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一芸に秀でる者は代わりに大切な物を失っているかもしれない


「あの、濃いお茶をお持ちしたんですが……」

 おぼんを片手に松田さんは困ったように言う。そういえばさっき消える前にアズサが勝手に頼んでいたような気がする。


「先程の元気な方は?」

「あーアイツね……一旦帰ってもらった……かな?」

 一旦なのか……永遠なのかはビミョーなところだ。


「とりあえずお茶はその辺に置いといてください」

「あ、分かりました」

 いつまでも松田さんにおぼんを持たせたまま立たせておくわけにもいかない。それもあんな奴のお茶のためにだ。


「先輩。食わず嫌いっスか?」

「ギク……分かった?」

「当たり前っス。何年の付き合いと思ってるっスか? 見るからに先輩の苦手なタイプっス」

 佐久間には完全に見破られてしまっていたようだ。


「うーん。どうしよう……」

 人間的には苦手なタイプだけど……会社としては今、一番必要な能力持った奴だ。個人を取るか……公を取るか……社長の悩みどこだ。

 しかたない1000万歩くらい譲歩して、会社の為に奴を呼び出そう。


「おはようございますアズサ」

 再びカードを握り合言葉を唱えると、先程と同じようにアズサが召喚された。


「ちょっとーひどいじゃないっすかー。せっかく呼ばれて飛び出てどばばばーーんっとカッコよく決めよーっと思ったのにー……アズサショックで―す。8時ちょうどにショックで発車しまーす。なんて、ウケるっス、ちょーウケません。ウケたんでさっきのことは許しましょう。心の広さキャンペーン中、僕が社長を許すなんてモチのロンで」

