心残りがない方が、きっと……(1/2)
その日を境に、私とルイーゼの間には溝ができはじめた。
ルイーゼはもう私を説得しようとはしなかった。きっと諦めてしまったんだろう。
そうしてくれてよかったと思った。だって、決意が鈍るといけないから。
必死の思いで切り出したけど、やっぱり九頭団の本部に乗り込んで団員を皆殺しにしてしまうなんて恐ろしい行為だ。本音を言えば、そんなことはやりたくない。だって、それってまさに魔王がしそうなことだから。
きっとルイーゼもそう思ったんだろう。彼女が私を見る目が、少し変わってしまった気がする。あの明るい水色の瞳に、恐怖や不安がちらつくようになったんだ。
きっと私の決断は、一番に守るべき人を傷つけるようなものなんだろう。そんな道しか選べない私は、とんでもない大バカ者なのかもしれない。
そんな重苦しい日々の中で唯一の救いは、コウモリ寮から魔王対策課のメンバーの影が消えたことだ。
多分だけど、ノイルートが九頭団に彼らの存在を教えたことが原因だろう。レルネー家は政府にも顔が利く。きっと九頭団のリーダーのダグラスが裏から手を回して、魔王対策課がこれ以上学園内を嗅ぎ回るのをやめさせるように仕向けたに違いない。
だけど、これは仮初めの平和だ。九頭団が存在する限り、ルイーゼにも私にも本当の意味での安全や平穏な日々は保障されないんだから。
そうだと分かっているのに、私はやっぱり臆病者だった。本当はすぐにでもあの組織を潰しに行くべきだと理解しているのに、ルイーゼの提案を呑んで『プロムまで待つ』と言ってしまったんだから。
奇跡が起きて欲しいと、これほど切実に願ったことはなかった。
奇跡が起きて、私が何もしなくても九頭団がなくなってくれればいい。彼らが恐ろしい野望を抱かなくなってくれればいい。そして、私とルイーゼがなんの心配もなく普通の学園生活が送れるようになればいい。
でも、そんな未来は訪れなかった。月日は流れ、期末試験が終わり、いよいよ運命の日――プロムナード当日がやって来る。
まだまだ春は遠そうな寒い夕暮れ。私とルイーゼは約束通り、一緒にプロムに出席していた。
会場の華やかな雰囲気に私は目を細める。どん底の気分の私には、この場所の輝きは眩しすぎた。
ルイーゼの顔を盗み見ると、彼女も暗い顔をしている。こういうパーティーなんかよりも、お葬式に参列している方が似合いそうな表情だ。服装もセミ・プロムのときみたいに明るい色のドレスじゃなくて、喪服みたいな色のローブだった。
と言っても、私も似たようなものなんだろうけど。
会場には温度調整用の結界が張られており、こんな時期でもそこまで寒くはなかった。だけど今の私たちは、雪の中で身動きが取れなくなってしまった遭難者みたいな顔をしているに違いない。
「どーしたんだよ、二人とも! そんな辛気くさい顔して!」
会場の入り口ですれ違った大剣の学級のニケ副学級長からも、そう言われてしまった。
「相変わらず元気ですね、副学級長は。……その箒は?」
彼女の担いでいるものに目をとめると、ニケ副学級長はニヤッと笑った。
「プロムの余興に、と思ってさ。空中競技部の奴らとちょっとした芸をするんだ」
ニケ副学級長は派手なドレスの裾を揺らしながら会場へと入っていった。いつもだったら、芸って何だろうとワクワクしていたんだろうけど、今の私にはそんなことを感じるだけの心の余裕はなかった。
「ちょっと歩きましょう」
ルイーゼが提案してくる。プロムもセミ・プロムのときと同じような会場の作りだったから、外側には迷路状の小道があった。
踊りたくない気分だったから、私はその申し出を受けることにした。近くのウエイターから勧められるままに飲み物を受け取って、彼女の隣を歩く。
「アルファルド、私、やっぱり納得できないわ」
辺りの人気がなくなると、ルイーゼが固い口調で切り出した。
「私はアルファルドを助けるために時間を巻き戻したのよ。なのに、肝心なときに傍にいられないなんて……」
私は密かにため息を吐く。やっぱりそう来たかと思った。
もう説得を諦めてしまったように見えたルイーゼだったけど、彼女が簡単に引き下がるはずがない。きっとこれが私を説き伏せる最後のチャンスだと考えて、こんなことを言い出したんだろう。
でも、彼女を連れて行くわけにはいかない。
九頭団の本部へと乗り込んで行くなんて、危険な行為なのは百も承知だ。彼女をそんなことに巻き込むわけにはいかなかった。
もし彼女が闘争の過程で九頭団に殺されでもしたら、私はそれこそ死ぬほど後悔するに決まっている。あまつさえ、九頭団はルイーゼを亡き者にしようと画策しているんだから。
本当は、こんなふうにのんびりとプロムなんかに出ている場合じゃないんだろう。私がもっと勇気のある人物なら、すぐにでも九頭団の構成員を皆殺しにしていたはずだ。
でも、そんなことはできないと怯えるのは、今日で終わりにしないといけない。プロムが終わり次第、私は九頭団の本部へと直行するつもりだった。行って、百年前から続く因縁を断ち切るんだ。
私はグラスの飲み物を口に含む。どうやったら彼女に気付かれずにこの計画を実行に移せるのか、考えないといけない。