無言で向かうと、無言のまま鍵を閉めた。

 どうせしばらくは帰ってこないだろうし。入れなくたって困るわけないだろう。


「あのー……しゃ、社長?」

 黙ったまま鍵を閉める姿から何かを察したのか、さぐるような様子でマルスが尋ねてくる。


「なんだ?」

 思わず出た言葉は短く一言。いつもなら何とも思われないはずだけど、ちょっとだけ語尾が強かったかもしれない。案の定、目の前のマルスはというと……。


「あ、いや、あのー……すいません」

 悪くもないのに何故か謝っている。完全無罪のはずなのに、冤罪に巻き込まれてしまった気弱な青年とはコイツのことを言うのかもしれない。


「悪い。お前に当たってるわけじゃないんだ」

 反省、反省。他の社員、それも部下に当たるなんて社長失格だ。パワハラにも程があるな。前世で俺自身が嫌いだった上司に、自分がなっているとは、まさにトホホだ。


「それよりも早く戻ったほうがいいぞ。傭兵団の仕事中だろ」

「あ、はい。そうでした……じゃあ……行ってきます」

「あぁ気を付けてな」

 優しく言ったつもりだったけど……効果は期待できないようだ。さっき俺が閉めた事務所の玄関を避けるように、裏口のあるキッチンへとマルスは駆けていく。どう考えても玄関から出たほうが楽なのに。まぁエプロンを脱ぐためってことにしておこう。


「さてと、じゃあ俺も行くか」

 マルスと同じように裏口から事務所を出る。どこに行くかって? もちろん仕事をしに行くわけなんて一ミリもない。こんな気持ちのまま仕事なんてしてられるかってものだ。社長だって人間である。時には気晴らしだって必要だ。

 こんな時、元の世界だったら佐久間でも誘って飲みにでも行ってたけど、こっちの世界にきてからはそういうわけにもいかなかった。セレンの田舎町に飲み屋なんてなかったのも原因だけど。普通に忙しくてそんな暇がなかったのが正解である。

 歩き出した俺の足は決まった方向に進んでいく。ふふふ,何を隠そう実は見つけていたのだ。俺のオアシスになりえる場所を。この間、ギルドに行く途中に見かけていたお店、なんとなく気にはなっていた。事務所を出て歩くこと約5分、お目当ての店が見えて来た。外壁に木の蔓が巻き付いた外観の怪しげな装い、元の世界でなら絶対に一人で入るはずがない店だ。でも、なぜだか気になる店。街中でそんな店をつい目にとめてしまう。誰にでもある経験だろうか。

 中に入ってみると薄暗い店内には、まだ昼間だからなのか他のお客の姿はない。小さなホールのように円形に広がった店の中は、中央がテーブルのない広いスペースになっていて、両脇の壁沿いにテーブルとイス、奥にカウンター席がいくつかある。

 まるで西部劇の世界に出てくる主人公行きつけのお店のようにも見える。映画のセットみたいって言えばいいのだろうか。カウンターの中に店主の姿はなく、棚に並んだ見たこともない樽やカラフルな瓶。うん、これも謎のバーっぽくてなんかいい感じだ。

 とりあえず立ってるのも疲れるからカウンターの席に腰掛けてみる。

 座るというよりも、もたれかかるように座る椅子、座った瞬間に来客を知らせるベルが鳴ったかのように、カウンター奥の扉から、一人の男性が姿を現した。


「おや、こんな時間にお客とは珍しい。いらっしゃいませ」

 顎に切りそろえられた黒い髭を蓄えた、全身黒づくめの男性が、少し驚きといった様子で俺の座る席の前まで歩み寄る。


「酒が飲みたいんだけど、何がある?」

「お酒であればなんでも。エールに葡萄酒、ソカッチャ、ヴェルナ一など、一通りは揃えているつもりです」

 そう言ってダンディなバーテンダー風の男性は頬にえくぼを作る。

 後半は何を言っているのか分からない物ばかりだったけど、おそらくエールというのがビール的なものだろうか。前の世界でもなんとなくビールの種類みたいなことで聞いたことがある。葡萄酒はそのままワインのことだろう。それ以外の名前はピンともこない。ここはとりあえず無難にエールにしておこう。


