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剣振って地固まることもあるらしい


「おりゃー。ふん。ふん」

 器用に鞘に入った剣を振り落とす。右、左、並みの使い手なら防ぎきれずに倒れていてもおかしくないような斬撃だ。すごいのはそれを耐えしのぐマルスの腕もである。


「はぁはぁはぁ」

 さすがのホルスも疲れたのか、一歩引いて間合いを取ると、荒い息を落ち着かせる。


「貴様、戦う気はあるのか? 逃げ周りおって」

「……それは……あの」

 言葉に詰まった様子のマルスが、目で何かを訴えてくる。

 え? 何? 俺が何かしたっけ? もしかして……思い当たるのは模擬戦の前に言った「怪我には気をつけてな」という言葉。まさかアイツ、ずっと俺の言葉を命令と勘違いして守り続けていたのか。そんな……どんだけクソ真面目なんだ。


「マルス。いいから好きに戦ってくれ」

「は、はい」

 どうやら本当に俺の何気ない言葉を真摯に受け止めて守っていたようだ。解放されたように引きつっていた顔に柔らかさが戻ったように見える。そしてすぐに上体を少しだけ低くして腰にさした木刀に手を添える。

 山賊との闘いでも見せていた構えだ。


「どうやらマルス殿もやっとやる気になってくれたようですね」

「そうみたい……です」

 まさか俺が縛っていたとは口が裂けてもいえない。特に短気そうなホルスには絶対だ。


「ふん。なんの構えか知らんが行くぞ」

 再び剣を握りかえしたホルスは、振りかぶったまま突撃する。疲れているはずなのに、先程までの動きよりさらにスピードが上がっているように見える。


「なるほど。ホルスもまだ力を温存していたようです。これは面白くなりそうだ」

 決闘ではなく模擬戦だと言っていたくせに、隣で戦いを見守る団長はずいぶん楽しそうだ。本心ではきっと全力で戦い合ってほしいようで、この人もきっと戦闘好きの戦闘狂に違いはなさそうだ。好きにやれとは言ったけど……やっぱり怪我は気を付けてくれマルス。

 俺の祈りが届く前に、マルスに向かってホルスの振り下ろした剣が襲い掛かる。その瞬間、地面の砂が舞い上がり砂煙が二人の姿を隠す、晴れた時には、膝をついたホルスの喉元に木刀の剣先を突き付けるマルスの姿があった。


「そこまで。勝負あり」

 団長の声に、マルスは木刀を退く。

 よく見ると、ホルスの持っていた剣は少し離れた位置に落ちていた。

 しかし……いったい何があったんだ。砂煙のせいで全く分からなかった。とりあえず怪我もなくマルスが勝ったことはよかったけど。


「素晴らしい。あの追撃を弾き、相手の懐に一瞬で攻め入るとは……」

 隣の団長は興奮したように、何やらブツブツと呟いている。さっきの戦いの一部始終が見えていたようだ。悔しいけど……ちょっと気になってしまう。


「あのー……」

「いや、だがスピードを活かして、でも木刀だからブツブツ、ブツブツ」

「あのーもしもーし。聞こえてますか?」

「うん? あぁすまない。ちょっと考え事を、それで何か?」

「いえ、あの一瞬の間に何があったのかなっと思って」

「あぁそれですか。剣術の覚えがないハヤシ殿には見えませんでしたか」

「え……はい」

 嫌味には思えないくらいハッキリ言われると、逆に傷ついてしまう。すいませんね、一人だけただの素人で。


「私の言ったことは気にしないでほしい。大した意味はないです。それでホルスとマルス殿の戦いだが。ホルスが斬りかかったところまでは見えていたと?」

「えぇ、その後、砂煙が舞い上がったので」

 二人の体が、タイミングよく隠れてしまっていた。


「あれもマルス殿の技の一部でしょう。細かく素早い動きが地面の砂を巻き上げてしまった。偶然といえば偶然ですが、運も実力のうちともいいます」

「……そういうものですか」

 マルスが狙ってやったとは思えないけど、砂地の裏庭での模擬戦が上手くマルスに有利に働いたのだろう。


「砂煙の中で、ホルスの振り下ろした剣をマルス殿は見事に避けました。ですが、それはホルスの狙いでもあったのです。避けられると分かっていて、二の矢を用意していた。それが振り下ろしからの振り上げ、剣を下ろした力を逆手にして、勢いよく振り上げたのです。これはさすがのマルス殿も避けることができなかったようです。ただ、それすらマルス殿は読んでいたのでしょう。追撃の振り上げが来ることを見越して、一撃を避けた後、すでに避けることを捨て、木刀をしっかり構えていた。タイミングよく振り上げられるホルスの剣を、木刀による横一閃で弾き飛ばし、そのまま一歩踏み込みこむ。相手に落とした剣を拾う時間を与える間もなく間を詰められてしまえば、卓越した技量と肉体を持ってしても打つ手はありません。ホルスも喉元に剣先を突き付けられているので、起き上がることもできなくなり、降参するしかなかったのでしょう。まさに攻撃と防御が一心同体。実に素晴らしい」

「あ、そうですか」

 最後はマルスへの感動の言葉で終わったようだけど、団長の長ったらしい説明で、なんとなく何が起きたのかだけは分かった気がする。


「お疲れ。マルス」

「あ、ありがとうございます」

 木刀を腰に戻したマルスが戻ってくる。見た感じも怪我はなく。労災の心配はなさそうだけど……どちらかといえば心配なのはコッチではなくアッチのほうだ。意気揚々と喧嘩を売ったのに、あっけなく負けてしまった。騎士としても、男としてもかなりショックのはずだ。面倒なことになる前に、上手く団長が治めてくれればいいけど。

 未だに膝まづいたままのホルスに、団長は近づくと拾い上げた剣を渡す。


「納得できたようだなホルス。マルス殿の腕が」

「はい。申し訳ありません」

 そう言ってホルスはゆっくりと立ち上がり、差し出された剣を受け取る。


「謝る必要はない。勝負には時の運というものもある。今日が駄目でも、また鍛錬を行い強くなればよいではないか」

「はい。ありがとうござます。団長」

 あれ? 思ったよりもすんなりとホルスも納得しているようだ。もっと怒りで暴れるかと思ったけど、そこはさすがに騎士団の副団長である。大人な対応もできるようだ。


「では、ハヤシ殿、マルス殿。話の続きは部屋に戻ってからでよろしいかな?」

 こちらの返事を聞く前に、団長はホルスを従えて、うちの事務所のある建物へと向かっていく。そういえば本題は模擬戦ではなかったのだ。すっかり忘れていたけど、マルスに頼みがあるとかなんとか言っていたような。思い出せないけど、ここまでくれば、とにかく話を聞くしかなさそうである。


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