出会いと別れは表裏一体
「別れって……どういうことっスか?」
見る見るうちに佐久間の表情が曇っていく。
「嫌っス。こんな世界で先輩と会えなくなるなんて……」
「は? 馬鹿、何か勘違いしてないか?」
「え? だって先輩がお別れだって……」
「それはだな……」
俺の言い方が悪かったのかもしれないけど……まさか、佐久間がここまで真面目に受け取るとは思ってもいなかった。ちょっと罪悪感がでてしまう。
「簡単にいうと新しく支店を出そうと思うんだ」
「支店っスか?」
「そうだよ。元の世界でも事業が上手く回り始めたら会社の規模を拡大するために、新しい店舗や支店を増やしていくだろ」
「そうっスね」
「俺達の会社もアズサが狩ってくる毛皮のおかげでこれから安定した収入が期待できるだろ。毛皮だって高く売れることが分かったし」
そのおかげで手元にはまとまった金があるのだ。
「だから、このお金を元手に新しい支店を開店しようってわけだ」
「支店を作る理由は分かったスけど……それと別れにどんな関係があるっスか?」
「ニブイやつだな。つまりこの村の事務所はお前に任せて、俺は一人で別の街に支店を開きにいくから、しばらく別行動でお別れだなってことだ」
「なるほどそういうことっスか……って……えー?」
やっと理解したと思えば、こんどは頭の中がパンクしてしまったのか驚いたように目を見開く。コロコロと感情が変わって忙しい奴である。
「事務所を僕に任せるっスか……それもですけど、連れて行ってくれないんスね」
どうやら一人残されてしまうことのほうがショックのようだ。
「あのな、俺だって連れていこうとも思ったけど、さすがにアズサと松田さんだけに事務所を任せるわけにはいかないだろ」
現実問題二人は時間勤務で、勤務時間が終われば元のカードの世界に戻ってしまう、そうなってしまえば事務所に誰もいなくなる。それだけは避けないといけないだろう。
「……そうっスね」
「だからとりあえずはお前に任せて俺は一人で支店を開けそうな街に行って事務所を開く準備を進めるわけだ。まぁ支店が上手くいったら、すぐにお前も呼んでやるから期待してろ」
「絶対っスよ」
呼んでやるという言葉に、佐久間の機嫌も少しは回復したようだ。あいかわらず分かりやすい奴だ。
「ということで、さっそく戻ったら今後のスケジュール決めとガチャだな」
「ガチャは引くんでスね?」
「一人とはいったけど、さすがに村の外にどんな危険があるか分からないからな。ボディーガード兼雑用兼荷物持ちとして使えそうな奴をガチャで召喚できればいいけど」
上手くいくか分からないけど、今なら金はある。銅貨50枚のガチャだって引くことができるくらいにだ。
事務所に戻ると、さっそく机の上に全財産であるお金を並べていく。ガチャを引く前に使える銅貨を確認しておこう。
ちなみに佐久間は給湯室にお茶を注ぎいっている。行商人が村にやってきた今日は、曜日感覚のないこの世界において、うちの会社の中では週末扱いになっていた。ただ、単純に元の世界と同じように7日ごとに区切っているだけではあるけど、とういうこともあってアズサと松田さんの二人は休みである。酷いブラック企業と違ってクリーンなホワイト企業である我が社は、ちゃんと週休2日制を守っているのだ。エッヘン、まぁ普通のことだけど。
「お茶入ったっスよー」
おぼんを手に佐久間が給湯室から戻ってくる。おぼんの上で湯気を上げているお茶はもちろん松田さんに作り置きしてもらったものなので上手いことはいうまでもない。
「お金はどれくらい残ってるっスか?」
「そうだな。えーっと村長に借金の銅貨40枚を返したから……」
今の手元には銀貨1枚と銅貨が10枚、ここからアズサと松田さんの給料の15枚を引いて残りが銅貨95枚、俺が支店の開業の為に持っていく金を15枚、先々のアズサと松田さんの給料も含め佐久間に渡しておく金が銅貨30枚、そうすると残りは銅貨50枚となるわけだ。ちょうど銅貨50枚のガチャは引ける。我ながらすばらしい資金計算だ。
「よし、さっそくガチャオープン」
目の前には見慣れてきたガチャが現れる。
今回は銅貨を50枚入れてみる、1枚づつしか入れられない投入口に、一枚づつ入れていくのは意外に地味で面倒な作業だ。やっとのことで50枚入れると、液晶画面に銅貨50枚と表記される。これで準備はOKだ。あとは祈りを込めながらレバーを回すだけ。頼む……どうか護衛兼雑用兼荷物持ちができるような職業が引けますように。
重たいレバーを回すと、丸いカプセルが落ちてくる。
カプセルの中に入っているカードには「嫌血の剣士マルス」と名前の欄に書かれていた。
「剣士……うん、いいかも」
カードの写真には剣を構えるなかなか二枚目な青年が描かれている。さすが銅貨50枚だけあって異世界で必要になりそうなマトモな職業である。
「カッコいい剣士っスね。召喚してみるっスか?」
「うん……そうだな。でも一応面接しておこう。無料だから」
人材召喚ガチャで引いた人材は一度だけ、無料で召喚し面接できる。アズサの時に痛い目を見ているので、ここは慎重に判断しよう。
「あ、先輩。取説がまた光ってますよ」
「ほんとか? また新しい内容が追加されたんだな」
本棚から光る取説を抜き取ると、光が漏れているページを開いて見た。
まずはいつものように大きく書かれたタイトル、なになに『第6条 取説呼び出し機能と出勤代理人システム』と書いてある。
(1)人材召喚ガチャの取扱説明書を、保管場所とは離れた場所にて使いたい場合【ブック】と唱えることによって離れた場所に呼び出すことができます。同様にもう一度【ブック】と唱えることで、呼び出した取扱説明書を戻すこともできます。
(2)人材召喚ガチャで手に入れた人材は通常スキル所有者しか召喚することはできません(退勤については例外)が、出勤代理人システムを使用すると代理で一人のみスキル所有者に変わり人材をカードから出勤させることができます。※ただし代理人は一人のみしか委託できないので、本当に信頼できる人にしましょう。
「……なるほど」
今回の取説に付け加えられた内容は、完全に俺達の今度の動きを見据えた内容である。どうせあのクソ爺な神様が俺達の様子を覗きながら小出しにしているのだろう。とはいっても支店を出す為に、旅に出ようとしていたのでラッキーな内容でもある。
「取説を呼び出す方はいいとしても、代理人はちょうどいいな。俺がいない間はお前に権限を与えるからアズサと松田さんをシフト通りに出勤させろよ」
「了解っス」
「あとはこっちだな……」
机の上に置かれた一枚のカード。もちろんメインデッシュである嫌血の剣士マルスだ。さっそく呼び出して面接してやろうじゃないか。
カードを握る手にも、一段と力がこもってしまう。
「『お入り下さい嫌血の剣士マルス』」
俺が唱えると目の前に人一人をすっぽりと覆い隠すほどの煙が湧き上がる。その中にはシルエットが浮かび上がってくる。さて、鬼が出るか蛇が出るか……。




