とてつもなく偉大なことだ!(2/4)
「どうしてこの学園に目をつけたんだ?」
アルファルドが尋ねる。課長さんは彼のことを胡散臭そうな目で見ながら、質問に答えた。
「うちの課のモンテスパンが見たのだ。妹に誘われて行ったセミ・プロムの場で、あり得ないものを」
課長さんは、私に変身している男性の方に視線をやった。
「我々は魔王対策のための組織だからな。魔王に関する膨大な資料も保管しているのだ。その中には独自調査によって判明した、百年前の魔王出現に関わったとされる怪しげな青年に関する記述及び念写もあった」
私は彼が何を言おうとしているのか察した。この人たちはどこまで気が付いているんだろうと冷や汗をかく。
「その青年の名前はアルファルド・レルネー。そう、レルネー家の一員だ」
その『アルファルド・レルネー』がすぐ傍にいると知らないのか、課長さんは手柄顔をしている。
「しかし、アルファルド・レルネーは百年前の人間だ。もうとっくに死んでいる。……少なくとも、我々はそう結論づけていた。しかし! その死んだはずの人間が現われたのだ! エルキュール魔法学園のセミ・プロムの会場に!」
アルファルドは愕然としている。確かに彼はセミ・プロムでかつての自分の姿に変身していた。でも、そのことで思いも寄らない人たちに付け狙われるなんて、想像もしていなかったんだろう。
「初めはただの他人の空似かとも思ったのだが、我々の卓越した勘が、そうではないと言っているのだ! だから探りを入れることにした。初めはモンテスパンの妹に話を聞きに行かせ、その後は我々が学園に侵入することによってな!」
「……どうやって皆に変身したんだ?」
アルファルドは自分がひどい失態を犯したと思っているのか、眉間に指先をあてがいながら尋ねた。
でも、私は彼らの返事を聞かなくてもその答えがもう分かっている。
「パーカーさんでしょ」
私はドアの下で伸びている男性を指差す。
「新聞部のモンテスパン部長が言ってたわ。『ぱーくん』っていう名前の恋人がいるって。パーカーさんがそうなのよ。彼はコウモリ寮の管理部門で働いてる。所属は構内清掃を担当している職場よ。その職務に、個人の部屋のシーツとか枕カバーを替えたりすることも含まれてるんじゃないかしら?」
「……なるほど。そのときに生徒の髪を集めたのか。確かにそれなら怪しまれないね」
アルファルドは合点がいったように頷いた。
「モンテスパン部長が彼に頼んだのよ。自分の兄がすごいことを成し遂げようとしているから、協力して欲しいって」
「お嬢さん、君は実に聡明だ! そのとおりだよ!」
課長さんが拍手する。
「君も容疑者の一人でなかったら、ぜひとも我々の仲間に加えているところだ!」
「容疑者? どういう意味?」
不穏な言葉に眉をひそめる。課長さんは「もちろん、君も九頭団の一員ではないかという意味だ」と言った。
「何せ君は、セミ・プロムで、かのアルファルド・レルネーと親しくしていたからな。そして調査の結果、そこの男子生徒と三角関係に陥っているとかなんとか……」
課長さんはアルファルドの方を顎でしゃくった。どうもこの人たちは、コウモリ寮で飛び交っている噂を本気にしているらしい。三角関係も何も、彼はアルファルド本人なのに。
どうやら全てを把握しているわけじゃなさそうだと、私は少し安堵する。
「君たちはルイーゼが『容疑者』だから誘拐しようとしたのか?」
アルファルドが課長さんに冷たい眼差しを送る。
「捕まえて事情を聞こうと?」
「ああ、そうだ」
課長さんは素直に認めた。アルファルドが「強硬手段すぎるだろう」と呟く。
でも、私には彼らがどうしてそんな思い切ったことをしたのか理解できる気がした。
あの湖での『アルファルドもどき出現事件』。あれもきっと魔王対策課の『調査』の一環だったんだ。
そこで有力な情報を入手できなかったから、今度は私を誘拐してでも無理やり話を聞こうとしたんだろう。
「そして、我々が興味があるのは、彼女だけではない! 君にも感心を寄せているのだよ!」
課長さんはアルファルドの方を見つめる。
「君の名前は『サムソン』だろう? なのに何故か君は容疑者第一号から『アルファルド』と呼ばれているのだ! しかもあのレルネー家の出身とくる! そう、九頭団と関わりがあるとされるレルネー家の!」
「……いずれは私のことも誘拐しようと考えていたのか」
アルファルドが険しい顔になった。
「連れて行って話を聞いた後はどうしようと?」
「それはそのとき考える予定だ! だが最悪の場合、消えてもらうことも視野に入れているぞ!」
どうやらこの人たち、中々過激なことを考えてるらしい。
魔王対策課って、よっぽど屈辱的なところなのかしら? コウモリの学級長に変身した課長さんの顔には、『手柄を取って、自分たちをバカにした人を見返したい!』と書いてあるのが見える気がした。
それはそうとして、私はこの人たちと手を組むのが得策かどうか考え始めていた。
彼らは私のことを九頭団の一員だと思い込んでいるらしいけど、それは全くの逆だ。だって九頭団は私の敵なんだから。
私とこの人たちには『魔王出現を阻止する』っていう共通の目的がある。上手くいけば協力者が得られるチャンスかもしれなかった。