「お疲れ様でしたアズサ」

「え?」

 デジャブを感じる驚いた顔でアズサは再び消えて行った。


「やっぱ無理だ……」

 二度目のギブアップ宣言。モチのロンってなんだよ……料理用語か? それとも麻雀用語? 意味わかんねーよ。

 さすがの松田さんも苦笑いしている。わが社の良心である松田さんに苦笑いさせるなんて大したもんだ。


「佐久間……」

「我慢っス。社長」

「う……今だけは社長って呼ばれたくない」

 社長って……大変なんだな。今だけは社畜に戻りたいかも。いや、やっぱり社畜は嫌だな。社畜よりは今の方がまだマシだな。


「はぁ……」

 ため息を付きながらも、三度カードを握る。カードを握る手が震えているのは緊張じゃないだろ、きっと拒否反応だ。


「よし……おはようございますアズサ」

 腹をくくって、合言葉を唱える。


「もー俺っちで遊ぶな―。出たり入ったり出たり入ったり……玩具じゃないない。お願いしますよーだ。社長さん、さすがの俺っちもマジでキレるまで5秒前かも」

 相変わらず意味不明な言葉をしゃべっているけど、どうやら怒っていることは分かる。さすがのムードメーカーでも怒るのはしょうがないな。俺でも怒ると思うし。


「悪かったよ。アズサ許してくれ」

 ここは社長として素直に謝ろう。


「うわ、そんなに真面目に謝られたら、逆に何も言えねー。よし、許そうそう」

「あ、ありがと」

 許してもらえたけど……こっちがまた我慢の限界だ。


「ぼ、僕は佐久間っス。宜しくっス」

 俺の眉間に浮かぶシワに気づいた佐久間は、話しを逸らすように言う。佐久間にしてはナイス判断だ。


「おーサクマッチ先輩ですね。シクヨロッス」

 差し出してもいない佐久間の手を握ると、力強く上下に振り回して握手をする。


「ところでアズサ、仕事の話をしてもいいか?」

 またイライラしてカードに戻してしまう前に本題に入ろう。


「OKでーす。あーお茶はうめーなー」

 チ……思わず舌打ちが出てしまう。人が真面目な話をしようとしてるのにコイツは、呑気に松田さんのお茶を飲んでやがる。


「せ、先輩。抑えてっス」

「わ、分かってる。これも金のためだ」

 頭に上った血を下ろすように、大きく深呼吸する。


「さっそくだけど、お前の狩人としての実力がみたい」

「お、待ってました。実践実践実践あるのみ。俺っち本番に強いタイプだから。まっかせーなさい」

 そう言うと、お茶を一気に飲み干して事務所を飛び出る。

 え……勝手に行ったのかアイツ、俺達を置いて。


「もー社長もサクマッチ先輩も遅い。早く来てくださいよー」

 いなくなったと思ったら、再び事務所の扉が開いてアズサが戻ってくる。なんなんだコイツは……とにかく付いて行くしかないだろう。


 事務所に松田さんを残し、俺達二人はさっそくアズサの腕前を見せてもらう為に、森に向かうことにした。ちなみにカードからの呼び出しは俺にしかできないけど、仕事が終わった時にカードの世界に戻ることは、召喚される人材にもできるようなので、松田さんには時間になったら、戸締りして勝手に帰ってもらうようにお願いしておいた。


 初めての見る森のはずなのに、アズサは慣れたように進んでいく。さすがは狩人である。カードに書いてあった特技は本物のようだ。

 俺と佐久間は、見失わないように一定の距離を保って付いて行く。どうして一緒にいないのか……それはアイツとは一緒にいたくないから。なぜって……もちろんウザイからだ。


 しばらくしてアズサは上体を低くして止まる。藪の影に隠れているようだ。その視線は遠くを見つめている、何かを見つけたようだ。俺達のいるところからは獲物は見えない。それでもアズサは持っていた弓で矢を構える。

 遠くからでもウザくてチャラいアズサが別人のように集中しているのが見て取れた。アイツあんな顔もできたのか……いつもあれならいいのに。ディスられているとも知らずにアズサの右手が力強く弦を引き、フッと離した瞬間、目にもとまらぬスピードで矢は一直線に飛んでいった。


「やったぜー。俺っちやっぱ天才」

 一人で喜びながら、アズサは矢が飛んで行った方向に駆けていく。


「俺達も行くぞ」

「は、はいっス」

 遅れて俺達も追いかけると、木の根元に倒れる大きな猪と、横ではしゃいでいるアズサの姿があった。


「お、おっきいっスね」

「そうだな……」

 思わずちょっと引いてしまうくらい、大きくて野性的な顔をした猪だ。俺達三人の体を足した面積よりも大きそうだ。

 猪の脳天にはアズサの放った矢が直撃している。恐ろしい腕前だ。細い矢一本でこんなにも大きな猪を捕らえるなんて……性格には難ありだけど、実力は本物のようだ。


「じゃあ、ちょちょいのちょいちょいで解体解体」

 そう言うと腰のベルトホルダーに巻き付けられている短剣で、容赦なく猪の体を切り開いていく。当たり前だけど、その場に鉄に似た血の匂いが充満し、アズサの両手は真赤に染まっていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は、その野性的なグロさは苦手なんだ」

 お腹からはみ出てくる赤やピンクの物体は、テレビなら完全にモザイクが必要な案件だ。サラリーマンとしてコンクリートジャングルでしか生活してない俺達には耐えられそうもない。


「えーじゃあサクマッチ先輩は?」

「ぼ、僕もギブっス」

 そう言う佐久間の顔は、首から徐々に青白くなっていく。それを見ていると俺も余計に吐きそうになる。


「二人とも弱っちいなー。はいはい、分かりましたよ。俺っちが素早く解体しますから社長とサクマッチ先輩は役に立たないんで、そこらへんに穴でも掘っててください」

「穴?」

「血の匂いに野生の動物が寄ってくるんで、いらない内臓とか血は穴に埋めるのが、俺っち流なのです」

「あぁ、なるほどな」

 ここにいるよりは、穴でも何でも掘ってるほうがマシだろう。解体される猪の傍にはいたくなかった。


 それから約1時間後……無事に猪の解体も済みいらない部分を穴に埋めた俺達は、猪の血の匂いを体中にプンプンさせながら村に戻ることにした。


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