ガラスの向こうのトロフィー(2/2)
私の頬に軽くキスすると、ルイーゼは上機嫌で皆のところへ戻っていった。
私はルイーゼの唇が触れたところを指先でなぞる。胸が締め付けられるような、なんとも言えない苦しみが心の中に流れ込んできた。
談話室では、誰もがはしゃいで笑い合ったり、花火を上げたりしている。
私はそんな彼らのことを、ガラス一枚隔てたところから眺めるみたいな気分で見ていた。
皆の声も姿もその喜びさえも、全てが遠く、私には縁のないことのように感じられる。
いや、事実、縁のないことなんだろう。私は魔王としての本性をこの身のうちに隠している者。そんな私が皆と同じように学生生活を楽しめるわけなんかないんだから。
ちゃんと分かっていた。私のそういうほの暗い一面が、私を彼らとは決定的に違う存在にしているということを。
でも……そんな闇を覆い隠してしまうくらい、私の目の前に現われた光は――ルイーゼは眩しかったんだ。そして私は彼女の輝きに心を奪われ、現実から目をそらしてしまった。
仲間たちと弾んだ笑い声を上げているルイーゼを見ているうちに、またしても胸の痛みに襲われる。そして、同時に焦りを覚えずにはいられない。
――いつか必ず排除しなければならない人なんですよ。
ノイルートの言葉が蘇る。
私は歯を食いしばった。このままではルイーゼが危ない。
では、どうすればいいのか? 彼女を守るために私に何ができる?
……いや、そんなことは考えるまでもない。私には、もうその答えが分かっていた。
でも、それを実行に移す勇気があるのかと問われれば……。
私は唇を噛みながら、そっと談話室を後にしようとした。けれど退出しようとした途端に、室内にネッドの姿を認める。
もう誰とも話したくない気分だったけど、どうしても一つだけ確かめたいことがあって、私はネッドに声をかけた。
「よう、サムソン! 食ってるか?」
ネッドは骨付きチキンを片手に、いつもの陽気な笑みを見せた。さっき部屋で会ったときの怯えた雰囲気なんて、かけらも残っていない。
私はその様子に面食らいつつも、気になっていたことを尋ねた。
「ネッド、どうして黄金杯争奪戦の最中に部屋に帰ってきたんだい?」
「部屋に?」
ネッドは何のことか理解できなかったみたいだ。
「俺、行事が始まってすぐにパックン草に食べられて、その後天馬の奴らに腰帯を取られたせいで、地下送りだったぜ? 部屋になんか帰ってねえよ」
「そうか……」
嘘を吐いているようには見えない顔だ。どうやら本当に何も知らないらしい。
それなら、私が見たのは一体何だったんだろう?
謎が一つ生まれてしまったけど、そんなことを考えてどうなるんだという暗い気持ちが押し寄せてくる。
私がもうすぐ魔王になってしまうということと比べたら、こんなのは些細な問題に過ぎないじゃないか。どうせドッペルゲンガーとかだろう。この学園の七不思議の一つに、そういうのがあったはずだ。
……あれ? ドッペルゲンガーって、魔法具を使うような知能があったっけ?
ふと疑問に思ったものの、またしてもだから何だと感じて、私は首を振った。きっと新種なんだろう。
私は踵を返し、私室へ向かう。誰もいない部屋のベッドに身を投げて、いつまでも天井の石壁を見つめていた。