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懐メロを聞くと故郷を思い出すのはなぜだろう


「さて、今から第1回㈲異世界商事作成会議を始める。準備はいいか?」

「いいっスけど……」

 珍しく不満げな反応をする佐久間。


「けど、なんだ?」

「会議って言っても、いつも通り二人だけっスよ」

 事務所のテーブルに腰掛け、向かい合うのは俺と佐久間だけ。確かにいつも通りの二人だ。


「なんか会議って言ったほうが、いいアイディアがでそうだろ」

「そんなもんスか」

「そんなもんなの。いいから始めるぞ。社長命令だ」

「あーズルいっス。それ」

「ズルいもクソもあるか。現に俺は社長なんだよ」

「あーそれもズルいっス」

 佐久間が悔しそうにテーブルを叩いていると「何の会議ですか?」と言いながら、カップに載ったおぼんを手に事務員の松田さんがやってくる。

 あいかわらず湯気の上がるカップからは、紅茶モドキとは思えない、いい匂いがする。


「これからの作戦会議です。ちょうどよかった松田さんも座って下さい」

「え? 私もですか」

「どうぞどうぞ。松田さんも立派な我が社の一員ですから」

 席を進めると、戸惑った様子を見せながらも松田さんは腰掛ける。


「ほら、これでいつもと違って3人だぞ」

「分ったっスよ……。それで会議の議題はなんスか?」

「そんなの決まっている。わが社がこれから金を稼ぐ方法についてだ。残念だが我が社は発足以来、お金を使う事はあっても、増えたことがない」

 村長さんに借りたお金が一時的にはあるけど、それも借金であることに変わりはない。それに松田さんを召喚して、もう10枚使ってしまっている。


「すいません。私がお金を稼いでこれたらいいのに……」

 伏し目がちに松田さんは申し訳なさそうに言う。


「いやいや松田さんは十分やってるから。どれだけ俺達が助けられてるか。なぁ佐久間」

「そうっス。松田さんがいるだけでむさ苦しい事務所が明るくなるっス。それにこのお茶が毎日飲めて最高っス」

 そう言って佐久間は一気に松田さんの淹れてくれた紅茶モドキを飲み干す。佐久間の言う通りだ、このお茶だけで月に銅貨5枚以上の価値はある。


「そうですか、それならよかった」

 ふー……納得してくれたようで松田さんの顔に笑顔が戻る。まさか社長になったのに事務員に気をつかわないといけないとは……社長業も楽じゃないな。


「そういえばさっき行商人を見に行った成果はあったんですか?」

 佐久間のカップにおかわりのお茶を注ぎながら、思い出したように松田さんは言う。


「さすが松田さん。それをメインで話したかったんだ」

「猟師がいなくなったせいで、動物の皮が売れるって話っスよね」

「お、佐久間にしてはよく覚えてたな」

「当たり前っス。僕もやる時はやるっスから」

 いつにもまして今日の佐久間は燃えているようだ。松田さんの前だからってカッコつけてるな。後で社内不倫は絶対にダメだって釘を刺しておこう。


「じゃあ、森に入って動物を狩ってきてくれ」

「りょうかいって……ちょっと待ってほしいっス」

「ははは、冗談だよ冗談」

「うー……酷いっス」

 ゼファーさんの言葉じゃないけど、俺にも佐久間にも狩りの才能はないしできるわけもないだろう。

 そうなると頼みの綱は最初から一つだけ。


「よし、引くか」

 村長に借りた金はまだ銅貨が20枚残っている。悩んでいてもしょうがない。金は天下の回り物っていうしな。


「ガチャオープン」

 合言葉を叫ぶと、目の前にカプセルの入ったガチャの機械が現れた。銅貨10枚を入れる。前と同じように液晶画面に初級ガチャ銅貨10枚と表記された。

 あとはレバーを回すだけ……硬貨挿入口の上にあるレバーを時計周りに回す。レバーが回ると、排出口にカプセルが落ちてくる。


「先輩」

「わ、分かってるよ」

 カプセルを手に取りスライドさせて二つに割る。中には松田さんの時と同じようにカードが入っていた。裏面も同じ模様だ。


「……ゴクリ」

 唾液を飲み込む音がいつもより大きくハッキリ聞こえる。俺……緊張してるな。

