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時には矢面に立つのも仕事の内


「背に腹は代えられないって言ったんだよ。おはようございますマルス」

 瞬時に鞄からカードを取り出すと、召喚の合言葉を唱えた。すると目の前にいつものように人をすっぽり覆い隠す煙が湧きあがり、煙が晴れるとそこには召喚されたマルスの姿があった。


「な、なにもないところに人が出やがった。てめぇ魔術師だったのか?」

 狼狽えたように山賊達に動揺が走る。

「魔術師?」

 変な勘違いをされたようだけど、まぁなんでもいいや。それよりも魔術師がいるってことはこの世界に魔法があるってことか……興味はあるけど、ますますファンタジー色が強くなってきやがったな。佐久間がいたらきっと喜んでいたはずだ。


「あの……社長。この状況は?」

 山賊も驚いているけど、召喚された本人が一番テンパっているようだ。


「悪いなマルス。初陣がこんな絶対絶命な状況で。でも俺達の命運はお前にかかっている何とか頑張ってくれ」

 無責任な発言だけど、頼れるのがマルスだけというのは本当のことだ。


「……分りました」

「とにかく時間を稼げば街から助けがくるらしい。無理はするなよ」

「いえ、社長が僕を信頼して召喚してくれたんです。なら僕は最後まで社長の為に戦います」

 恥ずかしげもなくマルスは、歯の浮いたようなセリフを真顔で言いきる。カ、カッコいいじゃないか、俺が女なら絶対に惚れているレベルだ。正直ちょっとドキッとしたじゃないか。しかしイケメンでこんなにカッコいいセリフを言えるなんて……これで血が苦手じゃなければ完璧だったのに……はぁどんなにカッコよくても実際は木刀の剣士である。敵を倒すというよりは、とにかく第一目標は時間稼ぎだ。なんとか耐え忍んでくれマルス。


「野郎ども。まずはその木刀を持ったひ弱な兄ちゃんから痛めつけてやれ」

「よっしゃー」

 頭の命令にナイフや斧を持った手下達5人がチームワークよくマルスを取り囲んでいく。多勢に無勢とはこのことだ。山賊だから卑怯なのは当たり前だけど、卑怯すぎるぞ。


 取り囲まれた状況でもマルスは慌てた様子もなく、じーっと周囲を見つめている。次の瞬間、ゆっくりと上体を低くすると目を閉じた。


「ふー……」

 マルスの吐く息の音だけが、妙にはっきりと聞こえてくる。


「バカな奴。敵の前で目を閉じてやがるぜ。ビビってるのか?」

 嘲笑うように手下の一人が斧の柄で自らの肩をトントンと叩きながら、マルスに近づく。

 その瞬間、腰にさした木刀にマルスは手をかける。


「柳生神典流奥義 五月雨」


 何も見えなかったというのが……正直な感想だ。

 マルスが何かを呟いたと思ったら……目の前には口から泡を吹いて倒れる手下の姿があった。

 マジか……これをマルスがやったのか……今もマルスは木刀に手を添えたままの姿で一ミリも動いていない。恐ろしいほどの集中力だ。これが銅貨50枚の力?


「な、なにしてんだバカ。1人でいくな。ぜ、全員で取り囲んで一気にいけ」

 マルスの異様な雰囲気を感じとった頭のしゃべりから焦りの色が感じられる。

 これはもしかすると……もしかするかもしれない。嫌血で木刀だけど……もしかしてマルスって掘り出し物だったのかもしれない。こうなれば俄然、応援する俺の声にも力が入ってくる。


「頑張れよマルス。敵は4人で囲んでくるぞ」

 極限まで集中した様子のマルスから返事はない。


 じりじりと山賊の手下4人が慎重にマルスに近づいていく。先程の手下と違い油断した様子もない。それでもマルスは変わらず目を閉じたままだ。

 あと一歩のところまでにじり寄った4人が目配せをする。飛び掛かるタイミングを合わせているようだ。

1人の手下が合図をすると、4人は一斉に飛び掛かった。


「柳生神典流奥義 一閃」

 またしても見えているかのようにマルスはタイミングよく動く。すると一瞬で、襲い掛かってきた4人の手下が、デジャブのように地面に頭から倒れていた。


「す、すげぇ」

 肩を押さえたままのガンツも思わず声を漏らす。驚きで痛い事も忘れているようだ。


 死んではいないと思うけど……倒れている手下たちは素人が見てもすぐに意識は戻らない気がした。それくらい見事に5人ともマルスによって一撃でノックアウトされている。


「ぐぅぅ……くそ……つかえない奴ばかりだ」

「どうする? 逃げたほうがいいんじゃないか?」

「うるせー。手下をやられたまま逃げられるか。なめるなよ」

 俺の言葉に余計に火がついてしまったようだ。地面に刺していた大きな斧を抜き取ると、マルスに向かってツッコんでいく。


「柳生神典流奥義 五月雨」

 マルスの一撃が、頭の顔に剣道の面のように叩き込まれる。


「ぐぅ……やりやがったな」

 顔を手で押さえながら一歩後ろに飛び退く。さすがは頭だけあって、他の手下にくらべて少しはタフでる。それでも直撃を受けた鼻は赤く腫れ、子供のように鼻血が垂れていた……鼻血……?


「……マズイ」

 気づいた時には遅すぎた。鼻血を見たマルスは空気が抜けた風船のようにヒョロヒョロとなって座り込む。あんなにカッコよかったマルスはどこへやら……敵を目の前にして足を抱えて震えている。


「へ、なんだかわかんねぇけど、形勢逆転だな」

 斧を再び握ると、頭は鼻血を垂らしたままマルスに襲い掛かる。くそー鼻血さえ出ていなければ……それを早く拭いてくれ。といっても願いは届かず。


「よくもうちの手下をやってくれたな。死ねぇー」

 震えたままのマルスに向かって大きな斧は振り下ろされてしまう。


「……マルス」

 気づいた時には思わず体が先に動いていた。

 振り下ろされる斧からマルスを庇ってしまう俺……もちろんカッコよく避けているわけもない。つまり……今まで味わったことのない激痛が体中に走っていた。

「う……ぇ……」

「しゃ、社長……どうして?……ひぇ」

 マルスの上に倒れ込む俺を、震えながら抱きかかえる。


「知るか……勝手に体が動いたんだよ。う、ぐぅ……」

 斬られた背中に再び激痛が走る。ドロドロとした何かが体から流れていく気持ちの悪い感覚も襲ってくる。

「そ、それに……お、お前に……怪我をされたら……我が社のだい……損失だからな。はぁはぁ」

 月給銅貨50枚のマルスに怪我されて、払える労災があるわけもない。どっちにしても大損害だ。


「バカな奴らだ。死に急がなくても順番に殺してやるのに。次こそ木刀野郎の番だ。覚悟しろ」

 勝ちを確信した様子の頭は、俺の血がこびりついた斧を片手に近づいてくる。

 かたやこっちは嫌血で震えたマルスと動けない怪我人が2人だけ……絶対絶命のピンチだ。それに俺の意識も徐々に……保つのが苦しくなってきた。


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