捨てる神あれば拾う神を絶賛募集してます
「なるほど、この世界にはスギやヒノキがほとんど植えられてないんだな。あるのはひ弱で折れ曲がった木ばかり」
事務所の本棚にそれっぽい本が置いてあったので読んでみると、クリプトン周辺の植物や動物について、挿絵と一緒に説明が書かれていた。元の世界で当たり前のようにあった植物がこっちの世界にあるとは限らない。どうやら建材に使える質のいい材木が少ないのも、木造建築が主流じゃない理由のようだ。
この街を出て、他の地域まで行けば分からないけど……しばらくこの街にいる予定の我が社としては……どうしたものか。
もちろん悩みの種は大工の甚さんのことだ。せっかく召喚して雇ったのはいいけど……さっそく完全に需要なしのお荷物社員になりかけてしまっているのだ。
「若社長。すまねぇな。俺のせいで」
こちらの気持ちを察してなのか、それとも俺の顔に出ていたのか……事務所のソファに腰掛けた甚さんは、見るからに落ち込んだ様子で言う。
「謝らないでいいですよ。甚さんは何も悪いことしてないじゃないですか」
「だけどよ……後悔してねぇか?」
「うぇ?」
核心を突くような質問に思わず、変な声が出てしまう。
「な、そんなことないって、ですよ。別に仕事はギルドで斡旋してもらわなくたって。自分達の足で稼げばいいだけだし。それにギルドの奴には木材を使った家の良さも、熟練の大工の腕のありがたみも分からないだけですよ」
その場の勢いで言っているけど、半分は本心である。仕事は足で稼ぐもの、それは営業マン時代から変わらないことだし、木の家の良さだって少しくらいは分かっているつもりだ。
「ありがとよ。若社長。そうだなウジウジ悩んでるなんて俺らしくねぇな。よし、男なら当たって砕けろだ。そうと決まれば、ちょっくら行ってくるぜ」
そう言って立ち上がると、横に投げ捨てていた法被を拾って一気に袖を通す。
「うん? え? 行ってくる? どこに?」
「どこって外だよ。どんな木でもいい。一流の職人は道具も選ばなければ、材料だって選ばねぇんだ。うおぉぉ燃えてきたぜ。よっしゃー。やったるでー」
近所迷惑レベルの雄たけびを、満足いくまで叫び終わると、事務所のドアを破壊するかのごとく飛び出していった。
「な、なんなんだ……」
嵐が去った後のように、静まり返った事務所に一人残される俺。まぁ元気になってくれたのはいいことだけど……元気すぎるような……ははは、新たなトラブルを持って帰ってこないことを祈るばかりだ。
「こんにちは」
甚さんが倒していった椅子や鉢植えを元に戻していると事務所の入り口から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
開けっ放しのドアから中を覗いていたのは、ベレー帽のような丸い帽子を被ったジールさんだった。
「ジールさん。どうしてここに?」
急いで入口まで出迎えると来客用のソファを促す。客ではないけど、我が社にとっては最重要人物の一人である。なんといっても俺が山賊に斬られて大怪我をした時の命の恩人でもあるし、我が社が借りている建物を格安で貸してくれている家主でもある。どっちにしても頭の上がらない人物であることに変わりないのだ。
「ちょっと仕事で近くまで来たので様子を見にね」
「そうですか。わざわざありがとうございます。ただ……」
「ただ?」
「すいません。まだ事務員がいなくて……お茶も出せないんです」
事務員の松田さんがいれば自慢げに美味しいお茶を出してもらうところだけど、あいにく松田さんはセレンの村に残してきている。傭兵団の二人が来た時はたまたまマルスがいたからよかったけど、そのマルスも今日は仕事でいない。おもてなしのタイミングとしては悪い時に来てくれたものである。
「かまわないよ。それで事務所は無事に開店できたようですね」
「はい、おかげ様で。備え付けの家具や机があったので思ったよりも簡単に。ほとんど使わせてもらってます」
「それはよかった。置いていても古くなるだけなので誰かに使ってもらった方が家具も喜びますよ。ところで……」
そこまで言って一旦間を置く。どうやら今からが本題のようだ。ジールさんのようなやり手の商人が世間話をするためだけに、時間を割いて会いにくるわけがない。となるといったい目的はなんだろうか。
「前に少しだけお聞きしたと思うのですが、ハヤシさんの会社はジンザイハケンガイシャとか……」
「えぇ。人材派遣会社です」
そういえばジールさんの家に招待された時に少しだけ話した気がする。
「確かジンザイハケンガイシャというのは、従業員の能力を活かして他の仕事場で働くものだとも言ってましたよね」
「はい。だから我が社の社員であるマルスも今は剣の腕を活かして、街の傭兵団で働いてます」
「ほぉそれは素晴らしいことです。山賊を一人で倒されるマルスさんが傭兵団にいれば街の治安もよくなって、私も商売がしやすくなります。マルスさんをスカウトするとは、さすがはセシリーさんですな」
ジールさんの言うセシリーとは、あの女性団長の名前である。
「傭兵団の団長と知り合いなんですか?」
「もちろん。彼女が傭兵団に入った頃から知っていますよ。女性ながら剣の腕も素晴らしく、部下からの人望も厚いとか。ぜひ、これからも彼女の助けになってあげてください」
「は、はぁ」
とりあえず返事はするけど、助けになっているのは俺ではなくマルスである。俺としてはあまり関わり合いにはなりたくはない組織だ。
「マルスさん以外には、どんな従業員の方がいらっしゃるんです?」
「えーっと……そうですね」
数少ない従業員の中で、エース的な働きと稼ぎを生み出すマルスを一番に紹介してしまうと……なかなか他の社員を紹介しづらくもある。
「ここの事務所には連れてきてませんが、セレンの村の事務所に事務員と狩人が一人ずつ働いてくれてますよ」
「ほぉ事務員と狩人ですか」
「あとは……」
いるといえばいるけど……大工の甚さんを紹介してもいいものだろうか。キャラクター的に、ぶっきらぼうな甚さんとセレブなジールさんが合うイメージがないんだけど。まぁどうせ紹介したところで、一緒に仕事をすることもないだろう。
「あとは?」
興味深々といった様子の目で訴えかけられると紹介しないわけにもいかない。
「あとは新人ですけど、大工の甚さんとか……ですね」
「ダイク? ダイクとはどんな仕事なのですか?」
ギルドの受付と同じ反応をジールさんもする。やっぱりこの世界では聞きなれない職業であるようだ。
「簡単にいうと木で家を建てたり、家具を作ったりする仕事ですね」
「木で家を……珍しいですね。ただ。家具の方は興味がありますね。どんなものを作られるんです?」
「え……あーそうですね」
思った以上の食いつきに、ちょっと引いてしまう。どんなもの? そういえば甚さんがどんなものを作るのか俺も知らない。うーん、あの世代の大工さんが作りそうな物ってどんなものだ。嫁入り道具になりそうな桐のタンスとかかな。
「ちょうどいま大工の甚さんは外出してて、いつ帰ってくるだろ。帰ってくれば本人から説明させるんですけど……」
さっき飛び出していったばかりなので、すぐには帰ってこないだろう。そんな風に考えていると、なにやら事務所の外が騒がしくなってくる。聞こえてくるのは聞き覚えのある声、それも徐々に事務所の入口に近づいてくるではないか。
「おや、なにやら外が賑やかですね」
ジールさんも何事かと、窓から外を覗こうと立ち上がる。
その瞬間、勢いよく事務所の扉が開け放たれたのだった。




