こんなチャラい人、私、知らないわ!(1/3)
黄金杯争奪戦で優勝したときの熱狂を胸に抱えたまま、私は照魔の水薬作りを開始した。
今なら何でも上手くいきそうだという根拠のない自信を元に、日夜大釜の中身をかき混ぜ続ける。
けれどそんな『自信』は、花瓶に生けた花みたいに、日に日にしぼんでいった。
「ああ! また失敗だわ!」
通算十回目の試作品の瓶を机の上に乱暴に置いて、私は嘆きの声を上げた。
今私がいるのは、コウモリ寮の空き部屋だ。室内は、私が持ち込んだ大釜とか大量のフラスコなんかのお陰で、ちょっとした実験室みたいになっている。
目の前のガラスケースには、羽の生えたカエルが入っていた。私が魔法でそういう姿にしたんだ。
このカエル、理論通りにいけば、照魔の水薬を飲ませた途端に羽が取れて変身が解けるはずだった。
でも、実験は今まで一度も上手くいっていなかった。羽カエルはずっと羽カエルのまま。ガラスケースの中をパタパタと飛んでいる。
「やっぱりレシピ通りに作らないといけないのかしら……?」
私は『世界のバカバカしい魔法薬辞典』という本のページをめくって唸る。
だけど、今までレシピ通りに作ろうが、ちょっとアレンジを加えようが、一度も成功する兆しすらなかったんだ。
八回目のテストなんて、作り方を変えた薬を飲んだ途端に、カエルはひっくり返って動かなくなってしまった。
――作るのは不可能なんだよ。
やっぱりアルファルドの言ったとおりに無理なのかしら? なんて弱気な考えが浮かび始めている。だけど、他にいい方法があるわけじゃないし……。
「アルファルド……」
行き詰まりを感じているせいなのか、無性にアルファルドの顔が見たくなってくる。だって、やっぱり知識も経験も彼の方が私よりも上だから。
でも、アルファルドは私に会ってくれるかしら?
最近のアルファルドは何だかおかしかった。授業が終わるとさっさと自室へ帰っていって、出てこようとしない。体調でも悪いのかと思って部屋を訪ねてみても、返事もしてくれなかった。
もしかして、避けられてる……? と不安に思ってしまうけれど、どうもアルファルドが関わり合いになりたくないのは、私だけじゃないらしい。何て言うか……誰とも一緒にいたくないって感じなんだ。
「本当に……どうしちゃったのかしら?」
私は机に頬をつけて、メモ用紙の隅にアルファルドの似顔絵を落書きしながらぼやく。
もしかして部屋で何かしてるのかと思って彼のルームメイトのネッドにそれとなく水を向けてみたけど、有力な情報はもらえなかった。
部屋にいることは間違いないけど、仕切りカーテンの向こう側からは変な物音や声がするわけでもないし、特に変わったところはないという。
薬作りは手詰まり。アルファルドはおかしい。どうも調子の出ない日々だった。
不可解な事件が起きたのは、冬休み初日のことだった。
入学式で騒動を起こした罰として、お母様から帰省を禁じられていた私は、冬休みも学園に残っていた。
照魔の水薬を作り始めてからもう一ヶ月が経とうとしている。だけど、薬は全然完成する気配がなかった。何度も失敗し続けたせいで、さすがの私も最近はちょっと気が滅入ってしまっている。
だからといって薬作りをやめるわけにもいかない。だって、他に解決方法なんかないんだから。
鬱々とした気分のままで、私は薬の材料を補充するため、湖へと採集に向かうことにする。
その帰り、私はある人に声をかけられた。
「ヤッホー! ルイーゼちゃん!」
すぐ近くにアルファルドが立っていた。
授業以外で彼の顔を見るのはいつぶりかしら?
けれど、それよりも他のことに私は気を取られていた。
「今から帰るところぉ? 奇遇だねー! よかったら、俺と一緒に行っちゃわない? ルイーゼちゃん」
ルイーゼ『ちゃん』!? 『俺』!? って言うか、話し方もいつもと違わない!?
「ア、アルファルド……何か変なものでも食べたの?」
私は思わずアルファルドをつむじから靴の先まで見つめた。
でもアルファルドは「別にぃ?」とヘラヘラ笑っている。
「そんなことより俺、ルイーゼちゃんに聞きたいことがあるんだけどー、いいかな?」
アルファルドは私の話を受け流して、なれなれしく肩を抱いてきた。その瞬間にぞわりと鳥肌が立つ感覚がして、私は「やめて!」と叫び、アルファルドから距離を取る。
そして、そんなことをした自分に衝撃を受けた。
今までアルファルドに触れられて嫌な思いをしたことなんて、一度もなかったのに。
何だか変だ。アルファルドはもちろんだけど、私も。