あなたの才能を見込んで言ってるのよ!(1/1)
「オスカー! オスカー・メイコル!」
探していた人は、会場の入り口近くの落とし穴にはまってオタオタしていた。
セミ・プロムのときと同じようにパーティーファッションではなく制服の黒ローブ姿で、頭や体には土がついている。
私は苦労して彼を穴の中から引っ張り上げた。やっと地上に出られたオスカーは、「ありがとう……」と小さな声で礼を言う。
「じゃあ、ボクはこれで……」
そのままそそくさと去っていこうとした。でも、私は彼の服の裾を掴んでそれを阻止する。
「待って。私に協力して、オスカー」
「きょ、協力?」
私の発言が意外だったのか、オスカーは目を見開いた。
「ボ、ボクがキミにしてあげられることなんて、何もないよ。戦ってる人たちもいるみたいだけど、ボクには無理だし……」
「大丈夫よ。あなたに九頭団員を攻撃しろなんて言うつもりはないから。ただ、あなたなりのやり方で九頭団を倒すのを手伝って欲しいの」
私はオスカーの顔をじっと見つめた。
「オスカー、気付いてる? この会場には結界が張られてるの。だから誰も外に出られなくなってるのよ。でも九頭団を倒すためには、これを解かないとダメなの。……私の言いたいこと、分かるわよね?」
「ボクに……結界を解けって?」
オスカーは目を丸くした。
「そ、そんなこと、いきなり言われても……」
「無理じゃないでしょ! あなた、解析魔法学大会で優勝したんでしょう!? クレタの森にかけられてた結界を解けるんだから、この会場の結界だって解除できるわ! 私はあなたの才能を見込んで言ってるのよ!」
最後の言葉にオスカーはビクリとなる。そして、うつむきながら苦笑いした。
「ヘルマンくんもボクに同じようなこと、言ってたなぁ……」
オスカーが小さな声を出した。
「『あなたの才能を買ってる』って。でも……ヘルマンくんは……」
オスカーが顔を上げて、頼りない目で私を見つめた。
「ボク、見ちゃったんだ。ヘルマンくんが九頭団の構成員と一緒に歩いてるの。やっぱりヘルマンくんは悪いことをしてたんだね。それでボクを利用した……」
「オスカー、今はノイルートのことは忘れなさい」
まだ友人に裏切られたショックを引きずっているオスカーを内心では気の毒に思いつつも、慰めているような時間もなかったから強引に説得に移ることにした。
「私が今考えてる作戦が成功したら、九頭団はもう終わりよ。そのときは、今度はあなたがノイルートを好きにしてやればいいわ!」
「ヘ、ヘルマンくんを好きに……?」
「そうよ! 今までの恨みを全部ぶつけてやればいいじゃない! 煮るなり焼くなりしちゃいなさいよ!」
「ヘルマンくんを……」
オスカーはもごもご何かを言って、それから意を決したように頷いた。
「……分かった。キミに協力するよ。この会場の結界を解けばいいの? 制限時間は? 紙とペンはある? 後はいくつかの試験薬も」
「な、ないわ。紙もペンも試験薬も……」
こんなにはっきりとした口調で話すオスカーは初めてで、私はちょっと圧倒されてしまった。
「でも、なるべく早くお願いね。のんびりしていられないから」
「分かったよ」
言うなり、オスカーは結界に向かって軽く杖先を当てて何かを呟きだした。そして、その辺に落ちていた石を拾って、地面に複雑な魔法陣や数式のようなものを書いていく。
邪魔をしちゃいけないと思い、私はそこから足早に立ち去ることにした。だけど、その背中にすぐに声がかかる。
「終わったよ」
「えっ、もう!?」
尋常じゃないくらいのスピードに私は仰天した。オスカーは平然とした顔で「うん」と頷く。
「この結界に手を加えたの、多分素人だよ。術のかけ方もめちゃくちゃだし、よく検証してみたら穴だらけだから。これならボクじゃなくてもすぐに解析できたと思うけど……」
そうなの? でも普通の人じゃ、こんなに早くは無理だと思うけど……。何だかノイルートがオスカーを利用しようとした理由が、今初めて理解できた気がする。
それに今のオスカーはいつもより頼もしそうに見えた。アルファルドっていう恋の相手がいなかったら、ちょっとドキッとしていたかもしれない。
そのとき、不快な叫び声が聞こえてきた。私は浮ついたことを考えてる場合じゃないと気を引き締める。ついに鎖を解いたアルファルドが、再び辺りを攻撃しているところだった。
「ありがとう、オスカー! じゃあ、早速結界を解除してちょうだい!」
「あっ、待って……!」
駆け出そうとするなり呼び止められる。
「ボク……その場にかかってる魔法の解析は得意だけど、それを解くことに関しては全然だから……」
「……そうだったわね。いいわ、私がやる。方法を教えてちょうだい」
いつも通りの頼りない顔に戻ってしまったオスカーを見て、やっぱりときめいたりなんかしないかも、と私は思い直すことになった。




