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幸せと不幸はちゃんと半々でやってくる


「うー……おはようございます……松田さん」

 最後の力を振り絞ってカードから事務員の松田さんを召喚する。


「おはようございま……」

 いつものように出社してきた松田さんは驚いたように言葉が止まる。それもそのはずだ……俺と佐久間は事務所のソファと床にグッタリと倒れているのだから。


「大丈夫ですか? 社長に佐久間さん」

「大丈夫……じゃないかも」

 話しかけられると余計に頭が拷問されているかのようにズキズキする。


「うー辛いっス……完全に二日酔いっス」

「二日酔いですか? 二人とも何があったんですか?」

「うー松田さん、事情はともかく……まずはお茶を下さい……」

「わ、分かりました」

 松田さんが小走りで台所兼給湯室に消えていってから約10分後、いい香りを纏って戻ってきた。


「どうぞ。二日酔いに効くように濃くしてみました」

 テーブルの上に湯気の上がるカップを二つ並べていく。


「はぁー……少しだけ生き返るー」

 口の中から食道を通って胃の中に染み込んでいく松田さんのお茶、トンカチで365日24時間休みなしでガンガンと打ち付けられていた痛みが少しだけ和らいでいく。さすがは効果万能な松田さんのお茶である。予想通り二日酔いにも効果があったようだ。


「大丈夫か? 佐久間」

「な、何とかっス……」

 松田さんのお茶をもってしても、まだ佐久間は復活できず床に倒れたままだ。コイツは元々酒に弱いのでしょうがない。床の冷たさが二日酔いには気持ちいいのだろう。なんとなくその気持ちだけは分かる気がした。


「それで、二人が二日酔いになった理由はなんなんですか?」

 興味深々といった様子で松田さんは尋ねてくる。


 俺達が二日酔いで苦しんでいた理由、思い返せばアズサを召喚し大きな猪を見事にやっつけたのが昨日のことである。

 思いだしたくないけど、どうしてこうなったかというと……猪の肉や皮、骨を大量に獲得して村に戻った俺達三人を、村長さんを含め村の人たちが出迎えてくれた。どこで聞きつけたのか、弓を持ったアズサと俺達二人が森の中に入っていくのを見かけた村人がいたらしい。

 村長さん達は俺達の手に抱えきれない肉を見て目を丸くしている。


「すごいですよハヤシさん。どうやってこれを?」

 村長のアルフレッドさんが駆け寄ってくる。その顔は眉毛が吊り上がっていて、いつも冷静な村長さんにしては珍しく興奮しているように見えた。


「うちのアズサが弓で仕留めました」

 前に進めるようにアズサの背中を押す。


「ちゃーっす。アズサでーっす。俺っちにかかればこんな猪ちょろいっス。村長さんもこれからシクヨロです」

「ちょ……ちょろい? しくよろ?」

 さっきとは違う意味でアルフレッドさんの目がさらに大きく見開く。

 やっぱりアズサのウザくてチャラいキャラは、異世界の人にも受け入れてはもらえないようだ。


「はい、じゃあお前はしばらく下がってろ」

 まだしゃべり足りない様子のアズサを佐久間に強引に預けて、俺は村長さんを連れていく。もちろんこれからのことを話すためにだ。俺達が巨大な猪を狩ってきたことが、ここまでバレているなら……逆に村人に貸しでも作っておいたほうがいい。どうせ冷蔵庫もないこの世界で、肉を長期保存することは難しい。特にジビエの肉なんて、すぐに臭くなってしまうだろう。


「あの……村長さん」

「なんでしょう?」

「よければいつもお世話になっているので、猪の肉を村のみんなに分けようと思うんですが」

「本当ですか? それはぜひ、村のみんなも喜びます」

「だったらついでにお願いも。まだ持ってこれなかった肉がたくさんあるので、村のみなさんの力を借りてもいいですか?」

 3人でも持ち切れなかった肉は森の木の上に隠して、往復して取りに戻る予定だった。


「もちろん。私もご一緒しますよ」

 そう言ってアルフレッドさんは腕まくりをする。久々の猪の肉はそれくらい価値が高いようだ。ということで㈲異世界商事のCSR(地域貢献)活動の一環として、猪の肉をどうせ食べきれずに腐ってしまうので無料で村人たちに配ることにした。


 すると、なぜかその場でBBQすることに、村人全員が参加するので、ちょっとしたお祭りレベルである。アズサの仕留めた巨大な肉以外にも村の人達が持ち寄った野菜や魚、山菜やキノコが大きな焚火の上で焼かれていく。香ばしい匂いが村を包み込んでいくようだ。


「先輩、いい感じに焼けてるっス」

 肉に群がる村人の間をかき分けて、佐久間が戻ってくる。持っている皿の上には骨付きの肉がのっている。


「う、美味いな。意外と」

「そうっスね」

 猪の肉なんて、元の世界でも食べる機会がなかったけど、食べてみると臭みもないし、豚肉を食べてるような感覚で美味しい。


「お、食べてますね。ハヤシさんにサクマさん」

 焼き目のついた魚を手に、村長さんが横に腰掛ける。もう片方の手には黒い瓶が。


「それは?」

「せっかくなので我が家の倉庫に保管している葡萄酒を持ってきました。お酒は大丈夫ですかお二人とも?」

「もちろんです。な」

「ハイっス」

 営業マンとして付き合いの飲み会参加は当たり前だった。1日に5軒、10軒の店を梯子することだってあったくらいだ。


「では早速、どうぞどうぞ」

 アルフレッドさんが瓶から注いでくれるお酒は、濃い紫色をしていて味もワインそのものであった。


「美味しいっス」

 異世界に来て初めてのお酒に佐久間の飲むスピードも上がっていく。


「それはよかった。どんどんやってください」

 気をよくした村長さんの注ぐスピードも上がっていく。こっちも元営業マンとして、注がれた酒を飲まないわけにはいかない。となると……2時間後には泥酔男2名が完成するのは当たり前のことだった。

「うー……あー……」

 飲み始めてからの記憶がない……思い出したくても思い出せない。確か途中でアズサも参戦して……飲み比べを始めたような……俺の記憶はそこで完全に途絶えている。


「自業自得です」

 話を聞き終えた松田さんはバッサリと切り捨てる。松田さんの言う通りなので、社長だけど……何も言い返せない。あ、また頭痛がする。イタタタ。


「そういえばアズサさんはどこ行ったっスか?」

 顔だけ上げて苦しそうに佐久間は言う。そう言われれば……静かだと思ったら奴の姿がない。確か……松田さんと同じように、朝になって召喚はしたよな。


「アズサさんなら森に行くって言ってましたよ」

 おかわりの紅茶モドキを注ぎながら松田さんは思い出したように言う。


「大丈夫かアイツ」

 ほとんど覚えてないけど……アイツもかなりお酒を飲んでいた気がする。


「森の中なら、アズサさんは大丈夫と思うっス」

「まぁそうだな」

 佐久間の言う通り、森に入れば別人のように凄みがましていた。なら大丈夫だろう。それに今は人のことなんて考えている余裕はない。あ、イテテテ。まだまだ二日酔いは長引きそうであった。


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