疑惑のレルネー家(1/1)
目的地に着いた私は、書架の中から魔法史の本を持ってきて、奥にある閲覧スペースに移動する。カバンからノートを出すと、今までの成果をまとめにかかった。
今から百年前のレルネー家は、家督を巡って兄弟が争っていたらしい。
その戦いに勝利したのは兄だったけど、弟は諦めず、彼に対抗する手段を作り出した。
それが恐るべき生物兵器『魔王』だったんだ。それだけじゃなくて、弟は自分の賛同者たちを集めて『九頭団』という組織を結成。兄一派を攻撃にかかる。
けれど、予想外の事態が起きた。魔王はあまりにも強すぎて、作られてすぐに人の手には負えなくなってしまったんだ。
凶暴な魔王は敵味方の区別なく破壊行為を繰り返した。
でも、弟率いる九頭団は逆にそれを利用しようと考えた。魔王を使って、国を乗っ取ろうとしたんだ。
だけど失敗した。魔王は倒され、九頭団は殲滅された。それでもまだ生き残りがいて、虎視眈々とかつての野望を実現する機会をうかがっているらしい。
――ここまでが、私が連日図書館に足を運んで分かったことだ。
でも、これが本当なのか嘘なのかは分からない。だって、歴史書の記述は皆曖昧で、憶測が入り交じっていそうなものだってたくさんあったから。
「魔王って……何なのかしら……?」
図書室の椅子の背もたれに体重を預け、呟く。ふと、間近で声がした。
「自由研究か?」
ハッとなって姿勢を正すと、隣の椅子に魔王が腰掛けて私のノートを覗き見していた。
「な、何でここに……」
動揺しつつも私はノートを閉じて胸に抱きかかえる。魔王は「チュロス、食べ終えたから」と平然と答えた。
「そんなに色々と調べてどうするんだ?」
「決まってるでしょ。あなたを倒すヒントを探してるの。……あなた、こんなところへ何しに来たのよ。敵情視察のつもり?」
「そうじゃないけど、君のことが気になって」
「……何でよ」
「そうだな……」
魔王は私のノートを見つめながら顎に手を当てた。
「君は未来の私が選んだ人だから……かな」
「あなたが……?」
意外な言葉に困惑して、どう返していいのかとっさに判断できなかった。
「それ、どういうこと……?」
「……分からなくていいよ。私だって、確証があるわけじゃないんだから」
その影のある表情に、これは魔王の秘密に関係する事柄なんだとピンときた。私は居ても立っても居られず、椅子を倒してしまうくらいに勢いよく立ち上がる。
「ちゃんと教えなさいよ! 大体あなた……」
「そこ、静かに!」
私の声は思ったよりも大きかったのか、近くを歩いていた司書さんに注意されてしまった。私は「すみません」と謝り、椅子を直してもう一度腰掛ける。
「……あなたのせいで怒られたわ」
私は魔王に文句を言った。
本当に、魔王といるとろくなことがない。私、これでも一度目の学園生活では、そこそこの優等生だったのよ?
なのに時間が巻き戻ってからは、コウモリの学級に入れられるわ、影で悪口は言われるわ、こんなふうに注意されるわ……大きなことから小さなことまで、散々な目に遭っている。
それもこれも、全部魔王のせいだ。
そうやって憤る私とは対照的に、魔王は落ち着き払って私の目をじっと見ていた。
「ルイーゼ、ごめんね」
魔王が手を伸ばして私の頭を撫でた。まさかの行動に、一瞬思考が停止する。
「君はただ、その場に居合わせただけの正義感の強い子だった。それなのに、こんな過酷な使命を背負わせてしまうなんて……。ひどいことをしたよ。本当にごめん」
思いやりに溢れた言葉にどうしていいのか分からず、私は固まっているしかない。魔王は続ける。
「君が余裕がなくてイライラしているのは、追い詰められているからだよ。私のせいで……」
「じゃあ……」
私はやっと喉の奥から掠れた声を絞り出した。
「早く死んでちょうだいよ」
動揺を止められず、私は髪を撫でる魔王の指先から逃れるように椅子を引いた。
「それが皆のためなんだから」
「……そうだね」
魔王は意外なことに私の言葉を肯定した。けれど、直後に首を振って続ける。
「でも、それはできないんだ」
魔王はやるせなさそうに言った。自分の命を惜しんでいるというふうには見えない。
……この人、何かある。
私は真っ先に直感した。でも、すぐに拳を固く握って揺れ動く心を静める。
こいつは魔王だ。魔王の事情なんか、どうして私が汲んでやる必要があるんだろう。
魔王は悪なんだ。あんなにたくさんの人を殺した彼の口車に乗ってはいけない。
「歴史書が必ず正しいことを言っているとは限らないよ」
私の硬い表情を見て、魔王は苦笑いした。
「鵜呑みにしないほうがいい。嘘も本当も含まれているから」
それだけ言って、魔王は立ち去っていた。私と同じ見解だった。




