一息つく暇があるなら周りを見た方がいいこともある
「社長、それでは行ってきます」
「おう、気をつけてな」
広い事務所内、ポツンと椅子に座る俺にマルスは小さく会釈をして出ていく。あいかわらず真面目な奴だ。わざわざ声を掛けなくてもいいと言っているのに出勤前には律義に声をかけてくれる。別に悪いことではないけど……新人時代に不真面目だった俺からすれば、痛いところを突かれているようでもあった。
早いものでマルスが騎士団に派遣されるようになって1週間がたつ。最初は少し悩んでいる様子だったマルスも、騎士団で働くことを決め、詰め所に通うこととなった。最初は緊張した面持ちで通っていたようだけど、いつしか騎士団の仲間にも慣れたのか、最近では少し楽しそうな表情をするようにも見える。まぁ雇い主としては社員が楽しく働いてくれるならそれに越したことはない。それにマルスが騎士団で働けば働くほど、毎月銅貨50枚が降ってくるようなものだ。美味い話には気をつけろというけど、これは気をつける必要もないくらいだろう。ヒヒヒ。思わず気持ち悪い笑いが出てしまうほどだ。
「さて、そろそろ時間だな」
窓際の日時計を見ると、いい時間になっていた。いつも通りであるならは、そろそろ事務所のドアが開くはず。
「こんにちは」
思った通り事務所のドアが開くと、聞きなれてきた男の声が聞こえてくる。マルスと違ってはきはきとした元気な声だ。
「時間通りだな」
「ハヤシさん、こんちは。手紙があるって聞いたけど」
「おう、ここにな」
この男はロイド。見た目からしてまだ幼さの残る少年のようだけど今年で20歳になる立派な大人である。きっと目元のそばかすが余計に幼く見せるのだろう。彼はクリプトンの街の中央部に大きくそびえる5階建ての建物で働いている。なんの仕事をしているかというと交易文化交流所で働いているらしい。最初に名前を聞いた時には何の仕事をしているのか全く分からなかったけど、詳しく聞いてみたところ街や村を行き来して荷物や手紙、伝言を運ぶ仕事らしい、つまり元の世界でいう宅配便と郵便が合体したような仕事だろう。
ちなみにロイドのことはジールさんが紹介してくれた。ちょうどセレンの村に残してきた佐久間に手紙でも書こうと思っていたのでタイミングもよかった。
もちろんむこうの様子も気になっている。
元の世界ではメールや電話が当たり前だったので手紙なんて久々に書く。だからか字がミミズのように震えてしまう。自分の字の汚さにちょっとひいてしまうくらいだ。
書き始めたのはいいけど何から書こうか。とりあえずはクリプトンの街で事務所を無事にOPENしたことはいるよな。事務所の場所も書いておこう。そうすれば向こうからも手紙が送れるはずだ。そしてマルスが騎士団で働き始めてそこそこ稼ぎができたこと、あとは……うん、山賊に襲われて死にかけたことは書かないでおこう。
下手に書いて心配させる必要もないし、佐久間のことだから心配しすぎて、追いかけてこられても面倒だ。
こうして書き終わった手紙を白い封筒の中に入れてロイドに渡す。
「どうも。じゃあ預かっていきますね」
「あぁよろしく頼む」
出来上がった手紙を受け取ったロイドは、帽子をかぶりなおすと事務所を出て行った。
ほんとに元気な奴だ。小さな台風がやってきたように、ロイドが出ていくと急に事務所の中が静かで寂しく感じてしまう。
「手紙も無事出したし、俺も出かけるか」
来客の予定もないし、今日は行きたい場所があった。
事務所の入り口をしっかり施錠して、向かうは表通り、目指す場所は冒険者ギルドのクリプトン支部だ。騎士団の二人に話を聞いた時から、一度行ってみようとは思っていた。業種的に似ているところもあるし、なんとなく上手く利用できる気もしていた。
表通りを歩いていると、たくさんの人とすれ違う。さすがはセレンの村と違って大きな街である。通りを歩くだけでも賑やかさが目と耳に伝わってくる。
ざっくりとした場所しか調べてなかったけど、思った以上に目立つ造りの建物が見えてくると、自然とそこが目指しているギルドだと分かった。でっかい剣のレプリカが屋根に刺さっている建物だとは聞いていたけど……今、目の前にある光景はまさに言葉のまま。本当に屋根に剣が刺さっている。まぁ分かりやすいからいいけど……悪趣味な建物だ。
