人間のフリがお上手ですね(1/3)
明るい金の髪を揺らしながら、ルイーゼは部屋の奥に姿を消してしまった。
材料保管庫は、天井まで届くくらい高い棚がそこら中に設置されている場所だ。
上に置いてあるものを取るためのハシゴなんかもあって、図書館を連想してしまうけど、保管されているものの中には不気味な色をした目玉とか、気持ち悪い虫のホルマリン漬けとかもあるから、あまり居心地のいいところじゃなかった。
早くルイーゼが帰ってくるといいなと思いながら、私は近くの壁にもたれかかる。ふと、すぐ傍で声がした。
「相変わらずあの人はやることが無茶苦茶ですね」
驚いて目をやると、そこにいたのはノイルートだった。
「何ですか、幽霊でも見たような顔をして」
ノイルートはメガネの端を軽く指先で押し上げると、杖を振りながら倒れた棚や粉々になったガラス瓶を直し始めた。さっきルイーゼが扉を壊したときに、一緒に吹き飛ばされてしまったんだろう。
「まったく、せっかく採集した日付順に並べていたのに台無しですよ」
ノイルートは散らばった鉱物を魔法で集めながらブツブツ言っている。私は、「どうしてここに?」と思わず尋ねた。
「それは僕が期限までに雑用を終えられなかった手際の悪い生徒だからです。おかげで学校行事にも参加できやしない」
そう言いつつも、ノイルートは特に残念がっている様子はない。彼は私の腰帯に視線をやった。
「そちらはお楽しみのようですね。よくやりますよ。将来殺してしまう人たちと、はしゃぎ回るなんて」
メガネの奥のノイルートの青い瞳が、冷酷に光る。
「あなたは魔王。変身したら、この学園の人たちのことなんて攻撃対象としか映らなくなるんですよ」
ノイルートは自分が九頭団の一員であることを隠そうともしなかった。セミ・プロムで彼が九頭団のリーダーのダグラスと一緒にいるところに、私が出くわしたからだろう。
あのときの私は外見だけは『アルファルド』だったけど、九頭団なら私の昔の顔を知っていても不思議はなかった。
「私は魔王になんかならない」
私はノイルートの冷たい美貌を睨みつけた。ノイルートは小バカにしたように笑う。
「そう思っているのはあなただけですよ。……いえ、もう一人いましたね」
ノイルートはルイーゼが去っていた方に視線を流す。
「彼女もそう思っていますね。ルイーゼ・カルキノスさん」
ノイルートは散らばっていた鉱物を瓶に詰め始めた。
「あなたたち二人がコソコソと何かをしていること、僕が知らないとでも? ちゃんと分かっていますよ。君たちはあなたが魔王に変身するのを止めようとしているんでしょう」
敵にこちらの考えが筒抜けだったことに、私は少し狼狽した。ノイルートは面白くもなさそうにふんと鼻を鳴らす。
「無駄ですよ、そんなこと。できるわけがない」
「君たちがそう思ってるだけだ。方法はちゃんとあるに決まってる」
私は、ルイーゼが照魔の水薬を作ろうと決意したときと同じ台詞をノイルートに吐いていた。
ノイルートは白けた顔でそれを聞いている。ふと、彼はよくこういう顔をするなと思った。つまらなさそうと言うか、何にも関心がなさそうな顔だ。
「君はどうして九頭団に?」
疑問がそのまま口から出る。ノイルートは「僕に興味がおありで?」と肩を竦めた。
「別に特別な事情なんかありませんよ。ノイルート家は百年前の家督争いで弟の側についた。僕たちの一族は、そのときからずっと九頭団の一員です」
「だから君も九頭団に籍を置いているのか。生まれたときからずっと……」
そんな人もいたとは、と私は内心驚く。
レルネー家を影から操る組織、九頭団。私には身近な存在だったけど、今までその内情を率先して知ろうなんて考えもしなかった。だって私にとって九頭団は、近寄りたくもない忌まわしい敵以外の何者でもなかったのだから。