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その場の勢いで決めたことは、ほとんど後になって後悔するもの


 確信という言葉は安易に使っていい言葉ではない。そのことを改めて俺は実感させられた気がする。やっちまったー……完全に情に流された。俺が一番苦手なはずの情に流されてしまった。はぁ……俺もまだまだ社長としては半人前だな。

 事務所内のソファにもたれかかったまま、俺は今、絶賛反省中だった。

 というのも、もちろん問題というか……反省している原因は昨日雇うことにした大工の甚さんについてである。思わず懐かしさから情に流されて雇ってしまった。本当ならもっとじっくり面接してから決めなければいけないはずなのに。でもまぁ俺も社長として100%情だけで雇うことにしたわけではない。言い訳になるかもしれないけど30%くらいは大工ならギルドで仕事を探して、しっかり働いて元がとれると思っていたからである。なのに……はぁ、思い返すとため息ばかりが出てくる。


 あれは……今日の午前中のことである。大工の甚さんの仕事を探す為、意気揚々と再びギルドの門を叩いた所までは、よかったのだが。


「また貴方ですか」

 出迎えてくれたのは昨日と同じ受付の男性。今日もあいかわらず暇そうである。というか、この人しか受付はいないのか? たまたまシフトの時間がカブッただけなのかもしれないけど。人手不足を疑いたくなってしまう。


「本日はどのようなご用件で?」

「ギルドに登録をしたいんだ」

「ほぉ登録ですか……一応確認させて頂きますが、貴方がですか?」

 デジャブのように、昨日と同じ言葉を投げかけられる。たったの一日で気変わりでもしたと思われているのかもしれない。


「残念ながら俺じゃない。実はうちの会社の社員で新しい奴がいてな」

「別の方ですか……。分かりました。それではコチラの用紙に簡単なプロフィールをご記入下さい」

 少し安心したような表情で、カウンターの下から紙とインク、ペンを取り出す。最初から俺自身は登録する気がないからいいけど、分かりやすく安心されるとちょっとだけ腹が立ってしまう。


「まずは名前を書いて」

 ペン先をインクに付けて、少し茶色く濁った紙に書いていく。さすがに文明の発達レベルからしても、真白で綺麗な紙はこの世界に存在していないのである。

 名前は大工の甚さんでいいかな。えーっと職業は大工でいいとして、性別は男っと……あとは何を書けばいいんだ。


「あのー……少しよろしいですか?」

 途中まで書いていると、受付の男性が口を挟んできた。


「何か?」

「あの……名前と職業に書かれた“大工”とは何でしょう?」

「え? 大工って職業だけど」

「……」

 俺の答えを聞くと、額に手を添えて一瞬考えるような仕草をする。


「不勉強で申し訳ありませんが。大工とはどんな職業なのですか?」

「……マジか」

 どうやらこちらの世界に大工という仕事はないようだ。でも……家が普通に立っているのだから大工のような仕事をしている業種は絶対にあるはずである。例えば建築家とか、家を建てる人みたいな名前で。


「簡単に言えば家を建てる仕事なんだけど。百聞は一見に如かずだな。よし、実際に連れてくるから待っててくれ」

 眉毛の間に濃いしわを作ったままの男性を残し、一旦ギルドの外に出る。ちょうどギルドの建物と隣に立つ建物の間は日の光も射すことがなさそうな暗い小道になっていた。通行人の姿もなさそうである。ここなら大丈夫だろう。

 懐のポケットからカードを取り出すと、召喚の合言葉を唱えた。


「おはようございます。大工の甚さん」

 小道の中に白い靄が漂い、晴れた時には昨日と同じ法被にハチマキを巻いた甚さんの姿がそこにあった。


「おぅ、若社長じゃねぇか。さっそく呼んでくれるなんて嬉しいねぇ。俺も早く仕事がしたくてウズウズしてたんだ。今なら一人で城だって建ててやるよ。それで現場はどこだ?」

