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ベットから本当に落ちた人に会ったことはない


 次に目が覚めたのは翌日の事だった。まさか丸一日寝てしまうなんて自分でもビックリしたけど、それくらい体が疲れていた証拠なのだろう。

 目が覚めた時、最初に視界に入って来たのは無精髭のおっさんだった。


「よぉ、お目覚めか?」

 無精髭のおっさんことガンツは片手を上げて爽やかに言う。顔がイケメンならヒロインの目覚めを保健室で待つ、学園ドラマの王子様のような仕草である。

 しかし、まさかコイツ……俺が起きるまでずっと待っていたのか? という疑問が浮かんだけど、面倒なので聞くのはやめることにした。

 コイツに割く時間すらもったいない。


「なにしにきたんだ?」

「おいおい、なにしに来たは失礼だろ。人がせっかく心配して見舞いにきてやったのに」

「手ぶらでか?」

「物はない。だがお前の知りたい情報なら持ってるぞ」

「情報? なんだよ。勿体ぶらずにさっさと言え」

「分かったよ。情報っていうのは、お前が倒れた後のことだ。どうせ気になってるんだろ?」

「う……それは」

 悔しいけど、確かに意識がなくなってから、どうやって助かったのか気にはなっていた。でもまさかコイツから聞くことになるとは、ちょっとだけムカつくのは俺だけだろうか。


「で、俺が意識を失った後……どうなったんだ? 確か山賊の頭が一人残っていた気がするけど」

 記憶に残っている最後の光景は、山賊の頭がマルスに向かって大きな斧を振り下ろしている映像だった。


「そうだ。あの時、山賊の頭はお前とお前の仲間である剣士を殺そうとして斧を振り下ろした。が、お前が生きているってことは二人を助けた奴がいる。そう、そこで二人を助けたのは……」

 ワザとらしくガンツは一旦間を空ける。


「助けたのは?」

「実は俺なんだ」

「……え?」

「だから俺なんだよ。必死に痛みを我慢して立ち上がった俺は、マルスって奴を庇うように折れた剣で斧を防いだ。そして渾身の力を込めて横一線に剣で薙ぎ払い、動揺した山賊を斬り伏せたというわけだ。熟練の敵だったが、急に復活した俺にビビって最後は呆気ないものだったぜ」

「……」

「な、なんだよ……その目は……」

 黙ったままジーっとガンツの様子を見つめる俺の視線に、少し狼狽えたように後ずさる。


「嘘だな」

「は?」

「短い付き合いだけど、お前って嘘がつけないキャラだもんな」

「な、なに言ってんだ、だよ。ははは、嘘じゃないって……キ、キ、キャラってなんだよ」

 分かりやすく動揺した様子のガンツは、口が上手く回っていない。

 やっぱり俺の勘は正しいようだ。どう見ても筋肉だけが頼りの脳ミソ筋肉バカにしかみえないガンツが嘘なんてつけるはずもない。それにあの時のガンツの怪我は、素人目に見ても戦えるような軽い傷ではなかったような気がする。


「で、本当の事をさっさと話してくれ」

「チ……分かったよ。実はだな……」

 諦めて白旗を上げたガンツの話によると、俺が意識を失った後……振り下ろされた斧を弾いたのはガンツの剣でもなければ、咄嗟に現れたピンチヒッターでもない。その場で震えていたマルスの木刀だった。もちろん木刀が勝手にひとりで動くわけもないので、正確にはマルスが握った木刀が、斧を弾き飛ばして、意識を失ったままの俺を守っていたのだ。


「マルスが戦ったのか?」

「あぁ、あれは狂気だったな。見てるこっちも震えてきたぜ。木刀を握ったマルスは何かに取りつかれたようにブツブツと小さく呪文のような言葉を呟きながら、斧を構え直した山賊に近づいていくと、一瞬で木刀を脳天に叩き落としていた。それで勝敗は誰の目から見てもハッキリしたんだが……」

 そこまで言うと、言いにくそうにガンツは目を泳がせる。

 まったくわかりやすい奴だ。嘘もつけないけど誤魔化すのもヘタとみた。俺に気をつかってくれているのだろうけど、社長として社員の行いは最後まで知っておく義務がある。余計な気遣いはまた今後もらうとしよう。


「俺はいいから。続きを話してくれ」

「あ、あぁ。それで……泡を吹いて倒れた山賊の頭に向かってマルスはずっと木刀を振り下ろしてたんだ。何回も何回も……相手はもう意識もないのに……」

「……マジか……」

 あの温厚で血が苦手なマルスからは想像もできない光景である。


「さすがにこのままだと不味いと思ってな。俺も痛む体にムチ打ってマルスを後ろから羽交い締めにして止めようと思ったんだが……」

「できなかったと?」

「あぁ、本当にアイツは何者なんだ? 俺なんて簡単に投げ飛ばされたよ」

 マルスによってガンツが簡単に投げ飛ばされる。こっちの光景はなんとなく想像できた。


「じゃあ誰がマルスを止めたんだ?」

「それが俺にも分からないんだ。俺を投げ飛ばした後、急に動かなくなったかと思えば……いきなり白い靄に体全体が包み込まれていって……靄がなくなった時にはマルスの姿もなくなっていたんだ」

「……白い靄」

 ガンツの話からすると、きっとマルスはカードの世界に戻ったことになる。でもどうして? 俺が強制的に戻したわけでもないし、勤務時間が終わったわけでもない。それなのに勝手に……。


「なんなんだアイツ? 誰かが言ってたけど、アレはお前の魔法なのか?」

「魔法ではないけど……まぁ似たような物だ。俺もよく分からん」

「変な力だな。まぁいい、とにかく俺の知っている話は以上だ」

「ありがとな。話してくれた」

 雑な説明ではあったけど、一応は礼を言っておく。結果的にはコイツのおかげでなんとなくだけど、全容が見えたようなきがする。


「やめろよ。命を救われたのはこっちだ。護衛の俺があっさりやられるなんて護衛失格だな。俺も一から鍛えなおすとするぜ」

 そう言うと、最初と同じようにカッコつけて片手を上げると部屋を出て行こうとする。


「あ、そうだ。最後に一つ……ジールって人を知ってるか?」

「ジール? あーそういえば聞いたことあるな。クリプトンの街で店を持っているお金持ちだとか……俺が知っているのはそのくらいだな。気になるなら会いにいってみろよ。街外れに豪邸があるらしいぞ」

「豪邸か……」

 なるほど、金持ちなら治療費の銀貨10枚くらい簡単に払えるわけだ。ただ、俺の為に金を出してくれる理由がまだサッパリだ。その辺は直接聞いてみるしかないか。


 ガンツが部屋を出ていくと、さっそく俺は治療のお礼も兼ねて、ジールという人物に会いに街外れの豪邸に向かうことにした。


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