人間のフリがお上手ですね(2/3)
「君はそれでいいのか? ただ生まれたときからそこにいるというだけで、九頭団の言いなりになっていることに何の疑問も持たないのか?」
ノイルートは初めて怯んだような顔になった。けれどすぐに無表情に戻って、「どうでしょうね」とはぐらかす。
「僕はこの生き方しか知らないので、何とも言えませんよ、そんなの。それに、一度入れば簡単に抜けられるような組織ではありませんので。ただでさえ身内に反抗的な人がいるんです。僕だけでも少しは従順にしないと身が危ないんですよ」
「でも、九頭団のために友人まで利用したことには、罪悪感を覚えただろう?」
「友人?」
ノイルートは鉱物の入った瓶にラベルを貼る手を止めた。
「誰のことですか」
「誰って……オスカーだよ。オスカー・メイコル」
他に誰がいるんだと思いながら私は返事したけど、ノイルートは冷笑を浮かべただけだった。
「あなたは随分友人の判定が広いんですね」
ノイルートは再びラベル貼りを開始する。
「僕の中では、ああいうのは友人とは呼びません。でも、利用する価値はあった。だから近づいたんですよ。甘い言葉で釣って、身も心も売り渡したフリをして、僕の言うことを……」
ガシャンと音がして、ノイルートの話が遮られる。思わず振り向いた私は、あっと声を上げそうになった。
「あ、あの、ボ、ボク、向こうの棚の整理が終わったって、言いたくて……」
床に薬草が入ったケースを落としたまま佇んでいたのは、他の誰でもないオスカーだった。
「だ、から、その……せ、先生に、報告……して……こないと……」
真っ青な顔のオスカーは、そのまま走り去っていった。私はポカンとしながらその背中を見つめた後、ノイルートに険しい視線をやる。
「君、オスカーがあそこにいたの、気が付いてたんじゃないのか?」
オスカーはどこまで私たちの会話を聞いていたんだろう。もし最初からあの場にいたのなら、ノイルートが黒い企みをする集団の一員だということも、私の正体についても知ってしまったに違いない。
でも、彼がショックを受けていたのは、明らかにそんなことが原因じゃなかった。
「私は友情や愛情を大切にしない人は好きになれないよ」
「それはどうも。僕は別にあなたに好かれたいとは思っていないので」
ノイルートは瓶を採集日順に並べ始めた。そして、小さなため息を落とす。
「孤独な人同士、惹かれ合うものでもあるんですか? あなたと彼、似ていますからね。臆病なところも、何かを妄信的に信じているところもそっくりですよ」
「じゃあ君はルイーゼに似てるかもな」
私は目をすがめた。
「目的のためなら犠牲を払ってもいいって思ってるところ、彼女と同じだよ」
「僕は自分の命まで捨てる気にはなれませんよ」
「命?」
「ええ」
瓶を並べ終わったノイルートは棚に寄りかかる。
「あなたの可愛い可愛い恋人。かわいそうに、魔王なんかに関わったばっかりに死なないといけないなんて」
「死ぬ? 一体何を……」
「分かりませんか? 彼女、邪魔なんですよ」
ノイルートはメガネの奥の瞳を瞬かせた。
「あなた、入学前は九頭団員に始終見張られていたでしょう。おかしなことをしないように、と。それはこの学園でも同じです。ここにも監視員がいたんですよ。もちろん、僕のことです」
ノイルートはやれやれと首を振った。
「もちろん、四六時中つけ回していたわけじゃありませんけどね。それでも、異変に気が付くには十分でした。彼女は初めからあなたを『魔王』と呼んでいた。そして、敵対したかと思えば親密になって……」
ノイルートは杖先をクルクルと回す。
「そんな存在を九頭団がどう扱うのか分かりますよね? 彼女は深入りしすぎました。どこで情報が漏れたのか分かりませんが……とにかく、我々は彼女のことを計画遂行に邪魔な存在だと認識しています。そう、いつか必ず排除しなければならない人なんですよ」
私は凍り付いた。排除……要するに、九頭団はルイーゼを亡き者にするつもりなんだ。
「人間のフリなんかやめて、大人しく自分が魔王であると認めたらどうなんですか?」
ノイルートが囁いた。
「あなたは普通の人とは違うんですよ。分かっているでしょう?」
私の呼吸が浅くなる。
そう、分かっていた。ちゃんと分かっていたんだ。
ルイーゼが現われるまでは。
彼女は私の何もかもを破壊していった。価値観も、囚われていたものも、諦念も。
でも、こうして九頭団員と話していると、かつての私に戻っていくのを感じる。あらゆるものを諦めていた自分。運命に対して悲観的だった自分。
「すでに賽は投げられているんですよ」
ノイルートが棚から身を起こす。
「僕がどうしてこんな話をあなたにしているのか分かりますか? もう何をしても変えられないからです。どうやら彼女のおかげで、我々も計画を早めることになりそうなので」
頭が真っ白になりそうな告白だった。
ルイーゼは言っていた。六年後に魔王が復活する、と。でも、本当はそんなに時間はないのかもしれない。