両開きの扉を開けると、酒場のように広い空間が最初に出迎えてくれる。椅子やテーブルが並んでいるところを見ると、酒場のように酒や食事をすることもできるスペースなのだろう。奥に横長のカウンターテーブルがあり、元の世界でいう市役所の窓口見たいに区切られている。今の時間は冒険者も少ないのだろうか、ギルド内にそれっぽい人の姿はなさそうだ。それに受付のカウンターにも男が一人、暇そうに座っているだけである。
「あのー……ここってクリプトンの冒険者ギルドですよね?」
「えぇ……初めてですよね? 冒険者登録を?……失礼ですが、貴方がですか?」
疑うような目線で俺の体を下から上へとなめるように見定めていく。冒険者には屈強な男が多いらしいから、きっとひ弱な元営業マンの体付きを見て、驚きと困惑が同時に襲ってきているのだろう。
まぁその通りだからしょうがない。別に俺も自分が冒険者になろうなんて一ミリも思ってはいない。そんな危険で面倒なことしたくないし、社長の俺は椅子に座ったまま楽をして儲けたいだけ。もちろん登録するのは召喚ガチャで召喚した人材。ただ実際に召喚する前に、冒険者ギルドのシステムくらいは聞いておいても損はないだろう。
「いや、俺じゃなくて知り合いが登録する予定なんだ。で、手続きのしかただけ聞いておこうと思って」
「……そうですか。そうでしょうね。でしたら簡単にご説明します」
安心したように言うのがちょっとムカつくけど我慢我慢。
「冒険者ギルドでは、ギルドが認めた冒険者の方々に依頼される仕事を斡旋し、無事依頼をこなされた方に相応の報酬をお支払いしています。依頼はA~Eまでの5段階に分けられていて、一番高難易度で高報酬なのがAランク、簡単で報酬も少ないのがEランクとなります。依頼だけではなく冒険者にもギルドが指定するランクがあり、これもA~Eの5段階に分けられています。基本的に冒険者は同じランクの依頼もしくは下の依頼を受けることができます。冒険者自身のランクより上の依頼を受けたい場合は、ギルドの上層部がOKしないと受けられません。冒険者としてのランクを上げるには所定の回数、依頼をクリアするか
上層部の判断で上がるかの2通りです。ただ、特例でのランクアップはほとんどありませんので、基本的には地道に依頼をクリアすることでランクも上がっていきます。先程も言いましたが上のランクの依頼になれば高額な報酬が手に入り、下のランクは安い報酬となります、もちろんそのかわり上のランクの依頼ほど危険性も高くなります。依頼を受けている最中の怪我や死亡などについて、ギルドは一切責任を負いませんので、あしからず」
「なるほどね。ちなみにギルドに登録するのは無料とか?」
「残念ながら有料です。登録料は初回銅貨10枚、年会費銅貨1枚となります。なので初回の登録時には銅貨11枚お支払い頂くこととなります。ですが、最低ランクのEランクの依頼の平均報酬が銅貨5枚程度なので、Eランクの依頼を2~3回程度クリアすれば元が取れてしまう安価な登録料となっています」
つまり、Eランクの依頼をクリアできないような奴は登録しないほうがいいぞってことなのだろう。直接言われていなくても、なんとなく言葉の節々から伝わってきていた。
「ちなみに依頼内容なんかは開示されているのか?」
「依頼については、ほとんどはあの壁に張り出されています」
「ほとんどってことは、張り出されてないのもあるってことか?」
「……えぇまぁ」
言いたくないのか、分かりやすく目を下に向ける。
初めてきた未登録の男に、これ以上は教えてくれないようだ。どんなものにも一般公開していないものがあるなんて当たり前だろう。どっかの求人サイトみたいなものだろう。
「どうしますか? せっかくでしたら貴方自身も登録されますか?」
「いや、いい。また今度。知り合いと一緒にな」
なんとなくギルドのシステムや情報を知ることができたので、今日のところは退散しよう。実際に登録する時は、また誰かを召喚した時だろうし、まずはマルスの稼いでくれたお金で久々のガチャの時間のようだ。




