人間の本質より外見の方が変わりやすいはずなのに
「ついに……この日が来たっスね」
「……そうだな」
「長かったスね」
「……そうだな」
本当に長かった……。アズサが怪我して戦線離脱してから……喫茶店で金儲け作戦は失敗。その後も……家庭教師作戦、農作業の技術革新作戦などなど。金策のためにいろいろやってはみたものの……全く上手くいくことはなかった。
結局、残ったのは金欠という当初の問題だけ。
そんな中で待ちに待った日がやってきたのだ。今、目の前にあるアズサのカードの右上のマークが綺麗になくなっている。
思い返す事数分前、松田さんが帰ってしばらくすると取説と一緒に大切に保管しているカードホルダーから漏れ出る光が見えた。何事かと思ってみてみれば、光っているのはアズサのカードである。光が徐々に輝きを失うと同時に、右上にあった松葉杖のマークも消えていた。
つまり、これでいつでもアズサを召喚することができるようになったのだ。
「我ながら今日まで、よく金欠のまま耐えきれたな……」
松田さんやアズサへの給料、借金問題、日々の生活費など……問題点は山積みだった。
「村長さんに泣きついただけっスよね」
「うるせー。せっかく人が感傷に浸っているのを邪魔するな」
まぁ佐久間の言う通り、村長さんに泣きついて追加で融資してもらったのだ。おかげで借金はさらに銅貨10枚プラス。はぁ……トホホだ。
「いかんいかん。落ち込んでいてもしょうがない。さっそく久々に呼び出してみるか」
アズサのカードを握ると一度深呼吸をする。久々に会うので、あんな奴でもちょっとだけ緊張してしまう。
「よし、おはようございますアズサ」
召喚の合言葉を唱えると、煙と共に目の前に立つアズサの姿があった……が、あれ? 気のせいだろうか……何か、前とは違う気がする。
「あの……アズサ……さん。ですよね?」
「もちろんです。少し怪我して休んでいる間に僕の顔を忘れましたか?」
そう言ってトレンディー俳優のように白い歯を見せて笑う。
うん、絶対におかしい。
「無事に戻ってまいりました。休んでいる間もお給料を払って頂きありがとうございます。いい会社で働けていることを家族も実感して喜んでいました」
そう言ってまたしてもニコッと笑う。え? 本当に誰ですかこの人?
「アズサお前、まだ頭を怪我してるのか?」
「失礼っスよ先輩」
「だってなー……変わりすぎだろ。前はあれだぞ、あのチャラ男が……これ?」
目の前に立つアズサは、特徴的なブロンドヘアーこそ変わらないものの。ダボダボで着崩していた狩人の服をキチンと着こなし、ベルトをしっかりとしめ、シャツのボタンも一番上まで止めている。それに服装だけではなく、しゃべり方を含めてキャラまで変わっているではないか。ウザいくらいのチャラ男が、入社したての新入社員にまで様変わりしてしまっている。
「いや、高1の夏休みだってここまで変わらないだろ」
どんなひと夏の経験をしたらこんなにも変わってしまうのか。ここまでくると入院中に悪の組織に改造されてしまったのか心配になってくる。
「ははは、驚かないで下さい。確かに少し変わったかもしれません」
笑い方までさわやかである。
「怪我をして入院している間、いろいろ考えて過去の自分とは決別することにしたんです」
「決別っスか?」
「そうです佐久間さん。今までの僕は自分の腕に驕って調子にのっていました。でも、今回怪我をして気づいたんです。僕はまだまだ狩人として未熟なことに、なので一から修行しなすつもりです。もちろんこの会社で働きながらですが」
「り、立派っス」
なにを感動したのか、隣で佐久間は少し涙ぐんでいる。あいかわらず単純な奴だ。
「アズサ、お前の気持ちは分かった。心機一転しっかり働いてくれ」
「はい。もちろんです」
「とはいっても病み上がりのお前をすぐに現場に出すわけにもいかないな。また怪我されても怖いし」
「大丈夫です。怪我も完全に治ってますから」
「待て待て」
今にも飛び出していきそうなアズサを引き止める。性格は変わったようだけど、猪突猛進なところはあいかわらずのようだ。
「実は狩りの前に、お前にやってほしい仕事があるんだ」
「僕にですか?」
「そうそう。怪我する前に大きな猪を狩ったのを覚えてるか?」
肉を村人に配った猪のことである。
「はい。覚えてますが」
「そいつの皮や骨を持って帰ったのはいいけど、売るための細かい解体がまだなんだよ。コッチを先にやってくれ。行商人に早く売りたいからな」
「そういうことですね、分かりました。それで皮と骨はどこに?」
「事務所の裏に運んでおいたから、早速始めてくれ」
「了解です」
そう言うと、アズサは事務所を出て行った。
「本当にキャラが変わったな。まぁアイツが真人間になったらなったでコキ使いやすいだけだ。ちょっとキャラが弱くなってつまらなくもなったけど、ウザイよりはマシだな」
「病み上がりの社員をコキ使うなんて酷いっスよ」
「酷いもなにも怪我してる間も給料払ってたんだから感謝して欲しいくらいだ。いいか? うちの会社の財政は火の車なんだよ。遊んでいる暇はない」
早く借金生活から脱出したいし、それにひそかな次の目標だって考えているのだ。そのためにもアズサの解体が無事に終われば、早速行商人に皮を売りつけてやる。高値で買ってくれるって話だったしな。これで我が社初のまとまった売上が手に入るわけだ。これまでの苦労がやっと報われる日がきた。
「よし佐久間、お前は村長さんのところにいって次に行商人が来る日を確認してこい」
「了解っス」
見てろよ。ここからが㈲異世界商事の巻き返しタイムのスタートである。