 相変わらずの職人気質全開の甚さんは、今にも飛び出しそうな勢いだ。興奮がこちらにも伝わってくるくらい早口である。


「ちょちょっと待った。今日呼んだのはギルドに甚さんを登録するためで、まだ現場で仕事するわけじゃないの」

「なんでぇ仕事じゃねぇのか。まぁいい。それでギルドってのはなんだ?」

「簡単にいうと仕事を見つけてきて、俺達に斡旋してくれる工務店みたいなもんかな」

「なるほどな。合点承知の助ってな。そうと分かればさっさと登録に行こうぜ」

 ギャグのセンスは壊滅的に酷いけど、どうやら理解はしてくれたようだ。ハチマキを締め直す甚さんを連れて、再びギルドの中へ。中では受付の男性が出て行った時と同じ表情、仕草のまま、待っていてくれた。まるでここだけ時が止まっていたかのように。


「お待たせしました。こちらがうちの社員でもある。大工の甚さんです」

 紹介すると、受付の男性の視線は俺の横に立つ甚さんに向けられる。


「おう、もやしみたいにひょろっとした兄ちゃん。よろしくな」

「……」

 初めての衝撃にきっと思考回路が停止してしまったのだろうか。無言のまま男性は遠くを見つめている。


「おい大丈夫か兄ちゃん。ボケっとしてないで。元気出せよ」

「は、はぁ。あの……この荒々しい言葉と言動が大工……ですか?」

「いやいや違うから。しゃべり方は甚さんの個性というか……なんというか。大工の仕事は木材を使って家とか、家具を作ったりする仕事です」

「あ、なるほど。つまり建築家ということですね」

 やっと理解できたのか、眉の間のしわが解消されていく。どうやら思っていた通り、この世界では家を建てる仕事として建築家は存在しているようだ。


「そうそう。その建築家みたいな仕事です」

「おいおい。建築家なんかと俺を一緒にするなよ若社長。俺達大工には俺達なりのやり方や信念があるんだからな。一緒にされたくないぜ」

「ごめんごめん。大工を知らない人に分かりやすく説明する為だから我慢してくれ」

「ち、しょうがねぇーな」

 渋々ながら納得してくれたようだ。これだから頑固で年上な部下を持つと大変である。


「ゴホン。そちらのお話はお済になりましたか?」

「すいません。登録を進めて下さい」

 少し待たせてしまったようだ。


「それなのですが、登録はやめられてほうがよいかと思います」

「どうして?」

「先程、大工とは木材を使って家を建てられると言われましたよね?」

「あたぼうよ。鉄筋やコンクリートばかりの建物なんて邪道邪道。男なら木と瓦の木造建築一本で行かないと、お天道様に顔向けできねぇ」

 法被の袖を肩までまくり上げ、受付のカウンターに片足を乗せたまま甚さんは豪語する。その姿はまるで大工というよりも、時代劇に出てくる荒くれ者のようである。


「鉄筋? コンクリート? まぁいいでしょう。とにかく木材を主にされるのでしたら、当ギルドで紹介できる建築関係の仕事はありません。どうぞお引き取り下さい」

「どうしてですか?」

「簡単なことです。お二人もここに来るまでに街中を見られたと思います。でしたらお分かりの通り、クリプトンの街の住居やその他の建物は基本的にレンガ造りです。木や瓦?といった材料をふんだんに使用した建物は皆無ですし、これから立つ予定はないかと思います」

「あ……」

 そう言われると……そうだ。うちの事務所も完全なレンガ造りの建物だ。


「ご理解頂けましたか? つまり当ギルドに集まる仕事は、そちらの大工さんには適さない仕事ばかりということになります。ですので、わざわざ登録する必要ないかと」

「必要ない……つまり仕事が……ない」

 受付の男性の言葉に、ギルドの入口の扉が俺達を追い出すように閉まっていく音がはっきりと聞こえてくるような気がした。


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