 カードを裏返してみると……「狩人の……アズサ」……。

 名前の欄にはそう書かれ、写真には弓を構えるブロンドヘアーの男が映っていた。

 狩人って……あの狩人だよな。頭の中で何回考えても答えは一つだけ。


「やった。やったぞ佐久間、松田さん」

 覗きたくてウズウズした様子の二人にカードを見せる。


「狩人じゃないっスか。良かったっス。狙い通りっスね」

 佐久間の言う通り2回目にして思い通りのガチャが引けるなんて、ツイてる。


「狩人の……アズサさんですか、変わった名前ですね」

 どうやら松田さんにはピンとこない名前のようだ。それもそうだ、松田さんは俺達のいた元の世界とはまた別の世界の人、知ってるわけがない。うーん、それにしても最近の若い子には絶対に分からない、シュールな名前だ。

 写真の下、説明文章の欄には性格:人一倍テンションが高く、社内のムードメーカーになれる人材、特技:森の中では犬並みの嗅覚と鷹の目を持つ狩人と書かれていた。最近の新入社員は人見知りで、先輩が飲みに誘っても普通に断るような、ノリの悪い奴が多いって聞いこともある。それにくらべたらテンションが高くムードメーカーな奴の方がいいだろう。それに特技から想像するに狩人としての腕前も凄そうだ。


「よし呼び出そう」

 カードを握る手にも力が入る。


「先輩、面接はしないっスか?」

 ふと、思い出したように佐久間は言う。あいかわらず余計なことを口走る奴だ。急いで佐久間の口を両手でふさぐと、事務所の隅に強引に連れて行く。残された松田さんはカップを片付けながら、俺達の様子を見ている。


「バカ、余計な事を言うな」

 隅に離れたとはいえ同じ事務所の中、松田さんに聞こえないように小さな声でしゃべる。


「だって松田さんの時はめんせ」

「あーあー、静かにしろアホ」

 あふれ出すように次から次へと余計な事を口走る佐久間の口を、再び両手で力強くふさぐ。

「うーうー」

 当の本人は苦しそうにうなっているが、自業自得である。


「なにか呼びました?」

 背後から松田さんが不思議そうに、こちらの様子を伺ってくる。


「いや、なんでもないです。片づけを続けてて下さい」

「え、あ、はい」

 台所に松田さんの姿が消えるのを確認して、佐久間の口から手を離してやる。


「はぁはぁ……く、死ぬかと思ったっス」

「死ぬほど反省しろ。いいか? 松田さんの時に面接して目当ての狩人の時に面接しないってバレたら、松田さんが落ち込むだろ絶対に」

「あーそうっス……すいませんっス」

 やっと気づいたのか、気まずそうに佐久間は言う。


「まぁ分かればいい。じゃあさっそく」

 再びカードを握ると、召喚するための合言葉を唱える。

「おはようございます。狩人のアズサ」


 すると目の前に人を覆い隠すほどの煙が湧き上がり、徐々に晴れていく。煙が完全になくなった時、そこにはカードの写真に映っていたブロンドヘアーの狩人、アズサが立っていた。


「よく来てくれた、アズ……」

「おはしゃーす。いやーまさか俺っちを雇ってもらえるなんてラッキーっていうか、ちょーイカしてんだけど、マジで。まぁそれも頷ける俺っちのでーうーがやっぱパネェってことか、ははは、自分で言っちゃった。マジやべぇ。ヤバすぎて喉乾きそう。事務員のおねーさん、お茶ちょーだい。濃いやつねーって最初から催促しすぎちゃってごめんなさーい。ははは、ウケるんですけど。そういえば誰が社長さん?」


「お疲れ様でしたアズサ」

「え?」

 目を丸くして驚いた表情のまま、アズサは煙のように消えていった。


「どうして戻したっスか?」

「あ……」

 佐久間に言われて自分でもいま気づいた。無意識に口が合言葉を唱えていたことに。

 どうしてって言われても……あれは……ないだろ。なんだあのチャラさは……ムードメーカーって言葉の範疇を超えている。あれはテンションが高いじゃない、ただのうざいだ。

 狙い通りのガチャが引けたと思ったら、こんなオチがあったなんて……頭が痛い。


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