人間のフリがお上手ですね(3/3)
ノイルートは私の反応を観察するような目をした後、材料保管庫から出て行った。
立ち尽くしていた私は我に返って追いかけようとしたけど、廊下に出たときには、彼の姿はすでに見えなくなっている。
その代わり、辺りは黄金杯争奪戦を楽しむ生徒たちで溢れていた。対戦相手に呪いをかけたり、杯がありそうな場所を仲間と推測し合って校舎内を駆け回ったりしている。
彼らを見ているうちに、私は胸のうずきを覚えた。ノイルートの言葉が、頭の中に響く。
――あなたは魔王。変身したら、この学園の人たちのことなんて攻撃対象としか映らなくなるんですよ。
ノイルートの言うとおりだ。魔王になった私には理性なんかない。ただ目の前に現われたというだけで、同級生だろうが何だろうが手当たり次第に傷つけようとするだろう。
私は頭を押さえながらフラフラと廊下を進んだ。時折、狙いをはずれた呪いが肩をかすめたりしたけど、そんなことをどうこうと思う余裕すらもない。
校舎を出た私の足は、自然とコウモリ寮に向かっていた。
「ねえ、モンちゃん、俺、モンちゃんの役に立ってる?」
「もちろんよ、ぱーくん!」
寮がある洞窟の岩陰で、一組のカップルがイチャついていた。
男性の方はコウモリ寮の管理部門の制服を着ているけど、女性は学園の生徒みたいで、花冠の学級の緑の腕章をつけている。背の高い恋人につま先立ちでキスする度、頭の後ろの栗色のお団子が楽しそうに揺れていた。
何で他学級の生徒がこんなところに、とか、行事にも参加しないで何してるんだ、とか、そんなことを疑問に感じる気力も残っていなくて、私はノロノロと寮内に入った。
清掃係のゴーレムたちとすれ違いつつ、私は自室を目指す。早く腰を落ち着けられる場所で、一人になりたかった。
でも、部屋のドアが半開きになっていることに気が付いて、私は足を止めた。
出るときは、きちんと閉めたはずだった。
室内で何かが動く気配がする。私は胸のざわめきを覚えながら、そのまま入室した。
「あっ、ネッド……?」
てっきり不審者でも侵入しているのかと思ったけど、そこにいたのは意外な人物だった。そばかすが目立つ顔の少年――私のルームメイトのネッドだ。
見知った顔を見て、少しだけ不安感は解消された。でも、疑問が全部なくなったわけじゃない。
「どうしてこっちにいるんだ?」
私の部屋も他の部屋と同じく、中央をカーテンで区切られている。
でも彼は、その仕切りの私の方のスペースにいたんだ。
私のルームメイトは、今まで勝手にこっち側に入ってきたことなんかなかったのに。
ネッドは、何故か怯えた表情をしていた。私、そんなに怖い顔をしているんだろうか。パーソナルスペースに無断で入られたことに、確かに少し不快感を覚えてはいるけれど……。
ふと、私は彼が腰帯を着けていないのに気が付いた。
「ネッド……?」
何かが変だと直感する。黄金杯争奪戦に参加する生徒たちは、皆腰帯を着ける決まりになっているはずだ。
仮に行事の最中に誰かに取られてしまったとしても、すぐに待機所に送られて争奪戦が終了するまでそこで過ごさないといけないんだ。だから、やっぱり彼がこんなところにいるのはおかしなことだった。
「君は一体何を……」
不可解な気持ちに突き動かされ、私は思わずネッドの腕を掴んだ。途端に、彼は悲鳴に似た声を上げる。その手がローブの中へと伸びた。
きっと杖を出すのだろうと私は身構える。けれどネッドが取り出したのは、中で煙が渦巻く小さな水晶玉だった。
ネッドはそれを床に叩きつけた。バリンと音がして、玉が割れる。中から煙が立ちこめ、それを吸い込んでしまった私の視界が揺らいだ。
「これは魔法薬を気化させた……」
急激な眠気に襲われ、意識が朦朧とする。ネッドを掴んでいた手が緩んだ。
その隙に彼は部屋から出て行った。廊下をバタバタと駆ける足音を聞いたのを最後に、私は眠りに落ちていった。