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今日できない奴は、明日もやるわけがない


「いて、いてて。離しやがれ。この青二才」

 壊れそうな勢いで扉を開けて入って来たのは、やっぱり我が社の新入社員。

 聞こえてきた声でなんとなく想像はできたけど……残念ながら騒がしい原因は甚さんだったようだ。

 横には青二才と呼ばれて困った表情をするマルスの姿もある。仕事中だったのだろうか、朝に事務所を出て行った時の服装ではなく、傭兵団お揃いの皮の甲冑を身に纏っている。


「社長―。甚さんをどうにかしてください」

 今にも泣きそうな声で、マルスがこちらに助けを求めてくる。


「どうしたんだ?」

「野盗や獣が出るから危ないって止めるのに、街はずれの森に木を取りにいくってきかないんです」

「あー……なるほど」

 どうやら本当に自ら木材を取りに行こうとしたらしい。さすがに金槌しか持ってないおじさんが街の外に出て行こうとしたら、外壁を守っていた傭兵も慌てて止めるわけだ。

 ちなみにマルスと甚さんは、今日の朝、出勤の際に顔を合わせているので、お互いが我が社の社員であることは、もちろんお互いに知っている。


「うっせいわ。野盗が怖くて大工が務まるか」

 マルスの腕を振り払うと、頭に巻いたハチマキを力強く巻き直す。

 野盗が怖くても十分務まると思うけど、言うと面倒になりそうなので黙っておこう。


「社長―。社長からも説得してください」

「あーもう分かった。とりあえず甚さんはそこ座ってくれ。あと、マルスも時間は大丈夫か?」

「あ、はい。少しなら」

「じゃあ悪いけど、4人分のお茶淹れてくれるか?」

 幸か不幸かマルスが帰ってきたので、便乗してお茶を淹れてもらうことに。


「あ、分かりました」

 頷くと、マルスは傭兵団の甲冑のままキッチンへと向かって行く。こんなところ副団長のホルスにでも見られたら、また何を言われるか分かったものじゃない。


「それで甚さん。本当に自分で木材を取りにいこうとしたと」

「あたぼうよ。そう言って事務所を出たじゃねーか」

「いや……そうだけど」

 まさか、ここまで無計画で無鉄砲とは……。嫌な予感的中である。


「俺としても大切な社員である甚さんに何かあったら困るわけ。だから一人で街の外に木を取りにいくのだけは諦めてくれませんか」

 怪我でもされてアズサの二の舞だけはごめんだ。


「……。……まぁ若社長が言うならしょうがねぇーな」

 じっと腕を組んだまま黙った後、不本意ながら納得してくれたのか、諦めてはくれたようだ。


「で、このじーさんは誰だ?」

 一息つく間もなく、ソファに座ったまま成り行きを見守ってくれていたジールさんを指さして甚さんは言う。一つ解決したと思ったら、今度はこっちだ。


「じーさんはやめましょう。この人は……」

「私はこの街で商売をしているジールといいます。ハヤシさんとは……商売仲間といった感じですかね」

 紹介する前に、ジールさん自ら立ち上がると、小さく頭を下げた。


「なんだ若社長の知り合いかい。商売って何してんだい?」

「手広くなんでもです。商品を買うことも売る事もします。家に関すること、道に関すること。もちろん木材や石材を扱うこともありますね」

「へぇー。なんでも屋ってことか。そういう奴に限って、あくどい商売でボロも」

「わわわ……一回静かになりましょうか。甚さん」

 余計な事を言いそうになるので、慌てて口をふさぐ。


「ぐぁにすんだ」

「そ、そうだ。甚さんの作る家具に興味があるらしいですよ」

「なに? そうなのか。それを早く言えよ。なかなか話の分かるじーさんだな」

「じーさんじゃなくて、ジールさん」

 一文字足りないだけで、似てるようで全然意味が違ってくる。


「いえいえ、呼び方などなんでもかまいませんよ」

「そんなわけ……」

 ジールさんが良くても、俺の心臓的によくはないのだ。


「それで甚さんでしたよね。どういった家具を作られるんですか?」

 さっき俺にした質問を甚さんに尋ねる。俺もまだ知らないので気になる内容ではある。


「家具ならなんでもやるぜ。机や椅子は当たり前。欲しがってる奴のリクエストに応えて仕事をするのが俺の流儀かな」

 自慢げに甚さんは言うけど、お前も結局なんでも屋じゃないかっと出かけた言葉は、口の中で押しとどめておく。余計なツッコみは面倒ごとの種にしかならないからな。


「ほぉなんでもですか。でしたら一度、甚さんが作る家具を見せて頂けますか?」

「見せたいが、家具に使う木材がないんだな」

 元々、それを求めて街の外に出かけようとしていたのだ。


「そんなことなら私の店が保管している木材を好きに使って下さい。もちろん場所だってお貸ししますよ」

「え?」

 思ってもみない申し出に、思わず俺の方が驚かされてしまう。


「ホントか。じーさん」

「えぇもちろん」

「ありがてぇ。地獄に仏とはこのことだな。よし、善は急げだ。じーさん。早く案内してくれ」

「あ、ちょ……まっ」

 止める間もなくジールさんの腕を掴むと、誘拐犯並みの速さで連れ去っていった。またしても事務所に残される俺……。


「お待たせしました」

 器用に甲冑の上にエプロンを着たマルスが、お盆の上に湯気の上がるカップを4つのせ戻ってくる。


「あれ……社長、お二人は?」

「さぁ……もう好きにしてくれ」


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