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追い込まれた方がいい事もある 


「じゃあ社長も佐久間さんもお大事になさって下さいね。お先に失礼します」

 そう言うと松田さんはカードに戻り、元の世界に帰っていった。


 松田さんが帰ったということは、もうお昼なんだろう。

 ソファに寝転んだ格好では窓際の日時計が見えないけど、窓から射し込んでいる光の角度から推測しても、昼なんだと思う。


「あー……まだダルい」

 結局、俺も佐久間も二日酔いはまだ治らない。こっちのお酒のほうが、アルコールが強いのか……こんなに酷い二日酔いは新入社員の時にパワハラ先輩に日本酒の瓶をラッパ飲みさせられて以来だ。いま思い出しても無茶苦茶な時代である。


「はぁーしみわたるっス」

 床から上半身だけ器用に起き上がらせて、佐久間はお茶の入ったカップを両手で大切そうに持ったまま飲んでいる。まるで砂漠で遭難した人間がオアシスの水を飲むかのように……まさに聖水だな。今の俺達にとっては。


「アズサさん、帰ってこないっスね」

 思い出したように佐久間は言う。さっき話題にしてから数時間は立っている。そろそろ一回戻ってきてもいいはずだけど……そんな風に思っていると事務所の扉が開く音がした。


「お、帰ってきたようだな」

 噂をするとなんとやらっていうけど、本当のようだ。うちの事務所をノックなしで入ってくるのは社員の証拠である。ここに俺と佐久間がいるので、残るはアズサしか考えられない。


「しゃ……しゃちょう」

 玄関からドサッという何かが倒れる音が聞こえた後、いつも元気なチャラ男こと、狩人のアズサらしくない曇った声が耳に聞こえてくる。


「どうしたんだ?」

 痛む頭を押さえつつ、重たい体を動かして玄関に向かう。


「お、おい。どうしたんだお前?」

 玄関に倒れているアズサは体中血だらけだった。ところどころ切れた服や傷が見えるので、返り血ではなくアズサの血であることは間違いない。


「ど、どうしたっス? ひ、ひぇーっス。血っ血だらけっス」

 何事かと駆け寄ってきた佐久間も、驚いて腰を抜かす。さすがの営業マンも血だらけの人間を見る機会はなかったので、耐性があるわけもない。


「救急車っスか……あ、でも電話ないっス。っていうか異世界に救急車はいないっス? あ、じゃあどうすれば……?」

 分かりやすいくらい、佐久間は一人でテンパっていく。

 コイツは役に立たなさそうなので無視しておこう。


「大丈夫なのかアズサ? 痛みは?」

 血だらけのアズサをゆっくりと抱きかかえて、起き上がらせる。

「しゃ、社長……ちょっとドジふんじゃった猫ふんじゃった……ふんじゃふんじゃ……」

 かすれた声で、聴きなれたメロディーを口ずさむ。子供っぽいメロディーが逆に怖い。


「こんな時に冗談でも歌うな。バカ」

「す、すいません。あの……早退するので、あとはシクヨロです」

 そう言うとアズサの姿は消えてなくなる。どうやらカードの中に戻ったようだ。アズサのカードには絵柄が戻っている。


「うん?」

 写真の右上に見慣れないマークがある。見るからに不吉な髑髏のマーク。よく物語で海賊船の帆についているあのマークだ。

 さっきの血だらけになった姿を見せられた後の髑髏マーク……。縁起が悪すぎる……まさかな。嫌な予感しか浮かばない。

 すると、本棚に立てかけている取説が光始める。この光は、取説のページが増えた時の知らせだ。

 急いで取説を開くと、前回増えた第3条の続きが、ページに書き足されていた。

 『第5条 召喚した人材のケガや死亡による労災保険』タイトルからして読みたくもない内容になりそうだ。それでも読むしかない。


⑴ガチャで召喚した人材が仕事中に怪我した場合、怪我の度合にもよるが労働者災害補償保険(労災保険) の適用範囲となる。

⑵カードから召喚した人材が怪我をしてカードに戻った時、カードの右上にマークが浮かび上がります、これが怪我の度合を示しています。①髑髏マークは生死の境をさまよっている状態、②ベッドのマークは入院中の状態、③松葉杖のマークは病院に通院中のマークとなります。どのマークについても、カードに浮き上がっている状態中は召喚して働かせることができなくなります。※仕事で無理させすぎて怪我させないように気をつけましょう。

⑶労災保険は、労働者が働けなくなった際の保険です。人材ガチャの世界では、これを企業の社長が負担することになっています。つまり、怪我した社員が働けない間でも、通常通り給料の支払い義務が生まれます。※社員は会社の宝だから見捨てないように。もし死んでしまったら……すごい賠償金が……。


「なるほど……そういうことか」

 取説に追加されたページの内容はここまでだった。つまり、怪我したアズサの給料は変わらず払わないといけないし、もし万が一のことになったら……ヤバい金額のお金が必要になるってことだ。


「おい、佐久間。確かアズサのカードに出てるマークって……」

「髑髏マークっス」

「やばいじゃないか」

 取説によると髑髏のマークは生死の境をさまよっている最中ってことになる。そんなに瀕死だったかのアイツ。


「アズサさん……死んじゃうっスか?」

「バカ……人がそう簡単に死んでたまるか」

 あんな能天気でウザい奴が……簡単に死ぬわけないし、死んでいいわけない。


「頑張るっス。アズサさん」

 自然とカードにむかって佐久間は手を合わせて祈りだす。

 いつのまにか二日酔いの頭痛もなくなっていた。それどころではない。俺も同じように目を閉じ、手を合わせて祈る。今の俺達にはこれくらいしかできないのだから。


 どれくらい時間がたっただろうか……窓から差し込む日がなくなり、部屋全体が暗い闇に包まれようとした時、カードの模様に変化があった。

 異様な髑髏のマークから、ベッドのマークに変化したのだ。


「先輩……これって……」

「あぁ……アイツ、助かったみたいだな」

 取説によるとベッドのマークは入院中のマーク。生死の境から復活できのだ。元の世界でいう集中治療室から普通病棟にでも移されたようだ。


「よかったっスー。今日はお祝いっス。村長さんに祝い酒貰いに行くっス」

「何言ってんだお前。さっきまで二日酔いで苦しんでただろ」

「それはそれっス。これはこれっス」

 そう言うと、さっきまでの二日酔いが嘘のようにスキップしながら事務所を出て行った。


「まぁ気持ちは分かるけどな……」

 アズサが助かって嬉しいのは俺も一緒だ。それに安心した。

 ソファーに体を預けると、張り詰めていた緊張が解けていく気もする。強張っていたせいか手が震えている。


「うん? ちょっと待てよ」

 落ち着いて考えてみると……アイツの命が助かったのはよかったけど……うちの会社にとってはしばらく収入原がなくなってしまったことになる。収入原はないのに……給料だけは支払わなければいけない。


「やばい、金欠だ……」


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