心残りがない方が、きっと……(2/2)
「ああ、そうだ、ルイーゼ……」
とりあえず彼女の気をそらすために別の話題を振ろうとした私は、あることを思い付いた。
「プロムやセミ・プロムに関する伝説、ルイーゼは覚えてる? セミ・プロムでの告白の返事をプロムでもらうと幸せになるっていう話。私たちはその噂を実行に移そうとしていたよね」
大事なことだったのに、私はすっかり忘れてしまっていた。あれから色々なことがありすぎたからだろう。
でも、思い出したからにはちゃんと言っておかないといけない。心残りがない方が、きっと全力で九頭団と戦えるはずだから。
「ルイーゼ、聞いて欲しいんだ。あのときの君の告白に返事をするよ。私は君のことが……」
不意に心臓に鋭い痛みが走って、私は思わず胸元を押さえた。同時に、鳥肌を立てる。
この感覚は前にも味わったことがあった。遠い昔に、恐ろしい怪物に変身する直前に……。
鼓動が不自然なほどに早くなっていく。体が震え、持っていたグラスが手から滑り落ちた。私はハッとなる。まさか、この中に……?
立っていられなくなった私は、その場に膝をついた。
「アルファルド?」
ルイーゼはようやく異変を察知したようだ。不審そうな顔で私に近づいてくる。
「どうしたの? 気分が悪いの? もしかして変なものでも飲んだ……」
ルイーゼは足元に転がるグラスに気が付いて、それを拾おうとした。私は「触るな!」と叫び、魔法でグラスを吹き飛ばす。
途端に目眩がして、杖がポトリと地面に落下した。
「ルイーゼ……逃げてくれ……」
段々と息が上がっていき、頭がぼんやりとなってまともにものが考えられなくなってくる。視界が揺らぐ中、私は必死で言葉を紡いだ。
「奴らが……九頭団が飲み物に……細工を……したんだ。私は、もう……」
「そ、そんな!」
私の身に起きたことを知ったルイーゼは一瞬で青ざめた。
「ダメよ、アルファルド! 魔王になんかならないで!」
ルイーゼは落ちた杖を手に取って、私の肩を揺さぶりながら懇願した。その願いを聞くことができたらどれだけいいだろうと、私はやるせない気持ちになる。
「ルイーゼ……お願いだ。君を傷つけたくないんだ。早く……」
全身の血が沸騰するのを感じる。もう時間がない。人としての私が死んでしまうときは、すぐそこまで迫っていた。
「ルイーゼ……最期だから、これだけは言わせてくれ……」
私はルイーゼを見つめて力なく笑った。冥土の土産がこんな言葉になってしまうなんて、思ってもみなかったことだ。
「君のこと……誰よりも好きだよ」
私は気力を振り絞ってルイーゼに顔を近づけ、彼女に口づける。
その柔らかな唇の感触を最後に、私の意識は途絶えた。