「じゃあエールをもらおうかな」

「かしこまりました。少しお待ちください」

 そう言って男性は再び、カウンター奥の扉の向こうへ姿を消した。待つこと1分もなかっただろうか、焼き物のような細長いコップを手に男性は戻ってきた。少しコップの淵から泡のような物が見えている。その光景に少しだけ懐かしさがこみあげてくるのは俺だけじゃないはずだ。同じ境遇に合えば誰だってそう思うはずである。


「こちらがエールです。どうぞ」

 目の前に置かれたコップ。上から見た感じはビールそのものってところだろうか。後は味だけど……よくよく考えてみるとこの世界に冷蔵庫はなかったような……つまり同じビールだったとしても、ぬるいってことだよな。はぁ、頼んでしまった手前、今さら飲まないわけにはいかないよな。

ぬ るいビールって……字面だけでも不味そうだ。

 諦めて一口飲んでみると……

「……美味い」

 驚く程、澄み切っていて喉越しもいい。そして何よりも冷たいのだ。思わずがっつくように二口目を口に含む姿に、目の前の男性は口元に手を当てて笑いを隠すように見ていた。


「これは失礼致しました。ただ見慣れた反応だったのでつい。皆さん、最初は同じ反応をされるので。冷たいエールは珍しいって」

 やはり冷たいのが当たり前というわけではないようだ。


「ちょっとした秘密の力でエールを冷やしたまま保存しているんです。ちょっとした魔法とだけいいますか」

「ふーん。そんな方法があったとは」

 冷たさの偉大さをまじまじと感じさせられる。そんな気持ちである。これだけ冷たく、味も苦味もしっかりとしていると、ほとんど元の世界でいう生ビールに近い感じだ。気が付けば頼んでから数分もしないうちにコップの中身は空になっていた。


「いい飲みっぷりですねお客さん。どうしますか? おかわりで? それとも変えてみるとか?」

 誘うような言い方に、つい聞き返してしまう。

「他におすすめが?」

「ありますよ。お客さんみたいにお酒が強そうな人にはスコッチャが合うと思います。かなり強いお酒で、酒好きの鉄人でも一口飲んだら逃げ出したくなるほど。でも癖になる味で中毒者もたくさんいるお酒ですよ。どうです?」

「いや。やめとくよ。エールをおかわりで」

 試してみたい気もするけど……二日酔いの苦しさは、誰よりも社畜サラリーマンだった俺が一番知っている。行きたくもない、付き合いの飲みなんて星の数ほどあったものだ。


「そういえば、こんな早くからどうしてうちに?」

 二杯目のエールを片手に男性は尋ねてくる。当たり前だけど、明るい内から飲み屋に客がやってくるなんて、この世界でも珍しいことなのだろう。


「別に意味はないけど……ムシャクシャしてるから、なんか面白いことでもないかなって。あとはちゃんと話を聞く従業員を探そうかと思って」

「そ、そうですか。うーん、従業員のことは分からないけど……一つ面白い話ならありますよ」

「面白い話?」

「えぇ、気になりますか?」

 勿体ぶったように言う。ここまで言われて気にならない奴がいるのだろうか。


「実は、うちに飲みにくるギルドの冒険者から聞いた話ですけど、先日急に近くにあるモア山脈の麓に大きな穴が現れたとか。とても大きく、中は真っ暗、どこまで続いているのか分からない謎の穴。興味が湧きません?」

 悪いけど、興味が湧くどころか……。謎の穴……なんとなくだけど悪い予感しかしない響きだ。


「近いうちに領主様の傭兵団とギルドの精鋭が、合同で調査するらしいですよ。ただの穴であればいいんですけどね。おっとこれは失礼。お客さん空になってるね。次も同じのでいいかい?」

「え。ああ頼む」

 空になったコップを受け取ると、男性は扉の奥へ。

 ふーん。傭兵団が調査に向かうのか……。傭兵団と聞くと、我が社の数すくない戦力、マルスの顔が思い浮かぶ。危ない橋を渡ってなければいいが……明日あたりちょっと聞いてみるか。


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