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戦いにおいても質より量である



 荷馬車を覆う幌の隙間から外を覗くと、見るからに人相の悪い男達が馬車の前で通せんぼをしていた。どうやらアイツらが山賊のようである。

 隙間から見える人数は5人ほど、他に仲間がいるのかは分からない。最終手段であるマルスを呼び出すのはまだ待ってみよう。俺を含めた乗客に戦える者はいないだろうから、とりあえず護衛であるガンツに頑張ってもらうしかないようだ。


 山賊達が剣を振り上げている中で、運転席からゆっくりとガンツが降りていく。その表情は落ち着いていて、人数差など気になっていないようだ。


「お前ら、命が欲しかったらさっさと消えろ」

 腰に下げた鞘から剣を抜き取ると、低く響き渡る声でガンツは威嚇する。さっき話した時の豪快に笑う姿からは想像できない、できる男の雰囲気を纏っていた。

 その様子に、取り囲む山賊達も迂闊に動けないでいるようであった。


 もしかして……ガンツ一人でどうにかなるのではないか? 余計なフラグを立てる奴だとは思ったけど、それも実力からくる自信だったのだろう。うん、きっとそうだ。あーよかった。隙間から覗くのをやめると、俺は元いた場所に戻って座った。安心したら眠くなってきたな……同じように荷台に座る乗客たちはまだ怯えているようだけど、俺だけは何故かガンツの勇ましさに安心できていた。あとは山賊達が逃げていくのを待つだけ……。


 そう思っていたら……。

「ぐぇ……がぁ……」

 幌の外から聞こえてくるガンツの苦しそうな叫び声。ま、まさか……再び隙間から外を覗いてみると、肩から血を流すガンツの姿があった。

 ガンツの持っていた剣は先端が折れ、囲んでいた山賊は一人もケガがなくピンピンしていた。

 あれ……さっきまでの威勢はどこに……完全に負けているではないか。

 あの役立たずの護衛め、関羽みたいな髭をしているくせに、全然一騎当千でもなんでもないじゃないか、敵を一人もやっつけないまま斬られるなんて、見掛け倒しにもほどがある。


「怖いよ、お母さん」

 みかんをくれた男の子が、母親に抱き着く。その目は真赤に腫れていた。


「よしよし、きっと大丈夫だからね。きっと街から助けがくるから」

 母親は男の子の頭を撫でながら励ますように言う。

 街からの助け……そんな者がホントに来てくれるのか?


「あの、その話って本当ですか?」

「え? あぁ助けのこと?」

「はい。街から来るって話です」

「どれくらいの時間になるかは分からないけど、街の傭兵が村と街を行き来する馬車を管理して守ってくれているんです。だからきっと到着が遅れた馬車があれば助けにきてくれるはずです」

「……なるほど、そういうことか」


 母親の話からして街から助けが来てくれるのは間違いなさそうだ。ただ問題は時間だな。すぐすぐってわけではないようだ。それでも少しでも時間稼ぎができればどうにかなるってことか……。


「……しょうがない」

 鞄に手を突っ込みマルスのカードを握ると、狭い馬車の中で俺は立ち上がる。


「ちょ、ちょっとあんた戦えるのかい?」

 心配そうに母親が尋ねてくる。


「戦えませんよ。だってただの人材派遣会社の社長ですから。でも俺には護衛の人材がいますから?」

「護衛? 人材?」

 そう言って荷馬車から飛び出す俺を、母親は子供を抱いたまま不思議そうに見つめていた。


「さて、どうしたものか」

 カッコよく出て来たものの、どうやって時間を稼げばいいだろう。荷馬車の影からガンツの様子を覗いてみると、頭のような男と子分達3人に詰め寄られて絶対絶命の様子。あれ? そういえばもう一人子分はいたような。もう一度数えてみても合計4人。さっきまで5人の山賊がいたような気がしたけど……片手の指で何度も数えていると、背後から男の声が聞こえた。


「おい、お前何してる? 客だなお前」

 振り返ると幌の隙間から見えていた山賊の一人が俺に剣を向けていた。


「動くなよ。動くと殺す」

 殺すという言葉に体が思うように動かなくなる。元の世界では感じることのなかった死の恐怖からだ。


「殺されたくなかったら手を上げて進め」

 震える手をゆっくり頭の上にあげると、背後から剣先を突き付けられながら荷馬車の前に押し出される。その様子に他の山賊達も気づいたようだ。


「頭、客が一人覗いてたんで連れてきました」

「おぉでかした。とりあえずヘボ護衛の横に座らせておけ」

「へい。おら動け」

 背中に衝撃が走ると、いつのまにか頭から地面に突き飛ばされる。


「イテテ……」

 顔を上げると、苦しそうな表情のガンツの顔が目の前にあった。


「はぁはぁ、大丈夫か兄ちゃん」

「そっちこそ」

 俺の心配よりも、自分の方がかなりの深手を負っているだろうに。手で押さえている傷口からは赤い血が服をにじませていた。


「さて、街から助けが来る前に金品や女は貰って行こうぜ」

「いやっほー」

 頭の号令に、山賊達がいきり立つ。

 ますますヤバいな……こうなってはしかたがない。


「チ、背に腹は代えられないか……」

 どうせ殺されてしまうなら、一か八かアイツを召喚したほうがマシだ。

 余計な日給は発生してしまうけど。


「うん? なんかいったか兄ちゃん」

 ガンツの問いかけに俺は、山賊達に気づかれないように鞄に再び手を突っ込むのだった。



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